ゆっくりと育まれた桜
ひなまつり番外編
オチなし日常話、ですかね。
「あかりをつけましょぼんぼりに~っと」
俺がパタパタと団扇で扇ぎながら散らし寿司を作成するこの日は。
3月3日ひな祭り。いわゆる女の子のお祭り。
より詳しく言うなら、事故や病を退け、子供の健やかで幸せの成長を願う、らしい。
そして散らし寿司には見通しのよい未来のためのレンコン、長生きを願う海老、マメに働けるという豆。どれもこれもあれば嬉しいと思われるものがたくさんで、日本は本当にそういう由縁とか由緒とかそういう御託というものが多いなぁと何かしらの行事があるたびしみじみ思う。
紗雪の家には小さいお内裏様とお雛様だけの雛壇が置かれている。
人形といえば、ホラーなお話が多いなぁとも思う。この座り雛も子供の身代わりに災厄を背負うもの、だし。人型なのだから余計に憑きやすいとかいう話もきくし、人形に関するホラーも多いよな。
あ、でも髪が伸びる人形の話くらいしか知らないや。紗雪ホラー嫌いだし。映画も選ばないしそういう類。
日本のホラーはマジで怖い。海外のホラーはわりとゾクゾクというよりビクゥッ!って感じだし。
段階を踏んでちょっとずつ嫌な予感と、心臓に負荷をかけ続ける手法は見事だと思う。
まぁ、見れないこともない、が。わざわざ映画見てゾクゾクしたいという欲求は特にないのであんまり俺も見ない。でも怖いとかじゃないからな?
あ、ジェットコースターとかのゾクゾクは別。時間もあんまり掛からないし風も気持ちいいから好き。
だいぶお酢がご飯に馴染んできたので細く切った黄色い錦糸卵に、ピンクのサーモン、いくら、カニカマ、細く切ったきゅうり、桜型にくり貫いたニンジンを色鮮やかに並べていく。中心から外側へかけて花火みたいに。
「お、美味そう。もう食べていいのか?」
と聡さんがキッチンに入ってくる。
「だめです、みんな揃ってからです。今日は紗雪の両親仕事で遅くなるから紗雪も来てから」
俺たちは日曜日で学校休み、そんでもって普通の仕事は週休二日制で土日は休みのはず、だが。
日本人は働き者とはよくいうが、世界基準の労働時間の中でもかなりの超過労働の国である。
その上紗雪のお母さんはプロデューサー、お父さんはシナリオライターというかなりの変形労働で、仕事が多いときは多いし、少ないときはまったくないという時間制というよりも、成果型らしい。聡さん曰く。
「じゃあ、俺がアイツ呼んでくるから」
とお腹が減っているのかスタスタとキッチンを出て兄弟二人の部屋がある二階に上がった。
もう食べるのか、と思いとりあえず皿と箸を用意した。
「「お内裏様と おひな様~♪ 二人ならんで すまし顔
お嫁にいらした 姉様によく似た官女の 白い顔っと」」
二重奏で聞こえてきた。どちらかが歌って、それにつられてもう片方も歌い始めたようだ。
高いソプラノと低いアルトが重なり時々ハモった。
「というか、なんですまし顔なのかな……。結婚式なんだよね?
もうちょっと幸せそうな顔しないのかな。うーん。
アレ?姉さまが結婚してるんだっけ。
じゃあお雛様とお内裏様って恋人じゃないの???」
と紗雪が疑問を口にしつつもだんだん混乱してきたようである。
ていうかそういや考えた事もないなそんなこと。あと輿入れしたのは姉だ。
「お金持ちだからこそ、張らないとならない見栄というものがあるんだよ。
芸能人のイメージが大事なのと一緒。品があったほうが高く買ってもらえるんだよ」
と理由になっているのか、微妙な注釈をいれた。
「お雛様ってお金持ち?」
「きれいな服着てるしそうじゃないのか?」
と聡さんが玄関に飾っているお雛様を指差した。
「ふぅん、そうなんだ」
と紗雪は納得した。このまま夢のない現実のような形で納得させたままでいいのだろうか。
とはいえ、聡さんがそばにいる限りこういうのはまだまだ続くだろう事は容易に想像がついてしまった。
「……紗雪その髪飾り春らしくていいな」
とシャラリと簪が音を立てる。ピンクのトンボ玉にガラスの桜がゆらゆらとゆれて光を反射していた。
「あ、これこの前の衣装で、普段でも使えそうな感じだったし、きれいな色味だったからお買い取りしたの」
といいでしょーとばかりにその場で紗雪がくるくると周る。
「あぁ、可愛いかわいい」
と頭に手をそっとのせポンポンと叩いた。
ふわふわと穏やかな空気が二人の間に流れて、俺は幸せをかみ締めていた。
まだまだ3月の始めで夜は冷える、風邪をひきやすい時期だがわずかに桜の芽がつき始めていた。
そしてもう少しすれば蕾がついて、それがやわらかく綻んで儚くも美しい桜が花開く。
ひらひらと舞い散る桜とともに、思い出される光景は紗雪が赤いランドセルを背負った姿。
今よりもずっと小さく、ふくふくとしたほっぺに短い手足。今よりもずっと甘えただったあのころが懐かしい。
ひとつ、ひとつ。
ひらひらと散る桜は。
あなたと迎える春を。
そして……
「……もうそろそろ食べよ? 郁人」
と目の前にはあのころよりもずっと女性に近づいた彼女がいて。彼女の目には全幅の信頼の色があった。彼女にはよく桜が似合う。
「あぁ、食うか。
聡さーん、なんかひな祭り限定の和菓子もありますよ。母さんが買ってきたやつ」
と聡さんに報告した。
「うん、俺は美味しいものが食べれればいい、というか」
……春だなぁ、と聡さんはポツリと呟いた。その様はどこか遠く彼方を見ているようだ。
――まぁ、春ですよ??
そう、三人で過ごす次の春はもうそこまで。
「うん、(青春という)春を満喫してるよ」ってことです。
聡さんは特に反対することもないがツッコムのも面倒なので生暖かーく二人を見守っています。
「あ、甘酒とか飲むか?」
「飲む飲むーっ」
にゃーにゃーと戯れる二人に
「いい天気だなー……」
とのんびり茶をすするお兄様という様相。