白雪姫の継母は居ない。
スピンオフになります。12話に出てきた美羽の先輩のお話。
すいません、久々なのに本編ではないです。
今日は母親の結婚式の準備の日である。まあ私ももう高校生であるから分かると思うが彼女の”2度目”の結婚式である。
若い子の感性が知りたいとドレス選びに付き合わされた私は正直ドン引きしていた。
それと言うのも、いわゆる小さめの借り衣装屋さんにでも行くのかと思えば豪邸の隣の大きなガレージに向かったからである。ちなみにお屋敷の絨毯は赤いベルベッド、階段の取っ手は白い陶器というなんともホテルのように美しいつくりでしたホント。セバスチャン的な人も居た。すごい。
目一杯といっていいのかこういわゆるなんといえばいいのかそう、ガレージ一つが衣裳部屋というのか地面はコンクリなのに中はメルヘン。いたるところに衣装を凝らせたクローゼットたちがずらりと並びそこから飛び出た服や靴も妙に御伽噺めいていた。
ホテルでベルボーイが荷物を運ぶための車輪の付いたラックのようなものに服が数点掛けられていて、それのどれもこれもこう、なんていうのか子供っぽい。キラキラとした星柄や、フリフリのピンクのドレス。痛いわぁ。
どう考えても母の歳的には不似合いなシロモノ。最初はいつか気づくだろうと放っておいたがもう限界。そんでもってそれを選んでるドヤ顔の男性にももう限界。
「絶対ない! 母さんもちょっとは気づきなさい。変だから。もっとこういう深いモスグリーンとか、白いのでもいいけど体のラインを綺麗に見せるものを選びなさい。今の歳でフリルとかで一転集中の甘さを投入するな。見苦しい」
えーそうかなぁ。とふわふわした少女趣味のドレスを来て母はその場でくるりと回る。おんなじ様なドレスを続けてきた所為か、感覚が麻痺しているようである。
「何? 僕の判断にけちをつけるんじゃない。僕を誰だと思っている」
とそれを選んだ男はツンと唇を尖がらせて言う。
あんた、モデルの方が向いてるんじゃないのというくらいきれいなお顔をした彼は黒いジャケットにブルーのネクタイ。足首を縛ったパンツを履いて、靴は革靴。スタイルのよさがすごく際立っていてファッション誌からそのまま抜け出たような出で立ちだった。
「あぁ、雑誌でよく見かけるわよ。知ってる。若いのにすごいわよね。私より少し上くらいなのかしら?」
彼は最近どの雑誌でも引っ張りダコのスタイリスト、若いのにそのセンスのよさが注目されているらしい。その綺麗な顔も相まって女性人気も高い。私も結構この人の服の組み合わせ嫌いじゃなかったんだけど。あれってもしかして他の人があげたリクエストに対して応える形だったとか?
自分の考えだけで提案したことないとかそういうこと? この人の趣味ってこんなに少女趣味な甘ったるい服装なわけなのかしら。やだわー。
「そうだ。何だ知ってるんじゃないか」
「じゃあ言わせて貰いますけどね。ウチの母さんはモデルじゃないの。何でも着こなせるわけじゃないの。可愛いけどそれは服がちゃんと似合ってこそ可愛くなる人なの」
「あ、この人お母さんの事大好きなのね」
と彼のお付の人らしき体つきがガッシリとした筋肉質の男性がボソリという。
やかましい。母はとっても可愛い人です。それは普遍の常識だ。
「今まで、可愛くできてたのはモデルさんに恵まれてたからよ。その趣味の悪さをカバーしてくれる人材が当たり前にあったことに感謝しなさい。素人目から見てもこれはひどいわよ」
「じゃあ君が選んでみればいいだろう! 僕はもうしらん」
彼は白い肌を真っ赤に赤らめて逆上した。
「じゃ、母さん靴脱いでそこのソファ座って。疲れたでしょう?」
と私は母をソファに座らせ、高いヒールのシンデレラのような靴を脱がせた。靴だけは可愛いな。
「ありがとう、服お願いできるかな。唯ちゃんなら任せて大丈夫ね」
「おう、まかしとき。世界で一番可愛いお嫁さんにしてあげるから」
