第6話 近付く別れ
景色が赤く染まる季節は終わりに近付き、冬の気配を感じ始める。
季節はもう直ぐ冬、そう冬の最大のイベントで恋人達にはこのイベント無くして冬は語れないクリスマスが待っている。
あと、二ヶ月もすればクリスマス! 今年のクリスマスは真夏が俺の傍にいる。
去年まで彼女の居ない野郎どもと半ばやけになって、野郎ばかりの悲しいクリスマスパーティーを開いていた。
よくよく考えてみればクラスの女子を誘っても良かったのだと今頃になって気付く。
――あほか! 俺。
しかぁし! 今年の俺は違う。
俺の隣には真夏の夜に突然やって来た可愛い真夏が居るのだ。
二人だけのクリスマス。
むふふ……悪くない。
っつーか、こんなにクリスマスが待ち遠しいと思った事はない。去年までの俺はクリスマスが近付くに連れて、ラブラブカップルを見る度に「リア充どもめっ死ねばいいのに」
と、思いに耽り去年までのクリスマスが忌々しい記憶となって切なくなった。
日に日に寒さが増してくる朝、通学路を真夏と寄り添い学校に向かう。
「なぁ……真夏。欲しい物とかあるか? 授業が終わったらショッピングモールに寄ってかないか」
照れくさくて真夏から顔を逸らして聞いてみた。
リサーチ、リサーチ。
クリスマスプレゼントだと気付かれないように聞き出さねば。
まぁ俺の小遣い程度では高価な品物は買えないけど……、その辺は演出次第で喜ばせればいい。
俺は真夏の返事を待った。
……返事が返さない真夏に視線を戻してみると、なんだか真夏の様子がおかしい。今まで俺一人、浮かれて気付かなかった。
何故か寂しげな表情をしている真夏に問い掛けた。
「真夏? 気分でも悪いのか? それなら今度でいいけど」
「……時間」
真夏が木枯らしに溶けてしまいそうな小さく弱々しい声で呟いた。
「時間? あっはは……はぁー。冗談はよせ、それは幾らなんでも無理だ」
真夏の表情が一瞬、曇った気がしたが、しかし真夏は直ぐに微笑んで言った。
「だよねぇ? あははっ。真夏はね、誠の気持ちだけで十分なんだよ? なぁーんてね」
そう言って微笑む真夏は何時もの彼女だった。
「行こ! ショッピングモール」
「あ、ああ」
真夏の手が俺の手を強く握った。
何時もより強く強く。
――この時、俺は気付いていなかった。真夏が『時間』と言った本当の気持ちに……。
この日を境に真夏の笑顔は次第にぎこちなく、少なくなって行った。
そして十一月の終わりに真夏はついに笑わなくなった。
何時ものように真夏と通学路を通り我が家に向かう途中、事は突然起こった。
日も短くなり五時を過ぎるともう辺りは薄暗く、ちらほら星の輝きが暗くなり始めた空に、一筋の流れ星が尾を引いた。
「真夏、流れ星」
何時もなら、きゃっきゃっとはしゃぐ真夏に元気が無い。それどころか星空を見ようともしなかった。
「……うん」
短い生返事が返ってくるだけだった。
「あれは流れ星なんかじゃないよ。誠……」
悲しげに真夏は声を紡いだ。
「……ごめんね、誠。私……帰らなきゃ。今日まで言い出せなくてごめんね。ほんとにごめんね」
そういって瞳に涙を浮かべ真夏は俯いた。
次第にすすり泣く真夏の声が聞こえて来る。
「本当にごめんね……誠ぉー」
真夏は俺の胸に縋り付くと、堰を切ったように泣きじゃくった。
「どうしたんだよ? なに急に誤まったりするんだよ? わけ分かんねぇーよ」
俺は真夏を抱き締めた。
本当は気付いていない振りをしていただけなのかも知れない。
気付きたくなかったから……、真夏の変化に気付きながら、その思いを心の隅に追いやり気付かないようにしていた。
俺は怖かったんだ真夏の口から別れを告げられる事が……。
