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第4話 ハプニングナイト

 おれが差し伸べた手を真夏が掴んだ。


 頬を赤らめ、真夏は俺の手を伝う様に恐る恐る一歩を踏み出す。


「ありがと……誠。きゃっっ」


 風に煽られ揺れた際、ゴンドラが揺れ真夏はバランスを崩しよろめく。


「真夏!」


 俺は一気に真夏の手を引き寄せ抱き止めた。


「大丈夫か? 真夏」


「う、うん……大丈夫」


 真夏は俺の腕の中で小さく頷く。


 暫らく俺は真夏を強く抱き締めていた。


「い、痛いよぉ……誠」


「おお悪りぃ」


 頂点に近付くにつれて、風が強くゴンドラを揺らし始めている。


 ギシギシ、キィーキィー、嫌な音が激しく聞こえ出し、ついに頂点に近付いたところで観覧車が停止した。


 ゴンドラに備え付けられたスピーカーから女性の声でアナウンスが流れる。


「強風のため一時運行を停止致します。尚、ゴンドラは安全ですので慌てず暫らく、お待ちくださいます様お願い致します」


 運行停止って、まだ客、乗ってるだろ! 運行管理はどうなってんだ。


「誠ぉー」


 真夏が腕にしがみ付き、不安げに俺の顔を見上げている。


「大丈夫だって言ってたろ?」


 暫らく揺られるゴンドラの中で真夏の手を握り締めてやった。


 真夏は少し安心している様に見えた。


 その時〝パキッ〟と甲高い金属音が響いた。


 ゴンドラは通常の角度にない方向に傾き始める。


「きゃっっ!? 怖いよぉー、誠ぉ」


 怯える真夏は俺の首にしがみ付き小刻みに震えていた。


〝ピキッ〟嫌な音がした途端、大きくゴンドラが傾き、ドアの方へと滑り落ちる。


 俺は四十五度程の角度に傾く、ゴンドラの支点を見て恐怖した。


 ゴンドラを支えている片方の支点が折れている。


〝キィーーー〟甲高い音を上げながら角度は更に増して行く。


〝ガタン〟強い衝撃がゴンドラを襲った。


「きゃぁっっ」


 真夏の身体が椅子から離れドアの方へと滑り落ちる。


「真夏!」


 俺は真夏の腕を必死で掴んだ。


〝バタン〟


 人間の重みに耐えかねたのか、本来あり得ない事に違いないのだろうが、ゴンドラのドアが開いた。


 真下に小さく灯りが見える。


 俺は手摺様の銀メッキが塗られた支柱に身体ごと絡みつく様子に、しがみ付き真夏の身体を引き上げ様と歯を食いしばり、力の限り真夏を引き寄せ様とした。


 しかし揺れ動くゴンドラは容易く真夏を引き上げさせてはくれなかった。


 更に衝撃が襲い掛かる。


 その衝撃が無常にも俺の身体を銀色の支柱から剥ぎ取る。


 辛うじて片手で支柱を掴んで落下は避ける事が出来た。


「誠ぉ。もういいよぉ。このままだと誠まで落ちちゃうよぉ」


「放さねぇー絶対に」


「誠っ」


 泣きそうな声で真夏が叫んだ。


「私なら大丈夫だから……。ねぇ? 誠、手を放して、そんなに強く握られたら痛いよ」


 泣きそうな声で真夏が叫んでいる。


「何度も言わせんじゃねぇ。俺はお前を放さねぇ」


「誠……」


「お前なにをっ!」


 真夏は自らの手で俺の手を引き剥がしに掛かる。


 俺の手から徐々に真夏の手が擦り抜けて行く。


「ごめんね。誠……約束守れなかったね」


「約束? なんだそれ」


 辛うじて俺と真夏の指先が重なっている。


「誠……ありがとね」


 真夏の手が俺の手から擦り抜けた。


 落ちて行く真夏は、微笑んでいた。


 買ったばかりのワンピースが空気の抵抗を受け、バタつかせながら薄暗い闇の中へ姿を消した。


「真夏っっっ」


 ……馬鹿野郎が。



 

