呼びません、呼び捨てなんて
今回場面の切り替えが多いです。すみません。
ホワイトデー編です。季節のズレ半端ないな。
紗雪は難しい顔をして未だ寒い街頭を歩いていた。
彼女が頭を悩ませていたのは郁人へのホワイトデーのプレゼントである。実は今までは当日までこんな風に迷うことはなかったりする。いつも心の赴くままに思いついたものを渡していたのからである。
しかし、ジーンズ、スニーカー、可愛らしい手袋、キーチェーン、ごついベルトetc……。
と一通りネタは出尽くしてしまったのである。服飾系が多いのは身につけられるものの方が実用性があっていいし、何より自分が選んだものを着てもらえるというのは嬉しいことがわかっているからだ。
それに……似合ってるものを見るのは楽しいのだ。見た目がいかんせん上質なので目に楽しい。
でも今年は何だか間が悪いのか、この時期珍しく忙しくてお店巡りができなかった。
のでコレだ!というものを見つけていないのだ。
さらに”また”似たようなものを送るのも面白みがないかなぁ……と考え始めてしまった所為で余計にどツボに嵌ってしまっていた。
でもプレゼントの定番である花束というのも枯れちゃうし、そう日にち持たないしなぁとため息をついた。
まぁ、花束やお菓子がプレゼントに好まれるのは形が残らなくて後腐れがないというのも利点に挙げられるのだが、互いに遠慮のない幼馴染の関係の前ではそれでは物足りないようである。
春だというのに本当にまだまだ寒い。手袋をしているとはいえ、冷え性である紗雪は手をそっと息で温めた。
路面店中心に回っていたのだがピンと来るものが見つからなくて今度はショッピングモールに切り替えることにして彼女はきびすを返した。
***
「あの、何で俺をそんなマジマジ見るわけ? 俺なんかしたかな……」
郁人は混乱していた。白いアオザイ姿の少年に下から見上げられているからである。
編みこみを施した黒い髪に翡翠の耳飾りをした理知的な容姿。
衣装は男性の身体を意識しつつもどこか曲線を帯び女性らしい雰囲気を残し、そのせいかどこかあどけない色香が備わっていた。
「あ、……すいません。つい。申し遅れましたすいません。
僕、白符 凛と言います。紫陽に所属で瀬音 蘭迩のパートナーです。
どうぞリンリンとお呼びくださいませ」
ふわ、と花がほころぶように が微笑する。
うっかり小動物のような空気にほだされそうになるが、そういやなんで俺見られてたんだろと思い出す。
「あぁ、よろしく。郁人だ。今日はよろしく」
それで、と口ごもった郁人に、可愛らしく凛は小首をかしげた。
「何でしょう?」
「俺のこと……」何か知ってるの?と聞くのは変だよな。初対面のはずだし。そりゃあお互い芸能人で噂くらいは知ってるだろうけど。こんな風に観察されるようにみられる覚えはないと思う。多分。
「あぁ、お噂はかねがね。蘭迩からよく聞いています」
「でも彼ともドラマで1度共演しただけだよね? 俺なんかしたかな……」
特になかったと思うんだけど。彼普通に好青年だったと思うし。まぁ、ちょっと場慣れしてなかったけど。むしろ目の前の相方のほうが落ち着いている。性格の差だろうか。
「あらあら、こりゃあ前途多難ですね。わかってましたけど」
ふふふ、と楽しそうに笑う少年。
……余計わかりません。何言ってんですかアンタ、と郁人は脱力した。
***
「あーもー何にすればいいんだー」
と紗雪はカフェの席で机に項垂れていた。手には熱々のSサイズのホットチョコレートを持って。
郁人が傍にいれば危ない!と注意していただろうが、彼はいないのでもちろんそのままである。
「ねぇ、きみ君ぃー。可愛いねー。一人かなっ☆
俺とデートしないー?」
と軽薄な声が耳に入る。一人で出歩くのは間違いだったかも、と内心思うもすぐさま
「ナンパお断り。間に合ってます」
と首をそちらにむけて、はたと紗雪は動きを止めた。
金髪の髪に左耳にインカローズのカフス。人懐っこい笑顔。前みたいに中華風の衣装を着ていないもののその顔にはもちろん見覚えがあった。
「や、久しぶりー」
とひらひらと手を振ってそこに居たのは前の「朝ちょく」で共演した瀬音 蘭迩であった。
