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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
113/129

八、

「たとえ、手のひらの上だったとしても私たちは生きている。それは、自分の意思だよ。死ぬのも、生きるのも。つぐみのことも……彼女の意思だったはず……」

「そうだね。そう思わなければ、この世界で生など……意味もない」


 那由多は諦めたように、そっと目を伏せた。

 銀子のことばは、彼に届かないのだろうか。

 彼は諦めている。生きながらえることだけだ。彼の今の意思は。そして、それは罪であり、罰でもあったのだ。


「那由多は……諦めているの? 自分の生を生きることに」

「……。どうだろうね。分からない。もう、生きているということが当たり前になりすぎていて、分からないんだ」

「私は、那由多に生きてほしい。意味を見つけてほしいの」


 はっとっした表情をした那由多は、銀子を見下ろした。エメラルド・グリーンの瞳がかすかにまたたく。

 彼のくちびるが、「意味」とかたどった。

 意味のない生命というものは、どれほど哀しいだろう。どれほど、辛いだろう。

 銀子には分かる。

 意味のない命が、誰にも見向きもされない命が、道具としてしか見られない命たちのつらさが。

 那由多もおそらくそうだろう。

 自分の命を、どうとも思っていないのだ。

 死なないのだから。



「銀子」


 ふいに、占部の声が聞こえる。

 銀子は顔をあげて、ゆっくりと立ち上がった。


「私が私の意味を見つけたように、那由多。おまえにも意味を見つけてもらいたい」

「占部……」


 那由多の、ちいさな声が聞こえる。

 そして、占部はどこまでも真摯だった。


「すべてが鵺の森の意思かもしれない。それでも、おまえはおまえの道を生きている。選び取っている。たとえ偽の記憶だったとしても、銀子を助けたように。銀子を守ろうとした意思さえも、おまえは鵺の森の意思だというのか?」

「それは――」


 ちがう、と言ってほしかった。

 けれど、彼は口をつぐんだまま、目を伏せただけだ。

 占部は、そんな彼を責め立てるように、くちびるを開いた。


「おまえは、何千年と生きてきたわりに不器用すぎる。もっと、自覚しろ。自分の意思というものを。そして、言え。ことばに出せ」

「……そうだね。むざむざ、腹の中に黒ずんだ意思をためることも、ないね」


 そっと呼吸をする那由多は、どこか苦しそうだった。

 やはり、目覚めたばかりの彼に、長話は酷だったのだろうか――。


「――まあ、すぐ直せなんて言わねぇよ。今は休んでろ」

「ああ、そうさせてもらうよ」



 そのまま、銀子と占部は彼の部屋を出た。

 しん、とした廊下。

 そこに、軽い物音が聞こえてくる。銀子はそれに気づいてその物音のする方を見下ろした。


「暁暗……?」


 その狸は、左腕がなかった――。

 ぎょっとした顔をしたのは、銀子ではなく、暁暗であった。


「どうしたの!? その腕……!」

「あー……。見つかっちまったか。見つからないようにしていたのだけど。まあ、嬢ちゃんには関係ないことだ」

「……もしかして……波達羅盈のこと……?」

「違うよ。俺がちょいとへまをしちまってね。大丈夫、そんなに不自由はしてないから。じゃあね、占部どの、嬢ちゃん」


 彼は逃げるように三本の足で器用に走って行った。

 ぐっと拳を握りしめる彼女を見つけた占部は、とんと彼女の頭を撫でる。


「気にしないことだ。暁暗は、別に気にしちゃいねぇ。おまえのせいでもない。むしろ、おまえが気に病むことがいやなんだよ。あいつは」

「でも暁暗は、私を助けてくれたんでしょう? だから、波達羅盈が」

「いいんだって。気にすんな」


 それだけ言い放って、彼女の頭から手をはなした。占部はそのまま廊下を歩き、銀子もつられてついていく。


「おまえに、見せたいものがある」

「え?」


 彼は背をむけて、ついてくるように促す。

 そして、気づいた。

 今歩いている廊下は、銀子が歩いたことのない廊下だ。

 色がちがう。

 いつもは、焦げ茶色の廊下が、あめ色のうすい色になっている。

 

「ここは、どこ……?」

「行けば分かる。私がまじないで隠していた場所だからな。初めて見る場所だろう」

「うん」


 壁も、あめ色だ。

 とても薄い。そっと手を添えてみると、さらさらとしていた。木なのか、それとも違うもので出来ているのか全く分からない。

 木目もないからだ。

 それに、灯りがないというのに明るく見える。

 不思議な場所だ。とても。


 やがてたどりついたのは、錆びたかんぬきがついている大きな扉の前だった。

 かがりの場所と、すこし似ている。

 そう思うと、無意味に足がすくんだ。

 占部は気づいていないのか、そのかんぬきを上にあげた。


「入れ」

「うん」


 それでもその感情は、一時のものだった。

 すぐにかがりのあの場所ではないと分かったのだ。占部がいたのだから。


 部屋のなかは、思いもよらず狭かった。真四角の部屋に、大きな長持ちがひとつ、置かれているだけだ。

 あとは天井、壁と、廊下とまったく同じ材質でできたものがぐるりと銀子たちを包んでいる。


「ここは、なに?」

「私のすべてが入っている場所だ」

「え?」


 どういう意味か分からなかった。

 ただ、まぬけな声が出ただけだ。


「私の逆鱗が入っている」

「逆鱗……龍の逆鱗ということ?」

「そうだ。私は、逆鱗を誰も見られない場所に置くことこそが、鵺の森のためだと思った。ここの場所を知ってるのは那由多と私だけだからな」

「今、占部ののど元には逆鱗がないの」

「誰かに触れられるのは厭なもんだからな」

「私に教えてもよかったの?」


 占部はがしがしと頭をかいて、そっぽを向いたまま、驚くべきことばを口にした。





「おまえに持っていてほしいんだ。私の逆鱗を」

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