「来てっミルフィーユぅー」


 私の呼び掛けに青い燐光を引いて、夜空を滑る様にミルフィーユが現われた。


 ミルフィーユは私の直下に滑り込む。


 セール・ヴォラン(ソリ)の周りは無重力に近い状態にある。


 私はエシュランの操縦席に穏やかに着地した。


 着地の衝撃は、それほど感じない。


「誠っ、今直ぐ助けに行くからね」


 エシュランの操縦席にある二つの丸みを帯びた操縦桿に両手を置いた。


 操縦桿からエスプリを送り込む。


「急いで! ミルフィーユ。誠が危険なのっっ」


 エスプリを送り込まれたミルフィーユは、主の意に応じる様にセラフィムブースターのノズルを絞り込んだ。


 偏向ノズルを上下左右に動かし機動確認後、最小半径で方向を変え、誠のいるゴンドラへと向かった。


「誠ぉー、もう少し頑張っていてね」


 絶対に死なせないから……。

 



 もう限界だ。


 握力が……手が痺れて感覚が薄れる。


 腕も張って来た。


「真夏……。ごめんな。俺もお前のところに逝くから」


 掴んでいる支柱から手が離れて行く。


 真夏が落ちて行った真下に目をやった。


 高えぇーなぁ、おい! 眩暈がする……。


 地上に回転している多くの赤色灯が見える。


 レスキューの到着か、確かこの観覧車って直径百五十メートルだったけ? 梯子届くのか? 


「なんにせよ来るの遅ぇよ……もう限界だ」


 手が支柱から離れた。


 俺は目を閉じ薄れていく意識の中、地面に激突する瞬間を覚悟した。


「あれ?」


 不意に、やわらかいないかに俺の身体が触れた事を感じた。


 その感触はシャボン玉の中に入る事が出来たなら、こう言う感覚なのかな? と思わせる。


 やわらかいなにかに包まれながら、薄い膜の中を通り抜ける様な不思議な感覚だ。

 まるで夢でも見ている様でもあった。


 俺はそのまま意識を失った。




「まーこーとぉ!」


 意識の外から真夏の声が聞こえる。


 そうか! さっき感覚はあの世に向かう入り口だったのか? 伝えや絵のイメージと随分違うな……蓮の花も三途の川も見なかったなぁ。


「まーこーと! 誠ってばぁ」


 真夏うるせぇよ。そんなに呼ばなくても直ぐに行くから……。


「誠、起きてよぉー。ガッコ遅刻しちゃうよぉ」


「うるせぇ! 後五十二分寝かせろ……って、えっ学校?」


 俺は現実に引き戻され跳ね起きた。


「あれここは? それになんだこの浮遊感は」


「ミルフィーユの上だよ。間に合ってよかったよぉー。誠」


 真夏がいきなり俺の胸に飛び込んで来る。


「ミルフィーユ? って……確かお前のソリの名前だった、よな?」


「そうだよぉ。もう忘れたの? 私はサンタクロースなんだよ」


 胸元に湿り気を感じ真夏を引き剥がす。


 真っ赤に目を染め、目蓋を腫らした真夏の顔がそこにあった。


 真夏の涙と鼻水がシャツ濡らしていたのか……。


 感傷に浸っていると独特の浮遊感に襲われた。


「なっ!? なにが起こっているんだ?」


「大丈夫だよ誠。この揺れは風に煽られたミルフィーユが、自動モードになっているからね。この子がスタビライザーを制御してバランスを保とうとしてるんだよ」


 真夏の言葉で、俺は非現実真っ只中で完全に現実へと連れ戻される。


「ちょっと待て……ここは何処だ真夏」


「ミルフィーユの操縦席、観覧車の上空だよ?」


 恐る恐る下を見てみる。


 観覧車の周りには、俺が落下する前より赤色灯が増えていた。


「だっ! 誰にも見られてないよなぁ? 真夏」


「誠……それは無理だよぉ? 観覧車の周りには人が沢山いたんだよ? 常識的に考えても見られてない事なんてないと思うよ」


 謎の浮遊物体……現る! ってか!