「で何してたの?」
とさっと自分も飲み物を買ってきて勝手に同席するところが相変わらず図々しい。とはいえ人目があるのであからさまに邪険にすることができないことに内心舌打ちする。
「郁人へのバレンタインデーのお返し考えてたの」
「え、君ら付き合ってんのー? 知らなかった」
「違うよ。毎年恒例なの」
「いや、そっちのがすごいって」
ずずっと音を立ててジュースを飲みきる。早い。彼は喉が渇いていたようだ。
「でもまだ決まってないんだ?」
と紗雪の鞄をちらりと見て言う。もちろんショップバックの一つも傍らにない。
「うん。何か行き詰っちゃって」
「俺付きあおっか?」
「なんで?」
「そんな不思議そうな顔しないでよー。傷つくわ。デートしたいなって」
えへ、と語尾にハートマークがつきそうな勢いでウィンクされる。
「私いくわ。じゃあまたそのうち」
スチャと手を掲げその場をあとにする。
「待った待ったまったー。嘘だから。ごめんなさい。調子に乗りましたっ。
男目線の意見が欲しいかなーって。ね、俺役に立つよ? ね、ね?」
と腕にしがみつく様はさながら振られ男が情けなく女に情けを請うようであった。
「……それもそうか。じゃあよろしく」
紗雪はわかりやすくため息をついてやれやれしょうがないな、というように。確かに女の自分よりも男の子の郁人欲しいものがわかるかもしれない、と蘭迩の同行を許したのである。
そして実は意外と彼いじりを楽しんでいた紗雪であった。……うっとうしいとは少し思ったけれども。
紅茶専門店、花屋さん、おもちゃ屋さん、スポーツ専門店を巡り、二人で連れ添って歩く。
「だけど、テレビん時とイメージ違うな。大和撫子っていめーじだったんだけど」
髪も今日クルクルだしとブラウンのスニーカーを持ち上げて言う。
「……大和撫子ねぇ。一回辞書で引いてみたら? 意外と日本語って思ってたものと間違って覚えてるもんだし」
確か心が強いとか芯のある女性とかいう意味も含められてたはずなんだけど。
あれ、もしかして、遠まわしに私のこと可愛げないって言ってる?
まぁ、別にいっか。
「サイズわかる?」
「……。靴のサイズは知らないかも」
「じゃ、ダメだな。次いこーぜ。次」
「うん」
***
「今回の企画は”ホワイトデーのデート”。君らが視聴者を相手に見立ててエスコートする形でデートスポットを巡っていきます」
と監督が言った。
「えと、前回はプレゼントのためのグッズを中心に紹介してたと思うんですけど。今回はお返しのためのグッズとか紹介する感じにしなくてもいいんですか?」
郁人が手を挙げて監督に質問を投げかける。
「だいじょーぶ。うち女性の視聴者多いから。それに最後のシーンで女の子からのプレゼントと言う形でグッズは紹介するから。前回よりも紹介する数は減るけど。
それにデートスポットは男性も知っといて困らないデショ?」
なるほど。確かに。それは助かるかもしれない。
「でも凛くん「リンリンです」……はい。リンリンはアオザイなんで浮きません? 普通のデートですよね?」
男がリンリンって呼ぶの結構抵抗あるんじゃないだろうか。俺はある。
「浮いちゃっていいと思うよ。妄想デートだし」
「妄想……」
なんだか一気に脱力するな。
「あぁ、心配しなくても郁人君の分も衣装用意してるよ。なんちゃって和風の服を用意したよ。普通の服だと負けちゃうからね。」
そういう心配はあんまりしてなかったんですが。なんちゃってって……?
男同士ということで2人は同じ控え室で着替えにとりかかる。
「やっぱ妄想デートといえば、甘いセリフは必要なのか」
と服の袖に手を通した。確かにアオザイに負けない衣装ではあるが。平安時代の貴族の小間使いの女の童が着そうな衣装である。重ね着ではなく、布を重ねてあるように見えるように工夫され、袖や首元だけ他の柄の布があてがわれている。
「そうですね。なんかそんな感じですよね。甘いセリフってどんなのがいいんでしょうか」
とテレビ栄えするようにメイクを施してもらった凛が椅子で足をぶらぶらさせながら言う。
……ふむ。
「君と毎日一緒にいられるなんて、僕はなんて幸せ。愛してるよ……」とか?
