ひよこを拾った者の行く末
――出会いはというと今思えば遥か昔。薄れつつあるものの忘れられない最初の記憶。
きっと彼女の兄に言わせれば、その年で何をいっているんだといわれることだろうが。
それは、家の近くの公園で保護者抜きの一人で遊べるようになって早半年過ぎたときのこと。たぶん五、六歳の時。
俺はというと、公園の砂場でそこにいた今は顔も名前も覚えていないヤツと砂で山を作っていた。
「なぁ、もっとトンネル大きくしようぜ」とそいつは提案する。
「だな、俺水汲んでくる」と俺もそれに乗ってバケツをもって水場に駆けていった。
水をなぜかタヌキ型の水のみ場で蛇口をキュルキュルと捻り、バケツに水を貯まるのを待っていたその時……。
ズシャアァ……!! と豪快な砂を削ったような音が後ろでしたと思うと女の子の泣き声。
水がバケツから溢れるのにも気づかないままその子をどうしたものかと周りを見回してみるも、
その女の子の保護者と思われる大人も見当たらない。
「あの、だいじょーぶ?」と聞いてみるもその子は泣いていて、お母さんを呼ぶことに必死でこちらに意識がいかないようだ。
とりあえず怪我をどうにかしたほうがいいかと思った俺は泣き喚くその子を水場につれていき、痛いとわめくその子を自分なりに必死で宥めすかして膝の汚れを水でそおっと両手で水を掬ってかけるということを繰り返して落として、そしてポケットの中に入っていたハンカチですりむけた膝をキュッと包んだ。
「えと、これでよし、かな」ととりあえず一段落ついてため息をついていた頃。泣きつかれたのか女の子はしゃっくりのように、ひくひくと喉を鳴らして俺の服の裾を掴んでいる。どうしようか。
「おい、水まだかよ」とすっかり忘れていた 山を作っていた相方が声をかけてくる。
遅くなった俺を不思議に思ったのかこちらに来たようだ。しかし泣いている女の子を見て、げぇっとめんどくさそうな顔をして先に戻ると行って砂場へ戻った。
いま思うと男の子同士の遊びの場に女の子が入るのを嫌っての行動なんだろうが、そのときは見捨てられた……! と感じた俺だった。
だからと言ってソイツを追いかけるわけにもいかずに彼女の母親が来るまでその子の相手をしたわけだ。確かお礼を言われたような気がするがどうだっただろうか。……うーん。
それでその話は終わりだと思っていた俺は公園にいつものように遊ぶも、ある程度の距離を置いて熱い視線が背に向けられる日が数日続いた。
そう、その視線の主とはあの公園でズッコけて泣き喚いた女の子。色々とめんどくさいなぁと思ったので関わらずそのまま放っておいたのだが、そういう俺の小さな抵抗も後日その母親にぶった切られた。
この子と遊んでやってくれない? と頼まれたわけだ。申し訳なさそうに……だ。それを断る理由がその時すぐには思いつかなくて結局その子のお世話係と相成ったわけである。
最初はめんどくさい事この上なかったが、好意を一直線に向けられて、俺の後ろをテトテトとニワトリの後を付いていくヒヨコのように一途に付いて来るのだ。結局最後には絆されてしまったわけである。
「そう、昔は郁人兄ちゃんと後をついて回って可愛かったのに……。
今ではその面影もないわけだ」とため息をつくも、
「オイ、駄々漏れてんぞ」とそのときの女の子のつまり“紗雪”の兄である聡さんに頭をパシンと叩かれる。
「……痛ぇ」
「嘘付け」
ブロロロ……と高速を走る車の中で横に座っている聡さんに苛められる俺であった。
「ははっ……、本当に郁人くんは紗雪ちゃんのお兄ちゃんみたいだねぇ」
「あ、いえ……そんな」
と運転席に居る俺のマネージャーである土浦さんが笑う。笑われた俺は思考が駄々漏れてしまったことを恥ずかしく思ってそれを否定する。
「阿呆。実の兄である俺よりもアイツの世話を健気に10年も続けたお前が何を言う」
「……阿呆」
とその言葉に項垂れるもこの人の言い様もいつものことだ、と気を取り直す。
「ふふ、10年もかい。それは筋金入りだねぇ。しかも親同士も仲いいもんねぇ
付き合うのも時間の問題かなぁ……」
とハンドルをきって土浦さんが左折する。
「そうそう、俺も反対しないぞ。婿に来い」と聡さんも親指をグッと掲げる。
と今度は2人タッグで集中攻撃される。……いや婿て。俺15歳です。まだ結婚できませんて
――じゃなくて!
「そういうことを冗談で言わないでくださいよ、聡さん。ていうか付き合いませんよ?」
「……好きなくせに」
「――っ! 好きじゃないっ!」
「クス、顔が赤いぞ」
「ハハハ、青春だねぇ……」
あぁ、俺が悪かった。この2人には、いや聡さんには昔から勝てないことは分かっているのに
さっさとおざなりにでも認めて話を合わせればよかった……。今度からそうしよう、うん。
――そしてまた一つ大人への階段を上った俺である。