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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
112/129

七、

「言うなれば、我ら王族は決して手を汚さず、那由多だけが手を汚してきたということだ。鵺の森にとって都合の悪い存在を殺し尽くしてきた。それは、今も続いている。それが那由多の罪であり、罰でもあるのだ」

「那由多……」

「銀子。わたしが恐ろしいかい? あまたの命を奪い取ってきたわたしが」


 那由多は、どこかさみしそうに目を伏せている。

 けれど、後悔しているという色は見えなかった。


「鵺の森にとっての敵……それは、鴉だけではなかったんだね」

「そうだね。そういう妖もいた」

「那由多の罪や罰は、那由多だけのもの。那由多が背負ってしまったもの。だから、それが善いか悪いかなんて、言えないけど……。怖くないよ、那由多。あなたの手がどれほど汚れてしまっていても、私は怖くない。だって、あなたはいつも優しかったから」


 そうだ。いつもいつも、彼はやさしかった。

 いつも銀子を導いてくれた。それを恐ろしいなんて、誰が言えようか――。


「銀子」


 彼女の名を呼んだのは、カガネだった。


「お前とぼくの婚約を推し進める者どもが大勢言い寄るだろう」

「……」

「だが、お前の想いが本物ならば、それを貫け。決して、ぼくの側近だとしても耳を傾けるな。奴らは――玉斧と会っただろう。あの男も含め、自らの身分のことしか考えぬ輩だ。お前は心が清い娘だと、ぼくは知っている。だからこそ、疑うことも知らぬ。だからこそ、疑うな。自分の思いを。心を」


 カガネは青白い顔で、そう呟いた。

 銀子がなにも言えず、ただ頷いただけだったが、彼は満足したように、かすかに笑う。

 そして、重たそうな衣装をひるがえし、玄関の方へと去って行った。

 せめて見送ろうと、廊下へ出ようとしたが、占部に制される。


「銀子。そこで待っていろ。私が見送ってくる」

「……? うん」


 そう言い、占部は廊下へ出て行ってしまった。

 



「カガネ」

「なんだ」


 カガネの背を見つめながら長い廊下を歩く。


「お前……何を考えている?」

「別に、何も。ぼくの真なる願いだ。彼女にも恩がある。足を代償にして、あの地を浄化した。それを、無理矢理ぼくと婚約しても幸福にならないと知ったから、忠告したまで。だが――無理にでも婚約してもよかったのだがな」


 ふっと、笑ったような声色が聞こえる。

 しかし、占部も譲れない思いがあるのだ。それを笑うことはできなかった。


「占部。お前が銀子のことを思っているのは知っている。だが、利用しようとする者どもがいることを忘れるな。半妖だからといって、銀子を軽く見るものもいる。だが彼女は、もう十分利用された。道具と同様だ」

「お前も、銀子を道具とみていたようだな」

「ああ、そうだ」


 カガネは自嘲するように笑う。確かに、カガネは道具とみていたことを認めた。

 しかし、今はおそらく個人として見ているのだろう。

 そのように、占部は感じた。

 半妖でも、強い力を持つ少女でも、かがりの主の娘でもない、「銀子」というたったひとりの少女として。

 

 

 廊下の先の玄関には、黒い仮面をつけた大男がふたり、未だに立っていた。

 カガネの姿を認めると、深くこうべをたれた。


「ご苦労」


 そう一言ささやくと、男が玄関の扉を引く。その先には、神輿のようなものがあった。

 今のカガネの様子を知ってのことだろう。

 カガネは当然のようにその神輿に乗り込み、さっとその場を去って行った。


 占部は、その様子を見送ってから、那由多たちのいる部屋へ戻るために神輿から背をむけた。




 銀子は、かならず占部を置いて死んでいく。

 それでも愛したのは、何故だろうか。


「……駄目だな。私は」


 そう惑うようでは、だめだ。

 彼女のまっすぐな思いを、占部はひしひしと感じている。

 それでも、その感覚に痛みはない。むしろ、あたたかいのだ。

 銀子がともす、かすかな炎は。





「那由多、大丈夫?」

「ああ、だいぶ体も軽くなったし、意識もはっきりしてきた」


 そうは言っても、彼はまだ顔は青白い。座ってはいるものの、倒れてしまいそうだ。

 銀子も彼のとなりに座り、そっと手を那由多の腕にそえた。

 

「きみの手はあたたかいね。あの凍えた洞窟のなかとは真逆だ」

「生きているもの。あなたも、私も……」

「そうだね、生きている」


 那由多はうなずいて、細いあごを上にあげた。

 天井をみあげて、何かを考えているようだ。


「そんな命を、わたしはいくつもいくつも殺してきた。もう、数え切れないほどだ。それでも、後悔はない。わたしは、そのようにできているようだね、まるで。普通は後悔のひとつもするだろう」


 彼の表情は、白い羽のような髪の毛で見えなかった。銀子には、どんな表情をしているのか、見当もつかなかった。

 ただ、彼の声は透き通っていた。

 透明なガラスのように。ともすれば、切れて血が出てしまうまでに鋭く、透明だった。


「後悔できないことが、何よりも辛い……」

「……那由多」


 そのようにできている、と言った。彼は。

 そうしたのは、いったいだれなのだろう……。


「那由多は、誰につくられたの……?」

「利口な子だね、きみは。わたしは遠い昔、ただの鷺だった。それを、鵺の森の意思が――わたしを地に落とした」

「鵺の森の意思?」

「そう。月虹姫はカミなどと言っていたようだけれど……わたしはこの世にカミなどはいないと思っているよ。神が善きものなら、わたしを地になど落とさなかっただろう。ただ、命を生み出してきたはずだ。……鵺の森の意思は、絶対。姿形はなく、ただ……命をもてあそび、命を尊ぶ。すべてが鵺の森の手のひらの上なんだ」

「そんなことない!!」


 銀子は、知らず知らず――無意識にに叫んだ。

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