第三話 彼女の昼間はいつも修羅
「ねえ双葉ちゃん最近私の頭叩くの楽しくなってきてない?」
屋上のドアを抜けお天道様の下に出た時、ふと希実が話し掛けてきた。ちなみに今からここで弁当を食べるつもりである。最近暑くなってきたからか人は少なかった。
確かに言われてみればそうかも知れない。最近叩く回数が増えている気がするな。自覚は無いけど。
「まあまあかな」
「じゃあ私にもその楽しさを味わわせてよー」
そう言って答えも待たず希実はげんこつを作り、あたしの頭に振り下ろしてくる。
「裁きの鉄槌ぃ!!」
――そしてヒット。こいつ結構本気で殴りやがったな。
「あれ? 避けないの?」
「まあいつも殴っちゃってるし、ちょっとくらいなら許してやろうかとね」
いくらスリッパで叩いているからと言って痛くない訳は無いだろうし、ここで拒むのは流石に理不尽だ。
「おー、双葉ちゃん太っ腹ー! なにこれたのしー!」
ポカポカポカポカポカ――
「いい加減にしろやぁぁぁあああ!!」
――ゴスッ
加減という物があるだろ、加減という物が。
「痛い……また打ったぁ……」
頭を抱えてしゃがみ込む希実。
「お前が悪い。あたしは当然の事をしたまでだ」
罪悪感はない。むしろ自分を守れたことが誇らしく思えた。
「双葉ちゃーん。パクリは良くないよ」
じとーっとした眼で茶色のアホ毛をぴこぴこさせながら少女が見上げてくる。
「うっさい。アホ毛引っこ抜くぞ」
「痛い痛い痛い!! 双葉ちゃんもう行動に移しちゃってるよ脅しになってないよおおおお」
おお良いなこれ。掴みやすいし何より握り心地が良い。
――スポンッ
「あっ」
思わず声が漏れる。かなりの束だったし大丈夫だろうと思ってちょっと調子に乗って引いていたらアホ毛が綺麗に抜けてしまった。
「ひどいよ双葉ちゃん! 人の髪の毛引っこ抜くなんてサイッテー!! 髪は長い友達なんだよ! とりあえずそのアホ毛を返して!!」
とりあえず言われたままに茶色の毛の纏まりを差し出すと、希実は受け取り、そのままポケットにねじ込む。
「……悪い。あたしのも抜く……?」
これは流石に申し訳がない。ちょっとした悪戯のつもりだったんだけどまさかこんな事になるなんて。目には目を歯には歯を、髪には髪を。それが一番の謝罪だろう。
「じゃあ遠慮無く。双葉ちゃんしゃがんでー」
「あいよ」
抵抗はしない。言われるままにあたしは膝を曲げてしゃがみ、少し俯いてみせる。
何故かって? 希実のにやついた顔を見ると殴りたくてしょうが無くなるからだけど。
「……そいやああああああ」
「ちょ、お前! いてててててててて!」
楽しそうなのは結構だが、ちょっとやり過ぎなのではないか。髪全体を掴んでぐいぐいと引っ張ってくる。
「お、枝毛だ。抜いちゃおーっと」
「なっ、痛ッ!? お前もうちょっと優しく抜けよ! 今最大限痛い様に抜いただろ」
じわー、っと引っ張って髪の毛を抜きやがった……。これは痛……?
何かおかしくは無いか? こいつ痛がってたっけ?
「あー、楽しかったー。もうしゃがんでなくて良いよー」
髪の毛を引っこ抜かれた場所が痛むのでさすりながら立ち上がると、希実が徐ろにポケットからさっきのアホ毛を取り出し――
――ポスッ
「いやー、実はこれ取り外しが出来るんだよね。凄いでしょー。びっくりした? 驚いちゃった?」
「なあ希実。振り回したり叩き付けたりしないからちょっと弁当渡してくれ」
「ん……? 突然どうしたの? まあ良いけど――フグッ!?」
二段蹴り。腹に一発目の膝蹴りを入れ相手の動きを制限し、二発目は溜めて勢い良く蹴りを繰り出す。ものの数秒の内に希実はフェンスと一体化していた。
しかし面白い悲鳴だな。フェンス破壊についてはなんて言い訳しようか。
「おーい、弁当食うぞー、希実ー」
お、あいつの弁当美味しそうな卵焼き入ってるじゃん……