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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
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五、

 玉斧は、銀子が何を言っているのか理解できていないようだった。


「嬉しくない、とは?」

「あなには分からないのかもしれない。ひとは、与えられるものばかりで生きていては、きっと駄目になってしまう」


 自分で手に入れなければならないことも、多々あるのだ。

 努力をせずに何もかもを手に入れてしまっては、生きていないのとおなじ。


「私は、王と婚約はできない」


 呼吸をするようにつぶやき、玉斧から背をむけた。

 貪欲に自分のことだけを考えて、ほかのひとの事を考えられない人とは、もうこれ以上話すことはないのだろう。

 風がすこしだけ吹いた。それが合図だったように、占部も銀子にならって彼から背を向けた。

 ただ、「なにが」あってもいいように、警戒だけをした。


 玉斧は、それ以上何も言うことはなかった。

 逆に、それが不気味だった――。




 那由多の屋敷にもどると、占部は彼の部屋に入ることを禁じた。

 顔だけでも見たかったけれど、弱っているところを見せたくはなかったのだろう。占部も、那由多自身も。

 

 以前、彼らの心が離れてしまっているのではないかと思ったこともあったけれど、今は違うと思えた。

 信頼しているのだ。

 信頼し合えているから、あえて銀子を遠ざけたのだ。

 互いの思いが分かっているから。


 銀子は伊予姫のいる中庭にきていた。

 そっと、幹に手を当てる。


「伊予姫。那由多が倒れてしまった。……大丈夫だよね?」


 椿の花の房が、銀子の足下に落ちた。

 まるで、答えるように。


(なにも心配することはないわ。だって、那由多は死なないもの。死ぬことを許されない、たったひとつの生命。占部も、あなたもいずれ死ぬ。けれど、那由多は鵺の森の意思から見放されない限り、死ぬことが許されないの。鵺の森の、守人だから。)

「かなしいね……。人間も妖怪も、いずれ死ぬから、命が輝く。生きる道が照らされるのに。それでも那由多はやさしい。私の光だよ」

(那由多に言っておあげなさい。あのひとは、暗闇の道しか知らないひとだから。占部とおなじ。生きる意味を見失っていたひとたちだから。だれかの光になれることは、とてもうれしいことのはずよ。彼らにとって。)

「うん。そうするよ……。那由多との記憶が、那由多自身が私とお母さんのせいでねじ曲げられてしまっていても、私は那由多に感謝してる。私が人間でも半妖でも、きっと那由多がいなかったら死んでた……」


 伊予姫は、これ以上話すことはなかった。

 那由多が目覚めたら、言おう。



(あなたがいたから、私は生きてこれた。あなたがいたから、占部と出会えたって。あなたは私の光なんだよ、って。)


 夕方には、すでに肌寒さを感じていた。



 藤もいないから、食事をとることができないと占部は言ったけれど、銀子が彼女から教えてもらったものを作ってみようと思い、遅い夕食を占部の部屋でとった。

 卵焼きや味噌汁、とっておいた漬け物という那由多の食事と比べてとても質素なものだったけれど、占部はおいしい、と言ってくれた。

 それでも那由多の事が心配なのかすこしだけ、上の空のようだ。


「占部。那由多、心配だね」

「あ? ああ、まあな。すまないな、食事中に」

「いいよ。私も心配だもの。それに、カガネが協力的で驚いた」

「まあな。カガネにも、那由多に一生かかっても返せない恩があるからな……。というより、王族は全員那由多に逆らえない」

「……そういうのも、なんだかさみしいね」


 占部は食べ終わって箸を箸置きに置いた。

 銀子を見据えて、「私は」と、歯切れのわるいことばをつぶやき始めた。


「?」

「心臓をわしづかみにされた気分だった」

「え?」

「やはりおまえは分からん娘だな。カガネとの婚約のことだよ。おまえも年頃だ。婚約ということばに惹かれるものもあるだろう。それに相手は王族だ。なんつぅか、憧れとかあるんじゃねぇのか」


 占部の、予想外の二回目のことばに、銀子はあっけにとられた。

 このひとは、何を言っているんだろう。

 銀子の思いは、嘘だとでも言うのだろうか?


 箸をそっと置いて、銀子は占部を見上げた。


「ばか!」


 そう、一言だけ叫んだ。

 おそらく、今の自分は鬼のような形相をしているだろう。


「私は私の思いを信じてる。占部がなんて言っても、私の思いは変わらない」

「わ、悪かった」

「ほんとに分かってる?」

「ああ」


 あまり見たことがない銀子の形相にたじろいだ占部は、反射的にうなずく。

 だが、銀子の思いの強さはもとから知っていた。

 知っていたからこそ、告げたことばには嘘はなかったのだ。


「なら、いいけど……。とにかく、カガネとは婚約もしないし結婚もしない!」

「悪かったって」


 それほど、銀子の思いは強いのだろう。

 占部自身も銀子に対する思いは強いと自負していたのだが――彼女は、それほどまでに心が成長していたのだ。

 あの「さんごが咲いた」と言っていたように。つぼみが芽吹き、花が咲いたように。


「なに笑っているの?」

「いや」


 それからすこしだけ面白くなさそうに顔をそらした銀子は、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

 茶碗を重ねて、まるで逃げるように台所へ歩いて行った。


「……」


 残された占部は、那由多があんな状態ながらも、不謹慎にもくちびるの端をあげたのだった。

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