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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
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二、

 時折、夢をみる。

 母――孤月の夢を。

 彼女は優しかったけれど、銀子を見ることはなかった。

 鵺の森を導くものとして、鵺の森を守るものとして、見ていたのだ。

 分かっていた。

 だから、余計につらかったのかもしれない。

 ギンイロから受け取った、十数年の記憶が。


 そして、彼女の夢を見ることもなくなった。

 それはすこしさみしかったけれど、銀子にとって、ギンイロにとって、そのことが目的だったのだろう――。




 突然のことだった。


「……」

「銀子!!」


 朝起きて、ぼんやりとしていると占部の声がした。

 どこか焦りをにじませている声だったので、すぐにふすまを開ける。


「どうしたの? 占部」

「那由多が倒れた。いつものアレじゃない」

「那由多が!?」


 寝間着のまま、占部とともに那由多の部屋に行くと、那由多が畳の上に倒れていた。

 背中をまるめて、ひどく苦しそうに呼吸をしている。


「那由多!!」


 駆け寄って背中に手を当てると、銀子の表情が凍り付いた。

 吐血していたのだった。

 うっすらと目を開いた那由多は、すこし驚いたように軽く目を見開く。


「ぎん、こ……。悪いね、こんな……」

「しゃべらないで!」


 銀子は占部の時のように傷が治るようになるかもかもしれない、と思いついたが、那由多にふれる手を、彼自身がやさしくつかんだ。


「だいじょうぶ。わたしが死ぬことはない。ただ……時期がきてしまった。それだけのことだよ……」

「……どういうこと? 占部」

「いいな? 銀子に話しても」


 占部が彼に問うと、ゆっくりとうなずいて見せた。

 かくしていた、ということがうかがい知れる行為だった。


「那由多は強大な力をその体にとどめ続けることが難しいんだ。ほんとうは、まだ時期じゃなかった。だが、無理矢理――不倶戴天のときに傷つき、眠っていたところを起こしてしまったがために、体の限界がきている」

「体の……限界?」

「代々那由多の体は交換がきく。そのために、白鷺の体を那由多がもらい受けて、生き続けているんだ」

「……そう、なの……?」


 そういえば、那由多は白鷺の妖怪だと言っていた。

 忘れていたわけではないけれど、那由多が言っていたことが遠い昔のことのように思える。

 那由多はゆっくりと起き上がって、咳をした。その指の間からは血が滴っている。


「わたしには、まだ役目が残っている。だから、死ねないんだ……」


 これほど弱々しく目をふせる那由多は初めて見た。銀子はすこしだけ動揺するが、手をぎゅっと握りしめて、彼を見つめた。


「ひどいことを言うかもしれないけれど、私、那由多に生きていてほしい。これからもずっと、一緒にいたい」

「銀子……」

「だそうだ。早いところ、カガネにでも相談するんだな。どうせ姿形は同じなんだから、銀子も戸惑うこともないだろ」

「……そうだね。悪いが、明日にでも彼に足労願おう」

「那由多、今日は寝ていて。私、カガネに会ってくる。式神を使うこともやめたほうがいいよ」


 那由多はすこしだけほほえんで、「ありがとう」とささやいた後、力が尽きたように再び目を閉じてしまった。

 くちびるのあたりには、血がついている。

 

「私はこいつを布団に寝かせる。おまえは支度をしてこい。準備ができたら、カガネの城に行くぞ」

「……うん」

「大丈夫だ。これまでも1回……いや、2回くらいはあったか。それもみんな、成功している」


 銀子の頭をそっとなでたあと、占部は那由多の体を担いで寝室へと向かった。

 大丈夫だと占部が言ってくれているのに、こわい。

 那由多が死んでしまうかもしれない、ということがひどく恐ろしい。

 

「それでも、信じなくちゃ……」


 自室に戻り、いつもよりきつく帯を締める。

 

 カガネは、協力してくれるのだろうか。

 そして、那由多は――。

 体を変えるとはどういうことなのだろう。

 まだ、分からないことばかりだ。

 

「とにかく、今は占部のところに急ごう……」


 襖を開けると、すでに占部の姿があった。


「すぐ出るぞ。大丈夫か?」

「うん、平気」


 早々に屋敷から出て、そろそろ涼しくなろうとする時期だ。

 まだ緑色の葉をもつ木々が群生しているが、もうすこしすると紅葉がきれいになるだろう。

 カガネの城に初めて行ったときも、秋だった。

 すでにすこしだけ落ち始めている葉をふみしめて、ただ城にむかう。


「那由多、大丈夫かな……」

「まあ、大丈夫だろ。そんな難しいことじゃないし、カガネも、おそらく分かっているだろう」

「……そうなの?」

「まあ、複雑な理由があるからな」

「――うん」

「それに、カガネは鴉とつながっていた。鴉がほぼ壊滅した今、どうしているのかも分からないが、那由多に恩を売っておくことも重要なんだろ」

「そんな、恩を売るなんて……」

「奴は王だ。王ならば、鵺の森を守らねばならない。それには那由多の力が必要なんだ……って私は何で那由多の事ばっかり言わなけりゃいけないんだ」


 どこかふてくされたような声で占部は銀子を追い抜いて背を向けた。


「どうしたの、占部」

「分からんのか。この鈍感娘め」

「?」

「ああ、そうだな。おまえはそういう娘だった」


 呆れたように笑った占部は、銀子の頭をすこしだけ強く撫でてやった。



 ようやく城についたころ、屈強な門番は、占部と銀子の顔を見て驚いたように見下ろした。


「どうされたのですか。占部様」

「カガネに会わせろ」

「カガネ様に? ですがいきなり、というのは……」

「那由多のことだ。そういえば分かる。ただのでくの坊との謁見よりも、もっと重要なことだからな」


 二人のうち、一人の門番は、焦ったように城の中に入っていった。

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