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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
109/129

四、

「だが、ぼくは鵺の森の王。そして、かがりの元とはいえ、主の娘――それがお前だ。強大な力を持っている……。ぼくとお前が婚約し、子をもうければ――時期鵺の森の王として申し分ないだろう」

「そのために、私と結婚しようとしたの? あなたの気持ちはどうなるの。あなただって――」

「ぼくは王だ。思いや心というものはない。あってはならない。すべて鵺の森のためだ」


 このひとに、それがないと決めつけることは銀子にはできなかった。

 先刻でさえ、あんなに悲しい目をしていたというのに。


「……でも、私はあなたの婚約者にはなれない。鵺の森は大切だけど、それはきっと、別なんだと思う……」

「お前の心も、ぼくの周りにとってどうでもいいことだ。別などとさえ、思っていないだろう」


 ふ、と、カガネは自嘲気味にわらった。

 まわりとは、カガネの側近たちのことだろう。

 玉斧も、おそらく――そうだろう。だからあんな、こびへつらうような顔をしていたのだ。

 銀子の機嫌をとるように。


「忘れるな。銀子。敵は鴉だけではない。もっとも、鴉はじき完全崩壊を迎えるだろうがな」

「……。あなたが、敵と言ってもいいの? 側近たちのことを」

「ぼくに敵味方はない。そろそろ行け。明日、那由多の屋敷に行く。それは約束しよう。換えの体なら、用意してある」

「わかった……」


 さみしい人だと思う。それでも、カガネの婚約者にはなれない。

 占部がいる。

 占部がいてくれるのだ。

 すっと立ち上がって、御簾をあげる。

 采女たちの視線が突き刺さった。


「銀子。とっとと帰るぞ。那由多のことも心配だ」

「うん」


 ざわつく大広間をあとにすると、占部はおおきなため息をついた。

 頭痛がしているように、頭に手をあてている。


「……婚約ときたか。どうも最近騒がしいと思ったら」

「占部、知っていたの?」

「夜、よく飲みに行っているんだが、そのときにな。カガネの馬鹿な側近が噂を流しているんだろ」

「銀子様、占部様」


 すぐ近くに、いつの間にか玉斧が立っていた。

 手を商人のように揉み込んで笑っているが、銀子にはそれが恐ろしく思えた。

 彼も、銀子を道具として見ている。

 いや、カガネのことでさえも――。


「これから、お時間はございますか? いえいえ、那由多様が大変な時期だと存じておりますが……。ぜひ、お聞きかせ願いたいことが……」

「結構だ。行くぞ、銀子」

「わっ」


 腕を握られて、玉斧のそばを離れる。

 彼はどこか怒っているようにも見えた。彼の足は迷うことなく城の外に向かっている。

 

 ようやく立ち止まったのは、城の外から離れた、林のなかだった。

 そこまで、立ち止まりもせず、話もしなかったので、銀子にとってはとても不安な時間だった。


 かさり、と葉のしけった音がする。


「悪い」

「?」

「痛かったか」


 腕のことを言っているのだろうか。銀子はかぶりを振って否定する。

 たしかに驚いたけれど、加減してくれていたことは確かだ。


「ううん。大丈夫……。私、婚約なんてしたくないよ」

「……カガネの嫁になれば、戦わなくていいと、悲しむことはないと言っていたな。おそらくそれは、真実だろう。カガネの威光は強大だ。誰もが信じ、疑わない。だが、おまえは……疑うんだな」

「カガネだって、ただの妖。あのひとは、心も思いもないって言っていたけど、術も使っていないのに、心も思いもないなんて、嘘。それに、私は占部が好きだもの」


 カーヴをえがく髪の毛が、風にのってふわりとゆれる。

 占部が銀子を抱きしめたのだと知ったのは、彼女が彼の体温を感じたあとだった。


「占部?」

「気にすんな。私の、つまらない意地だ」

「意地?」

「あのおっさんが着いてきている」


 銀子の耳元でささやかれた言葉は、驚くべきものでもなかった。

 そう予感がしていたのだ。あの男性は、銀子とカガネを婚約させたいのだと、いやでも分かる。


「あきらめの悪いおっさんだ」

「あ、あの……」


 あまりにも長い間、こうしている気がした。風が通り過ぎ、髪の毛がふるえる。

 下駄の鼻緒が切れそうな気さえ、した。


「おい、着いてきてるんだろ。玉斧っつったか」


 林に茂る木々の間から、こびへつらう表情をした玉斧が、こっそりと顔を出した。しかし、先刻のように完全に媚びているような様子はない。その表情の裏に、なにがあるのだろう――。


 ようやく体をはなされて、銀子は大きく呼吸をした。


「銀子様。カガネ様のお申し出をお受けになりますよね? 王の正室になれば、欲しいものは何でも手に入ります」

「ふざけんな!!」


 占部が叫ぶ。

 びくりと銀子の肩が揺れて、占部の顔を見上げた。

 彼は、真剣に怒っているのだと、理解する。


「銀子を、どれだけ道具扱いすりゃ気が済むんだ。銀子の思いはどうなる。銀子の心はどうなる。お前はどうせ、カガネのためでさえない、自分の昇進や地位しか考えていないんだろ。見え見えなんだよ」

「お言葉ですが、占部様。私はカガネ様のお幸せを……」

「カガネは幸せを願ってなどいない。それさえ分からない男が側近とは笑わせるな」


 銀子は、おもう。

 自分のほしいものは何だろう。

 ほんとうに欲しいものは。


「私は……占部たちと一緒に暮らしたいだけ。カガネにどんなものも与えられたって、うれしくなんてない」


 きっと、そういう意味ではカガネも被害者だ。

 王という存在を与えられ、欲しいものに囲まれているけれど、ほんとうに満たされている姿ではなかった。

 だからあんなにもかなしい目をしていたのだ……。

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