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第四話 帰路は二人で菓子を分かち

「あー、しっかし今日はやり過ぎちまったかなあ」

 高校から家までの距離が近い私は、歩いて帰る途中にそう何となく呟く。別段意味は無いけれども、強いて言えば少々の自省の念がそこにはあった。

 自宅までの残り距離は既に全体の二分の一程度。十分もせずに着くだろう。あたしはポケットに突っ込んでいた緑色の髪の毛の玉を取り出す。これは希実に抜かれた物だ。

「やっぱああなるのかな……」

 興味本位の行動。周囲は閑散としているし、誰にも見られはしないだろう。髪の毛の玉を右手で握り、そして開く。

 ――すると髪の毛はそこには無く、代わりに一本の枝葉があった。

能力(これ)だけは面白いんだけどね。髪の毛が緑ってのは堪らないな」

 誰に言う訳でもなくあたしはただ嘆く。こんな能力あっても暇つぶし程度にしかならないし、この髪色のせいで受けた苦痛と比べれば全くプラスにはなり得ない。

 だってこれはそう、あたしへの罰なのだから。

「よおミドリムシ。元気してたかよ」

 またこいつか。待ち伏せしていたとは気付かなかったな。

 まあどっちでも良い。無視して素通りするのが最善策だ。あまり変な奴と関わり合いにはならない方が良いだろう。その為にわざわざ姉貴がいる学校を嫌々受検して渋々入ったんだしな。

「おいおいシカトとは良いご身分だなあ」

 目も合わせず直進したところ、肩を掴まれる。

「なんだよしつこいな。あたしのファンなのか? 悪いがサインはやんないぞ」

 こいつは中学時代からあたしにちょっかいをかけてきていた奴だ。当時はあたしの髪を見てからかわない人間の方が少なかったし、こいつもそれと思って気に掛けずに日々を過ごしていたが、訳が違った。執拗にあたしを追い回して、家族についてまでいちゃもんを付ける始末。

 ――だからあたしは拳を向けた。

 それがたった一つのミステイクだったのかも知れない。悔いなんて物は微塵も無いけどね。

「あっはは、言うねえ。でもファンにサインもくれない様な奴はアイドル失格なんじゃ無いかなあ」

 うるさい、そんな昔の夢は忘れろ。人の夢は儚いってよく言うだろ。

「そう思うだろう? 野郎共」

「な、いつの間に……」

 物陰から現れる四人。小柄な男が二人とちょっと言い難いがデブが一人に加え、筋肉の素晴らしいマッチョが一人という構成だ。このあたしの、まるでサラウンドインジケーターの如く研ぎ澄まされた感覚のセンサーを掻い潜りやがるとは、中々の手練れか……。少々分が悪いと見える。

「行くぜ野郎共!!」

「いやお前いつから女番長になったんだよ。と言うか何でお前だけつなぎ着てるんだ?」

 また随分と古風なチンピラである。全員で揃えてくるならまだ分かるが、普通の野郎四人の中で一人釘バットを振り回す女子高生なんて笑いものでしか無い。

「せめて振り回すならヨーヨーにすれば良いと言うのに」

「お前の頭も大分古いみたいだけどな……」

 何ッ!? 口に出ていたか、これは失敬、失敬……

「うおおおおおおお」

「おっと」

 猛る狼の様な咆哮を上げ、チビAが突っ込んでくる。回避からの迎撃、そんなシンプルな攻撃誰も喰らわないって。

「掛かったなこの間抜けめッ!」

 続いて二人目はデブ。あたしの回避先を予測し、先回りしていたらしい。ダブルスレッジハンマーが繰り出された。

「遅いッ!!」

 言ってみたかっんだよな、これ……しかし、もしかしてこいつら慣れてるんじゃ無くて影が薄いだけなんじゃ。

「ぐぼあっ!」

 急角度からの正拳突きがぽっちゃり系デブの鳩尾(みぞおち)にヒットする。別にそれ程恨みはないし、ちょっと罵倒(ばとう)のレベルを落としておこう。何? あんまり変わってないって?

「くぅ、やっぱ一筋縄じゃ行かねえか。だが安心するのはまだ早いぜ。そいつらはブラフだ!」

 はったりが早々に割れたら駄目だろ、参謀失格。それに部下の扱いが酷すぎるからついでに課長も失格だ。

「あたいは無職だぞ、勘違いするな」

「いやそれ自慢げに言う事じゃ無いからな?」

 釘バットを右手に持ち、さも格好良さげにポンポンと自分の肩を小刻みに叩く牧原(まきはら)桜香(ほのか)。そいつが一度バットを振るうと、残りの二人が襲い掛かってくる。先程の雑魚二人とは確かに訳が違うな。動きを見れば分かる。

