ふりまわされて、そっとトドメを……
「それで、今回の役柄は……?」
カフェオレ片手に紗雪に訊ねる。紗雪への恋心を自覚してから俺の生活は変わることもなく、というか変えることもできなくてそのまま幼馴染の関係を貫いている。
あえて、変わったことといえば告白を断りやすくなったことであろうか。
少なくとも自分の気持ちの方向がはっきりしたせいなのか、前より足場が心なしかしっかりしている気がして。まぁ要するにふっきれた、のだろう。
「主人公の片思い相手の妹」
「……、当て馬か」
「ブラコンだからねぇ……」有り勝ちといえば、有り勝ちだな。
「ふぅん、まぁそこそこ嵌り役なんじゃねぇの? お前ブラコンじゃないけど」
「そうだね、見た目も大人しそうな感じでどちらかというとお嬢様気質な子だから楽かな。
元気系だったらかなり演技力でカバーしなきゃ違和感出るもん」
とふぅふぅとココアを冷ましながらちびちびと飲んで言う。
「元気系……。お前から程遠いよな」
だからと言って活動的でないというわけではないのだが、イメージは太陽よりも月寄りって感じだ。
「考えずに動く性格というのが難しいよね。何で!? って思っちゃう。
……それで、今度のCM元気系なんだよ。そのうちアドバイスよろしく」
どちらかというと、演技力に定評があるのが俺。まぁそんなに変わらないけど。客観的に見てアドバイスくらいはできるつもりなので互いの仕事に結構役立っているのだが。
そしてこの前うっかり聡さんに色々相談してしまったものだから……。
「おぉ、部屋に連れ込むのか。やりおるな」
と今回もからかわれてしまって慌ててしまった。
そうだよな、部屋に好きな子連れてくるって危ないよな、――俺が。
いつも通りに動くのがこんなに心臓とか理性を試すものだとは思わなかったわ。
「それで、台本読み合わせしよーよ」
「うん、りょーかい」
そう、今は変えられないこの関係を。だってコイツ、 ”恋愛しなくても別に生きていけるし……”とか地で思っちゃってるもん……。
もう少し機を見て動こう。当たり障りなく、とはいえ周りの男も多少排除……いや、牽制しながらこいつの隣をしっかり確保しよう。
うん、うんと、とりあえず自分の中で結論がでたのでさっと目を通して兄役のところの言葉遣いを自分なりのイントネーションや感情を想像して役を作っていく。そして紗雪はコップを机にそっと置いて、俺も台本を持って部屋の広い場所に移動した。
『もうお兄様のバカっ!
今日は遊びに連れて行ってくれる約束だったじゃないですかっ』
おぉ、最初から既にテンションマックス山場だな。
『いや、ゴメンって。今日は委員会で急遽集まらないといけないんだ』
わたわたと申し訳なさそうに眉を八の字に下げて下手に出る。
『はん。どーせ、お兄様は約束なんていつも守ってくれませんものね。
この前もあの子と私と見に行くはずの映画見に行ってらしたでしょ。私知ってるんですからね』
『あれは……、なんかなりゆきで。』
うわ、ここまでこの妹、兄のこと把握してんのか。すごいな。
『もうお兄様なんか知らない。もう行ってしまってください。顔も見たくありません。
……だーいっ嫌いです』
涙目で唇をかみ締めながら耐えるように目を伏せて張り詰めた様子で、そして最後の言葉においては呪詛を吐いたような迫力があった。
………。
「という感じなんですが。どうかな?
おーい 郁人? どうしたの、なんか呆けてるね」
「え、あぁなんでもない。しかし意外にお嬢様大人しくないっていうかキョーレツだった」
「あぁ、そうだよね。これはこれで演じてる分には面白いんだけど。というか怒っている状態でもきれいな言葉使いってすごいよね。私無理かな」
しかしすっげぇ心臓に悪いわ、コレ……。
お兄様、嫌い、顔も見たくない、涙目、恨みのこもった目。
なんだこの狙ったようなシチュエーションと言葉の破壊力。
紗雪に直接”俺”に嫌いって言われてる気分になんだけど。ていうかお兄様って…!!
それには少し久しぶりで嬉しかったような気がするけどそのあと容赦なく奈落に落とされたような気分だぜ。ハハハ……。
うっ。辛い。辛すぎる……っていうかこれ自覚抜きでもキッツい。
兄立場オンリーの気持ちでもキツイわー。
と結局甘さもへったくれもない仕事の休日を過ごした俺は次の日。
紗雪がバレンタインに放映した、『朝ちょく』のホワイトデーバージョンの収録に向かった。
ていうか、今度は紗雪が苦手なヤツの相方が俺の仕事相手だっけかな。
……どんなやつなんだろう。
すいません。すごく久しぶりの更新です。
楽しんでいただけると幸いです。
恋心自覚後の郁人さんと紗雪の状態を楽しんでいただけると幸いです。