「だって私はサンタクロースだもんっ! ……私を待っている人が沢山いるんだもんっ……こんな気持ちになったのは初めてだよぉー誠。私、誠と離れたくないよぉー」
俺の胸で泣きじゃくる真夏に言った。
「思い出をいっぱい作ろう。時間は残されてないかも知れないけど、俺は真夏が好きだ離したくない。忘れる事なんて出来やしない」
「誠ぉー私も忘れたくないよぉー。でも時が来れば記憶はリセットされるんだよぉ。サンタクロース研修の時にシュミレーションで何度か体験したんだよ記憶置換。私が次に出会うかも知れない人の為に……誠との想い出は全部綺麗に消去されちゃうんだよ。でもね誠。私はね、本当に大切な想い出っていうのは記憶じゃなくて心が覚えているって思うの、こんな気持ちになったのは初めてだって事を憶えていると思うの」
「真夏……ちょっと早いけど帰ったらツリーを二人で飾ろう。そしてプレゼントも用意しておくから忘れんなっ俺の事」
「誠、忘れないよ私。……楽しみにしてる。誠のプレゼント」
真夏が胸から離れ涙を両手で拭うと微笑んでくれた。
この日から真夏と俺は本当の恋人になったように思う。
何時もと変わらない登校時も家で過ごす時間。休みの日には二人で出か掛け、出先でシャメやプリクラを沢山撮った。
真夏は楽しそうにプリクラにコメントや落書きを書いた。見たい映画を巡って喧嘩もした。
普通の恋人達と同じように真夏と過ごし、早めのプレゼントは星がぶら下がるピアスを贈った。
クリスマスツリーに飾った飾りのプレゼント箱にピアスを抜いた空箱をぶら下げて「探してみろと」意地悪をした、真夏は空箱を空けて、頬を膨らませていた。
ケーキを食べ、オードブルを二人で食べ終わり真夏を抱き寄せた。
「ごめん真夏。プレゼント買う余裕がなかった」
俺の言葉に真夏はプレゼントを楽しみにしていた様でご立腹の様子だった。
「酷ぉーい! 真夏はね誠のプレゼントを楽しみにしてたんだよぉ? 真夏もプレゼント上げないもん」
「なんだよ。それ」
真夏の肩に手を置き押し戻す。
「ふぅん!」
「真夏?」
「なにさぁ」
「髪の毛になんか付いてんぞ? 蜘蛛?」
「きゃぁー! 虫怖い、嫌いっ。早く取ってよ誠っ」
「はいはい」
涙目になっている真夏の耳元に俺は手をやった。
「ほれ、取れた」
手に握っていた真夏に渡すピアスを目の前に差し出した。
「……可愛い」
「メリークリスマス、真夏」
真夏の瞳に涙が溢れ出す。
「ばかぁ……諦めてたんだからねぇ! 誠からのプレゼント。……う、嬉しい、ありがと」
真夏は顔を近づけると軽く唇を重ねて来た。
「真夏からのプレゼントだよぉ」
「えっ! 短すぎね?」
「誠のばか……」
再び唇を重ね合った。
その時だけは時間が止まったように思え、繰り返し過ぎない錯覚の時間を感じながら、何度も何度も互いの唇の形を確かめるように、そして二人で過ごした時間を決して忘れてしまわないように……。
そして十二月の半ば、ついにその日はやって来た。
朝、夢から醒めるのと同時に目覚めた。
夢か現か。
昨日まで一緒に過ごした筈の真夏の姿は何処にも見当たらなかった。俺すらも記憶が曖昧で夢を見ていたように思えた。
学校や家族、そしてクラスには真夏の存在すら記憶にない様子で他の誰より、長い時間を真夏と過ごした俺だけが、ぼんやりと真夏のことを覚えているようだった。
そして時間は流れクリスマスまで後、一週間となり、今年はなにを願おうかと俺は考えている。
俺があの時に見た夢は、真夏とかいう女の子と過ごしたリアル過ぎる夢は、やはり夢で現実ではなかったのだと思い直した。
第7話 違和感につづく