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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
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三、

 門番が帰ってきたのは、おおよそ10分あとだった。

 血相を変えてやってきたのは、門番だけではない。もうひとり、豪奢な着物に羽織を羽織った男性が出てきたのだ。


「占部様、銀子様。お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ。カガネ様がお待ちです」

「ああ? 何だお前。見ねぇ顔だな」

「申し遅れました。(わたくし)、カガネ様の側近の玉斧(ぎょくふ)と申します。さあ、さあ、こちらへ」


 占部の顔をみると、カガネの側近だとしても見ない顔のようだった。

 銀子もそうだ。

 カガネと会ったときは、だいたい采女の女性たちか、あの舞踏会で会った男性たちだけだ。もっとも男性たちも、よく覚えていないので、会ったのか会っていないのかさえ分からない。


 それでも、銀子の目にはどこか狡猾な印象をうけた。


 カガネの城に入ると、采女たちがこちらをじろじろと遠慮のない視線を、占部ではなく銀子に注がれた。


「……?」

「銀子」


 いきなり手をとられ、前のめりになってしまいそうになる。

 それでも倒れずに、占部の手のあたたかさを感じた。


「……なんだろう。みんな、変」

「いやな予感がする」


 ぼそりと呟いた声色。

 銀子は思わず目を見開く。なにか、聞こえたのだ。

 そう、はっきりと、「あんな半妖の娘がカガネ様の――」ということば。

 そこまでしか聞こえなかったが、占部のその予感は的中するだろうと、どこか恐ろしくなった。


 カガネと謁見するための部屋の襖を開くと、そこには采女たちがずらりと並んでいた。

 あのときと同じだ。

 御簾の向こうに、カガネがいる。影がゆらりと揺れた。


「やはり、占部。お前はいつも急に来るのだなあ」

「けっ、よく言う。お前だって分かってるんだろ。那由多のことを」

「ああ、そうだな。もう、そんな時期だ……。安心するといい。ぼくはすでに彼の体を用意してある。明日、那由多の屋敷に行く予定だ」


 くぐもった声。

 それは御簾越しだからだけではない、と銀子は思う。

 なにかを隠している、とも。


「そして銀子。お前に告げることがある」

「……」


 ざわり、と、両脇に控えている采女たちが一斉にざわめいた。

 まるで、渦潮のように、銀子のこころを飲み込むようだ。

 膝をにぎりしめて、それに――采女たちの視線に負けぬよう、カガネのいる場所をにらみつける。


「そうにらむな、銀子。お前にとっても悪い話ではないだろう。おそらく、だがな」

「……どういうこと?」

「ぼくと婚約しろ」



 がん、と頭を殴られたような感覚に陥った。

 そのせいで、動けない。

 目の前が真っ白になるのは、「なぜか」ということを分かってしまっているからだろうか。


(このひとも、私を道具として見ているの……。)


「ふざけるなよ。カガネ」


 占部は決して感情的にはならず、そっと、水をすくうように呟いた。


「このぼくがいつ、ふざけているというんだ? ぼくはいつも真実しか言わない。それに、ぼくはお前に問うているのではない。銀子に問うているんだ」

「……わ、私は……」

「ぼくと婚約すれば、お前はもう、戦わなくていい。悲しませることもしない……」


 わずかにかすれた声。

 占部は、冷めた目でカガネを見ている。


「悲しませることもしない? そりゃ無理な話だ。こいつには――銀子には、つねに悲しみがつきまとっている。誰にもそれを取り去ることはできない。私も、那由多でさえな」

「占部……」

「いいや。占部。お前だからこそ、銀子に悲しみを与える」


 まるで、心を刃物で切りつけられたように痛む。


(占部がいるから楽しい。占部がいるから愛しい。占部がいるから――悲しい。)

(私の心を、カガネは知っている。)

(恐ろしいほどに。)

(このひとが、怖い……。)


「銀子。こちらへ来い。話したいことがある」

「……分かった」


 カガネは、何かを隠している。

 そう、銀子は悟った。




 彼女はすっと立ち上がり、カガネの元へと歩いて行く。

 ゆっくりと、それでも凜とした姿勢で。


 占部は何も言わなかった。

 信じてくれている――。そう、銀子は思う。だから、必ず占部のもとに戻ってくる。そう、銀子自身も信じていた――。





 カガネは御簾をあげ、銀子を(いざな)った。

 それを甘んじて受け、銀子は御簾の中へと足を踏み入れる。


「……なに?」

「月虹姫を殺したのはお前だな。銀子」

「そうだよ……。私が、彼女を殺した。心の奥底で」

「そうか。おかげで鴉は壊滅状態だ。まあ、それはどうでもいい。おかげで鵺の森に平和がおとずれる」

「……婚約ってどういうこと? 私は、あなたと結婚なんてできないよ」

「そうだろうな。お前と占部が好き合っているのは知っている」

「な……っ」


 かっと頭が熱くなる。

 おもわず膝をたてようとしたけれど、こらえる。

 占部が待っているのだ。むこうがわで。信じてくれているのだ。


「じゃあ、なんでそんなことを言うの? あなたが本当に私のことを好きだとは思えない。あなたも、私のことを鵺の森を守る道具としか見ていないんでしょう。私には分かる。あなたの目の色。道具を見る目をしてる」


 一気に言い放つと、カガネはそっと目を伏せた。

 その様子は、今まで見たこともない、見目年齢相応だった。

 悲しそうで、つらそうな。


「お前には、そう見えるかもしれない。だが――いや、そうだな。ぼくはお前を道具として見ていたのだろう。不倶戴天のときもそうだ。朽ちた命を、芽吹かせたのだ。ぼくは、これ以上ない――道具だと思った。それは否定しない」

「占部は私を道具として最初から見ていなかった。いつも、平等だった」


 カガネの本当の思いが見えない。本当の気持ちが見えない。

 実直に、素直に伝えるカガネが、分からない。

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