「まぁ。唯ちゃんったら……」
「ラブラブねぇ」
釜くさいのね、あんた……とお付の人に突っ込みを入れそうになるも私はミントやイエロ-、ピンクと目がちかちかするほど甘ったるい空間のガレージの奥に突進した。
さながらバーゲンセールに向かうくらいの勢いで。
数点母に似合いそうなものを見繕ってきた。シンプルで彼女の体つきを考えた服。顔は幼く、胸も小さく足もそんなに長くない一般的な女性の身体。けれど華のある女性であるのも確かであった。
「なんだ地味じゃないか」
「うっせーよ。下地はシンプルでいいの。まずは似合うものを認識しやがれ」
口がどんどん悪くなっていく。
「どう、かな」
「世界で一番綺麗です。母さん」
ひしり、と母の手をとって絶賛する。
「……お前言ってて恥ずかしくないか。それ」
「私は演劇部に所属しているのよ。こんなセリフたいした物じゃないわ。それに本心ですもの」
「そんで、あんたの出番よ。スタイリスト」
「はぁ!?」
「はぁ!? じゃないわよ。スタイリスト。母さんを見てみなさい。似合ってるでしょ?」
「まぁ、悪くはないな」
「けど、私は似合うものが分かるだけで服の組み合わせはあまり分からないのよ。アクセサリーとかね。シンプルな服を選んだから、あとは味付けは頼むわ。えーっと拓馬くんだっけ?」
「誰だ、それは。拓斗だ。タ・ク・ト」
「何だ、惜しい。私すごい」
「失礼な奴だなぁ、見てろよ! ぜったいあっと言わせてやる」
その後、拓斗はそれはまあセンスよく仕上げてくれた。大人らしい品を残したまま、遊び心のあるアクセサリーで味付け。なんだ、大まかな枠さえ用意すればかなり、うん確かにいいセンスしてる。
なるほどこれがプロなのか、と感心さえしてしまった。
「まぁ! 素敵」
「確かに素敵。ありがとうね、拓斗くん」
「フン、当たり前だ。僕が見立てたんだからな」
「ドレスを見立てたのは私だけどね」
「……まぁ勉強になった。普通の人はあんまりしたこと、なかったから」
「何よ、あんたの周り美形しか存在してないわけ? すごいわねー」
「父がデザイナーで、周りはパリコレに出そうなモデルとかがよく屋敷を出入りしていた」
「じゃあ、この家あんたのってわけ。道理でねぇ」
そういえばそういう家の出だったか、とぼんやりと雑誌の記事を思い出した。
「なぁ、僕と一緒に仕事しないか?」
「ん? 何で」
「僕がお前を認めたからだ。きっと僕の世界も広がる」
「私くらいのはどこにでもいるわ。私にこだわらなくても結構です」
「なっ!? 僕の仕事を手伝えるなんて幸運中々ないんだぞ」
「いやー、私後輩の世話と自分のことと、母のことで手一杯なのよね」
「後輩って?」
「超可愛い、泣き虫な後輩。ちょーっと馬鹿だけど。でもだからこそっていうかね……アンタも知ってるんじゃない? 美羽」
「美羽? あぁ、前に仕事をしたことがある。売れっ子じゃないか」
「アンタも売れっ子だけどね」
「そうだな。って僕よりあいつのほうが優先順位高いのか?」
「当然でしょう? ちょっと昔を思い出させて羞恥に駆らせられるのはいただけないけど、素直だし、それに努力家だし。まぁ…ちょっと、いやかなり粗忽ものだけど」
「ふぅぅぅぅ……ん」
むぅ、と思い通りにならないことに出会った子供のように苛立つ拓斗くん。
「な、何」
「そうか、じゃあ今度美羽に会ったら。早乙女 唯! お前を譲ってもらうように言う」
「ま、好きにしなよ」
――美羽も断るだろうし、っていうか断らないと締めるからね?
「きゃあああああああ!!!!」
「な、何ですか美羽先輩」
「い、郁人くん! 何か嫌な予感がしたぁぁぁあ!」
郁人と紗雪の事務所に美羽の慄くような絶叫が響いた。
それに対して郁人はピコピコハンマーで先輩をポコンと叩いて黙らせた。
そして美羽はソファでしくしくと情けなく泣いていた。
その手には白雪姫のマスコットが在り、美羽とは逆に可愛らしく笑みを作っていた。