レベルアップしました。…え、どっちが。
「それで、紗雪に告白する気持ちがばっきり折られたということか」
「はい、ちょっとメンタルの修復が必要というか。正直大打撃です」
「俺も嫌だわ。男からの好意とか。俺なら告白される前に逃げる」
「予想外すぎてそんなん警戒対象に入ってませんよ」
「あぁ…まぁ紗雪は気にしてなさそうだけど。よかったな」
「えぇ、それだけが救いかもしれません」
「むしろ芸事のこやしにする勢いだな。なかなかない経験した…って顔だった」
「…っじゃ、俺仕事がんばります!」
(こういうときに男度が上がるって何か嫌だな。背中が泣いている。)
「…でもこういうときこそ猛攻したほうがいいんじゃねー? 紗雪にちょっかいかけてくるだろうしその男」
と男が男に好意を向ける場合は想定したことがないので、郁人にはそのアドバイスは向けられなかった。聡はイチゴ味のロリポップキャンディを口の中で転がしながら、呟いた。
というか普通の対処でいいのだろうか。郁人はとにかく逃避する方向でいくようだが。
***
この世界に居て、よかったなと思うことに一つに自分が成長できる。
すごい人から刺激を受けられるというものがある。
この世界に居続けられるということは何かに突出した人物であるからだ。
そのうちの一人に尊敬する先輩がいる。
いわゆる演技バカというやつで、その人は表現するための手段に関してはあらゆる手法を学ぶことを厭わない。
外国人というのは日本人と違って空気を読むということをしない。
だからこそ、伝える能力が秀でていることを必要とする。
決して察するという能力が劣っているからと言って、伝える能力が劣っているということではないのだ。
むしろ色んな学校に演劇部が常置されているというのも当然。
彼等は役者になるためではなく、社会人として必要なスキルとしてパフォーマンスを学ぶのだ。
だから外国ドラマを見ればその表情は豊かで、言葉が分からないのに何を思っているかはすぐわかる。それと異なり、日本のドラマは表情の変化が機微でどちらかというと繊細な方が好まれるようだ。
けれど大げさではあるもののその憎めなさのある空気は役者には必要なものだった。
華というものは不可欠な要素だ。忘れられてしまってはこの業界では生き残れない。
そして声の出し方というのも大事で。
音程の違いだけでも大分印象が変わるのでそれを判断する耳を必要とするためか。
彼は声楽も習ったようだ。
その上舞台に出たりとウチの先輩はそのほとんどが演じることが行動の軸となっている。
あとは、ダンスもだそうだ。
習ってみればわかるが体の綺麗な動かし方がわかる。
滑らかに、かつどこで力をいれればいいのかもわかるようになる。
これは俺もしていることだ。
そのうえ演じるキャラクターの資料を集め、色んな職場を見学してみたりと、その情熱はつきることがない。
「なー。俺の知り合いの劇団見にいかないか?」
「え、行きたいです。」
「おう、わかったいこうぜ。俺の車でいいよな」
「はい、ありがとうございます」
キャラクターを舞台の上で生きさせる。
それが感じられるので、テレビの仕事とはまた違って面白い。
先輩を見ているといつも思う。
足りない、足りない。
もっと貪欲にもっともっと、何が必要かをよみとって
求められた仕事をきっちりこなす。
何より、カッコイイ……。
俺も先輩の歳にはこんな風な男になってるかなぁ。
ただし、微妙に人間嫌いの気があるのが欠点というべきか。
ストイックすぎて、それについていけない人はないものとして扱われる。
「この子駄目だな、外して」
「っはい」
怖いな。先輩と一緒の舞台のときは気を引き締めないと。
けれど役を創り、パフォーマンスを更に上質なものに仕上げることに必要不可欠な彼は、むしろ引っ張りダコだ。
「というわけで超充実してました、今日」
「うん、よかったね」
「ただいま……」
「おう、お帰り紗雪。疲れてるなー」
髪をハーフアップにして桜の簪を挿し、ワンピースにマフラーを着ていて可愛い。癒しだ。
「あ、うん。ちょっと”説得”に時間がかかっちゃってね」
「あぁ、そうか。じゃ、お茶でも入れるか」
「うん。絶対負けないからね、郁人」
グッと両手を胸元で握って、気合十分な様子。むんっとほっぺたを膨らませる様子は微笑ましい。
「……うん?」
ので、頭をなでてやる。なんかよくわからんが頑張れ。
「俺の妹がなんか怖いんですけどー。なぜだ」
そんなことない。超可愛いです。