「観覧車の事故、明日のトップ記事だね」


 真夏は涙を拭うと、そう言って微笑んだ。


 ――いや、もうリアルタイムに流れてるよ。きっとテレビの報道でな。


「……逃げるぞ真夏」


「なんでさぁ? 真夏は悪い事してないのに……なんで逃げなきゃならないの?」


 真夏は不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「なんでもだっ。俺達がこんなものに乗ってるところを撮影でもされたら、学校で、いや、世界中で大騒ぎになる。こんなものが浮遊しているだけでもビックリ珍百景だっ。ビッグニュースだっての」


「ひどぉーい! ミルフィーユを〝こんなもの〟扱いするなんて酷いよぉ! ミルフィーユは誠の命の恩人なんだよ?」


「ああ分かってるけどなぁ・お前の話を聞いた限りではミルフィーユは現在の常識的な科学には無い世界の異物なんだよ。誰かに嗅ぎ付けられたりすれば……」


「嗅ぎ付けられたりすれば?」


 真夏の顔が強張り始める。


「ミルフィーユは……研究材料になって」


「ミルフィーユは研究材料になって?」


「バラバラに分解されるだろうな」


「いっーやぁぁぁーーーー! 私のミルフィーユぅーーーー」


 真夏の顔が青ざめる。


「ずらかるよ! 誠、しっかり掴まっていてね」


 真夏がなんかのスイッチらしき突起物に触った途端、ミルフィーユは大きく揺れだした。


「おわっっ、なんだ? そのボタンは」


「自動制御装置のスイッチだよぉ。今オフにしたから風に煽られてミルフィーユのバランスが一時的に崩れたんだよ。でも大丈夫、ここからは真夏が操縦するからね」


 その後、真夏は手の平を二つの丸みを帯びた操縦桿に置いた。


 二つの丸みが青白く輝きを放つ。


 真夏のエスプリを与えられたセラフィムブースターも輝き始める。


 二つの丸みから片手を離すと真夏は中央にあるスイッチに手を掛け様としていた。

 そのスイッチは、透明な板の向こう側にある様に見える。


 火災報知機のボタンの様に。


「真夏……こんどはなんだ? そのボタン。……なんとなーく近未来的な危険な香りが、プンプンするだけど……」


「逃げるんでしょ? 一気に加速して尚且、超高速跳躍を行うために次元に入って、一瞬で遠くまで飛ぶんだよぉ。ミルフィーユ! プリン・ア・ラ・モードに移行よぉ。座標入力、誠ん家の傍にある目標着地点は原っぱよミルフィーユ」


「I Understood It. My Master (分かりました。御主人様)」


 真夏が手の平を置いている。二つの丸みが一段と輝きを増し二本のセラフィムブースターが四本に増え、円筒形から涙線型へと変化し、一本辺り一つだった偏向ノズルの数も六つに増えている。


 プリン・ア・ラ・モード? ってなにぃぃ! ワープモードでいいじゃねぇか? 真夏、お前が勝手に名づけたんだろ!


 四本のセラフィムブースターと二十四個の偏向ノズルが一斉に絞り込まれ、青い燐光を噴出した。


 その瞬間、強烈な加速が俺の身体を縛りつけた。


 星の光が長細く延びて見え意識が薄れていく。


 ミルフィーユは加速を続け、虚空の暗闇に吸い込まれた、と思った途端、気が付くと穏やかな夜空の下へに出ていた。


 真夏は我が家近くの原っぱにミルフィーユ着地させ、ミルフィーユを真夏が労うと上空に舞い上がらせた。


「Good Night My Master. Oh////(楽しい夜を御主人様 きゃっ////)


 真夏は夜空に消えて行く、……に手を振った。


 まぁ、この辺は田舎だし目撃者がいない事を切に願いたい。


 俺達は家路に着いた。




 家に帰るなりテレビをつけて見る。


「誠ぉー! これ見て見て、ほら! ミルフィーユがテレビに映ってるよぉ」


 おおっ神はなんと無慈悲な事か……。


 テレビ画面には俺達が乗っていた観覧車の傾いたゴンドラと、そこに横付けしたミルフィーユが映っていた。


 この事件が俺と真夏に関わる重大な問題になり、ある事態を引き起こす事になる。




 第5話 幻のキッスにつづく

ご拝読アリガタウ。

次回もお楽しみにっ!


本作品(また他のまひる作品)に対するご意見、ご感想、評価などお待ちしております。

お気軽るにどうぞ^^

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