「女子高生を襲う様な趣味は無いのだが、すまない。命の恩人の頼みとあっては断われんのでな」

 マッチョによる隙の少ない張り手の連撃があり、あたしはそれを後退で回避する。そこにチビBの足薙ぎ。いつの間に背後に回っていたのかは知れないが、モロに喰らってしまった。

「何っ!?」

 だからと言って転けるなんて事は無い。足底が完全に地から離れる前につま先に力を入れて空中へ、半回転して手を突き、腕をバネにして後方に退避する。久方ぶりの運動だが、身体は全く衰えていなかった。

「っ、つぅぅぅぅぅううううう!! いってえええ!!」

 瞬間何が起きたのか、声を上げたのはあたしでは無く牧原の方である。まだ触れてすらいないというのに彼女は酷く痛がっていた。

「釘が反対向きに刺さっている!?」

 どんな刺し方したんだよお前……

「牧原さんが怪我を負われるだなんて! 悪いな女子高生。どうやら本気であなたのスカートを(めく)らねばならない様だ」

 どんな解釈したんだよお前!? 襲う気まんまんじゃん! むしろ襲う気しかないじゃん!?

 ……そんな事はさておき、牧原とマッチョが訳の分からない発言をしている間もチBは熱心に攻撃行動を繰り返していた。それはもう機械に劣らぬ精密な動作で。こちらも回避の合間に蹴りを数発放ってみるが、やはり(すんで)の所で当たらず、逆に隙となる。

 間違いない、こいつは本物だ。

「貰ったアアァァァアアアア!」

「しまっ――」

 ヒラリと宙でスカートが躍る。チビBに気を取られ過ぎた事を反省しよう。あたしとしたことが不覚であった。

 ――そしてこの時場に気配が一つ増える。

「まさかまだ――」

「おどれえぇえええ何(さら)してくれとんじゃああああっ!!」

 別に窮地(きゅうち)でもないが、さも自分はヒーローだと言わんばかりに参上したのは予想に反して、あたしの友人、多喜希実。地面はコンクリートであるにも関わらず、危険極まりないドロップキックを炸裂させ、彼女はマッチョをKOしていた。大怪我されると困るから危険行為は避けてもらえるとあたしとしては嬉しいのだけれど……

 と言うか何で希実がここにいるんだろうか。彼女は先に帰ったはずなのに。

「希実、お前鼻血吹いてるぞ!」

 そして振り向いたそいつの顔を見てあたしは目を疑った。ああ、颯爽と登場した割にはだらだらと赤い液体を鼻から垂らしていたのだから、仕方が無いだろう。希実は指摘されて初めて気付いたらしく、そっぽを向いて鼻血を(ぬぐ)っていた。

「大丈夫、鼻血吹いてないよ」

「そりゃお前今鼻血拭いたもんな」

 うちの制服は白基調だと言うのに一部だけ紅染になってしまっている。こりゃ洗濯しても中々取れないぞ。

「ちぃ、増援たあ卑怯な! でもまだ二対二だぜ。やるぞ相棒!」

 釘バットを放り投げ、素手で襲い掛かってくる牧原。

「何でそれ持って来たんだよ。自虐癖でもあるのかお前」

 呟いてあたしは迎撃態勢に入る。牧原とは何度か手合わせをした事があるから、油断ならない相手だとはっきり分かっていた。しかし、

「そいやっ!」

 希実の介入によってあたしはする事が無くなる。

「うおっ!? んなアホな!」

 どうやら唯一残っていた小柄な奴を希実が投げ飛ばした様で、それが牧原にぶつかり二人纏めて撃沈した。この台詞は撃沈直前の牧原の物である。

「凄いな希実……一瞬であのちっさいのを攻略するなんて」

 確かに一撃は軽いし、動きは正確過ぎる程に正確だから、少し時間をかければ見切る事は容易い。が、ここまで早いと驚く他に無いのも事実。

「やだなー(まぐ)れだよ紛れ。そんな事より双葉ちゃんチョコ食べる? 板だけど。そろそろチョコも持ち歩けなくなる時期だよねー」

 希実がチョコの半分を持って差し出し、あたしはそれの残り半分を握って力を入れる。

「ああ、貰うよ。それじゃあ帰ろっか」

 二つに断たれたチョコの片割れをそれぞれ口にし、あたし達二人は家に向かって歩き始めた。

「あ、双葉ちゃん一列分多く取ったでしょ!!」

 ……騒ぐ希実を無視するのもまた一興。

「ところでお前あたしのストーカーだったりしないよな?」

 夕日を浴びながら、ふとあたしは思い出して希実に問うた。

「ふっふー、にゃんの事か――いでっ! 酷いよ!! 今日は私のストーキングのおかげで助かったんじゃん!!」

 良い訳ないだろ……

「まあでも、ありがとな」

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