女の子は早熟なんです。
「最近紗雪が可愛くて可愛くて俺もうどうしていいかわからないんです」
恋心を自覚してから、こいつは普通を装っていた。
特に変わらない2人の様子に首を傾げていたが、案外押さえ込んでいただけで既に臨界点を突破しそうな様子だ。しかし俺はノロケを聞く気はなかったので
「失せろ」
と冷ややかに言い放った。
「もうね、俺が被ってる毛布に一緒に入ってきた時には俺、死ぬかもと思いました」
「ほう」
それでも郁人は聞いてくれとでも言うように話を続けた。そして聡はというと妹の無情なしうちにため息をこぼした。
同じ男としては同情せざるを得ない。
「首元に頬ずりしてくるは、胸を枕にして最後には寝付くわ。俺の理性の強靭さが少し恨めしいです」
ほんとにいい匂いするしね、と遠い眼をする。
そして最後はベッドに運んだらしい。おい、紗雪。かわいそうにもほどがあるぞ。
「ていうか何で我慢してんだ? わが妹ながらそれは襲われても文句言えんぞ」
「これがデフォルトなんです。いつも通りなんです」
「そこまでか。それはお前にも原因あるな」
それをたしなめることなく許してきた彼にも責任はあった。
「……です」
「つうか、俺はお前らが付き合っていないことに疑問を覚える。なぜ付き合っていない?」
「何でといわれましても紗雪が俺を兄貴分としか思ってないからですけど」
「その分だと告白もしてないな?」
「そうですけど。振られるの嫌です。ていうか気まずくなって離れられる方が今の生殺し状態よりもつらいです。時々無性にちゅーしたくなりますけど」
いっそしてやってくれ。
「告白して、意識させるという選択肢はないのか」
「………なるほど、その手があったか。でも大丈夫ですかね? 嫌われませんかね」
一番心配なのは嫌悪を向けられることらしい。そりゃああれだけ猫かわいがりしていれば、その分反動のショックは大きいだろう。
「絶対ない」
けれど、長年2人を見てきた俺は断言できる。
ほんとうによっぽどのことがないかぎり紗雪は郁人のことに関しては許容範囲が広い。
「わかりました! 俺告白します。つーかそろそろ限界が近いです」
案外決断は早く俺はその表明にゆるく拍手を送った。
告白の羞恥よりも切実に我慢の限界の方が深刻なようである。
***
最近郁人のようすが変だ。
ただでさえ私に甘いのにそれが更に甘いのだ。
いつもは私には私の生活があるのだから、とか。
自分で色々できるようにならないとだめだから、とかで。
私の成長を阻まないように甘やかしは最低限だったのだ。
そのラインは郁人が決めたものなので、傍から見ればそれは少し過剰なものだったのだけれど。
正直その点については指摘していない。だって私はそれを手放すつもりはさらさらないのだから。
むしろ嬉しいくらいだ。どんどん私を甘やかしてくれ。
「というわけで変なのだよ。蘭迩くん」
今手元にあるマカロンも郁人のお手製だ。おいしすぎて幸せすぎる。
「一目瞭然すぎて俺は何とも言いがたいです。紗雪さま。俺は先輩からの威嚇が隠すことなく行われるようになったので逃げたいのですが」
雑誌の特集で呼ばれた芸能人の私服のコーナーで一緒になったので、蘭迩くんに相談をして見る。
「……威嚇?」
「うん。知らぬは当人ばかりなり。正直それだけの見た目でこの鈍さでよく生きてこられたな」
あぁ、そうか郁人さんという壁に阻まれているわけかと訳のわからないことをいう。
「最近妙にスキンシップも多いし」
近くに居るとホッとするので遠慮なく甘えさせてもらっているけれど。いつもならよしよし、と頭をなでたりすることは多いけど。案外ハグとかほっぺちゅーとかはしなかったのに。最近はそういうものがよく行われるようになった。私がそういうことをするとやんわりと断られてきたのに。
そういうことはしちゃだめです、って。
「えー? 俺が言うの? 言わなきゃなんないの?」
おいー。俺絶対言いたくないんですけど、と耳のルビー色のカフスをぐりぐりいじる。
「うん?」
「えー。拒まないのね?」
「なんで? 嬉しいもん」
「うん…それでなぜ付き合ってないのか俺本気でわかんない」
「え、だって郁人は私のこと女の子として好きなわけじゃないでしょ」
「……あー。長く付き合っているほどわかりにくいもんか。傍から見たら一目瞭然。つーか、俺が言うのもな。こじれたら面倒だ。郁人さんにそれだと彼女できないだろうなぁ、とか心配じゃないの?
そんだけベタベタしてたらできないだろ、彼女」
「できなくていいし。むしろいいと思う」
「うわ、分かっててやってる? いやどこまで分かってんの」
それに対してうーんと困った顔をして特上のスマイルを提示してやった。
「あぁ、可愛いっていろんな意味で不条理なことも吹き飛ばすよな。一種の暴力」
「そうそう、郁人は少しでも長く私の傍に居ればいいの。最初に目をつけたのも捕まえたのも私なんだから」
「えー、怖い。女の子怖いんだけど」
蘭迩の顔に陰がかかる。
「何が怖いんだ?」
「郁人! 何でいるの?」
「迎えに来たんだよ。変な虫が付いたら困るし?」
「虫? 虫は苦手だけど。」
既に紗雪は郁人の腕の中だ。郁人さんの腕の中にいる紗雪さまは全開だ。
可愛くて何も知らないような様子で、微笑んでいる。
彼が望むような可愛らしさを前面に出している。蘭迩の目の前にいたこの女はもう少し雰囲気もきりっとしている。こんなふわふわしていない。
この人の傍にいられるのは私だ、と見せ付けるかのように。その距離の近さや気安さを無邪気にいや、むしろ邪気があるのかはしれないがその甘さはむしろ凶器だ。
無邪気に子供が甘えるように上手く立ち回って郁人さんが甘やかすように誘導する。
むしろ郁人につく虫のほうを駆除しているのは案外この女の方なんじゃないのか、と思い直した。
「女ってこえー」
本当はね、郁人を好きな人に呼び出されるのは嬉しいんだよ。
それからも守ろうとしてくれてたみたいだけどね。
だって彼女達には私が彼の特別に見えたってことだから。
郁人“お兄ちゃん”は全然だったけど。