自分の手をそっと凛の手に重ね合わせて目を覗きこんで、そっと囁く。
「…………」
なんか反応してくれないかな。沈黙が痛い。
俺なんか痛い人みたいなんだけど。アレ俺痛いかな。
「いえ、すみません。何だか意外で。そういうの恥ずかしがって言えないイメージだったので」
なるほど。フォローさんきゅ。凛のポカーンとした顔が微笑をたたえた顔に戻る。
「けど、これは怨まれそうだな」ボソリと凛が目線を遠くにやり呟くも、郁人は羞恥の所為で気づかない。
「一応ドラマで一通り甘いセリフ言ってるし」
最初はあんまり羞恥とか感じなかったんだけど、イロイロ意味が分かってくる年になるとなんかな。うん。今はもう平気。役は役。俺は俺。……多分。
「……なるほど。でもそのセリフってデートでは使えなくないですか?
僕に会うためにおしゃれしてくれたんですか。可愛いですっ
……とかどうでしょう」
年下敬語キャラを生かした上目遣いのセリフ。一瞬シュバっと閃光が奔った気がする。しかし。
「……お前なんかあざといな」
「一応僕アイドルなので。先輩は役者よりのタレントですから、売りが違いますし。重なる所はありますけどね」
「そっか。お前すごいな」
「え、と。ありがとうございます」
と互いに照れる。ちゃんと乗ってきてくれるあたり凛くんとはこれから上手くやれそうだ。
そうして俺達はスタジオで取れる分だけ撮ってロケ地に向かうために車に乗り込んだ。
***
普段一人では絶対入らない店も男の子である蘭迩がいると、少し抵抗が薄れる。女の子一人では入りにくいといえば、ゲーセンとかもそうだろう。しかし何だかいつもより妙に込んでいる上、女性客がとっても多いような気がする。歓声も聞こえるし。
「お、なーんかロケしてるみたいだぜ。誰だろ」
「そうみたいだね。ゲーセンは無理みたいだね。景品のぬいぐるみ欲しいのあったんだけど」
好きなアーティストの作ったキャラクターのぬいぐるみだ。学校の鞄につけようかな、と思って。
「そっか。じゃあちょっと試しに奥行ってみようぜ。無理そうだったら引き返そう」
「え、ちょっ」
と留める暇もなくずんずんと奥に進み、ロケの場所も近づく。
人が多い場所は私たちの仕事的に結構めんどくさい事が起こりうるので遠慮したいな、と紗雪は思った。
「あれー。郁人さんと凛じゃね?」
「凛って誰さん? ていうか今日ココで仕事だったんだ郁人」
「俺の相方。あ、あっちも気がついたみたいだ」
「ホントだ。手振っとこう。ヤッホー」
と手を振るとぎょっとした顔でこちらを郁人が見る。隣のチャイナ少年はニコヤカにたたずんでいた。
カラフルなライトで目がちかちかし、騒音が大きいこの場でもあの二人は目立っていた。それを見て少し距離を感じた。
とはいえ今日はプライベートなので、スタッフに見つかっても時間が取られると面倒なので、早めに退散することにして今度は紗雪が蘭迩の手を引き人だかりからチェック柄のポンチョを翻して抜け出した。
***
「……ちょ。何で二人で出掛けてんの!? 俺聞いてない。」
デート!? デートなのか!? ていうか前苦手って言ってたじゃねぇか。何が起こったんだ。
と余計な虫の存在に頭を抱えパニックになる郁人と。
「おやおや微笑ましいですね。」
と好々爺に暢気に笑う凛であった。
***
そして二人は買い物を再開させた。
「これカッコよくね?」
「それは蘭迩の方が似合うんじゃないかな?」
チャラいから。と派手なTシャツをみて言った。
「ゲームとかはどうだろう。あの人やんねーの?」
「一緒にできるものか。それは考えなかったなぁ」
ととぼけた顔の主人公が描かれたパッケージのガンシューティングのゲームを手に取る。面白そうだ。
「お、気に入ったヤツあったか」
「うん。けどこれプレゼントになるのかな」
「いーんじゃね?」
「うーん……」
とりあえず買っておこう、と紗雪はレジに向かった。
その後もショッピングモールの目ぼしい店は一通り回った。
「じゃ、今日は付き合ってくれてありがと。またね」
「おう、じゃまた現場で」
まだ日は高いものの、用事は済んだので蘭迩と別れて紗雪は電車に乗って帰路についた。
一方現場の郁人はというと……
「今日はいつ頃帰って来る? いやこれ過保護すぎで鬱陶しいか?」
とメールを送るか悶々としていた。そして凜はそれを見てニコニコしていた。
タイトルはお題サイトからお借りしました。
…“ストロベリー夫人はご機嫌斜め”
ありがとうございました。