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北宮秘話(きたのみやひわ)

作者: 綾月 奏

 教えてあげるわ。

 私が皇子に掛けた呪いを解く方法はただひとつ。

 皇子が愛し、皇子を愛するただひとりの乙女の、心臓の血潮を、その醜い獣身に浴びること――。


 かの魔女は、大層麗しい笑顔でそう告げた。






「エ……さま……リッ……エルリック様!」


 強く呼ばれて、目が覚めた。

 目を開けて最初に飛び込んできたのは、かつてわたしに仕えていた者たちの、安堵の様子だった。


「エルリック様……皇太子殿下。ご無事で……何と申し上げたら宜しいか……」


 涙ぐむその姿に、懐かしさが込み上げた。

 身を起こそうとしてよろめいた時に見えた、自らの腕に驚く。白く、滑らかな肌だ。

まるで、只の人間であるかのように。

 自ら両手を見つめ、それから頬に、頭に触れる。その感触に、疑心が確信に代わってゆく。


「わたし、は……一体何があった?」


 周りを見渡すが、彼女が居ない。

 私が止めた視線の先、白髪の小柄な男が、涙を隠そうともせず一歩前に出た。憔悴した風ではあるが、この男は魔術師なのだ。この国きっての。


 わたしが無理に起こした身体を、近くに居た者がクッションで支えた。


「はい……。あれは、3年前。王の生誕祭の折。エルリック様は、あの憎き、憎き魔女に、呪いを掛けられたのでございます。御身……を、野獣に変える呪いを」


「そんなことはとうに判っておる! わたしが問うておるのは、何故、人の身に戻っておるのかということだ!」


 何故、呪いが解けた。

 何故、彼女が居ない。

 この身は、硬い毛に覆われていたはずた。指先に鋭い爪が、頭には獣の耳が生え、この寝台には横たわれない程大きな体躯であったはずだ。


「それ、は……(わたくし)、にも、判りかねます……」


 その事実を認めるのに、この魔術師がどれだけ自尊心を折られたか。色を無くす程に握り締めた拳が、それを物語っている。


「ただ今朝方……突然に、この北の宮の結界が崩れたのでございます。我々がどうやっても解けなかった、あの魔女の施した結界でございます……。エルリック様は、呪いが解けた姿で、庭に倒れておられました……」


「ひとりで、か?」


 絞り出す様に問うた。


 この柔らかな肌も、金の髪も、とうに失ったはずだった。

 その代わりに得たモノ、が……。

 確信は次第に、絶望に変わってゆく。


「はい……。魔女が施した結界に阻まれ……。我々はそれを破り、皇子のお側に侍ろうと尽力しておりましたが、口惜しいことに、魔女の力には及ばず……」


 老魔術師は、わたしをひとりきりにしていたことを責められたと思ったらしい。


 そうではない。

 彼女がいたのだ。この北の宮には。わたしは確かに、その黒髪に触れた。




 彼女と初めて出逢った時のことを、今でも覚えている。


 呪いを受けた直後は、城の魔術師や侍女はもとより、多くの者が足繁くこの北の宮に通った。


 最も多かったのは、我こそは皇太子エルリックのただ一人の乙女であると自負する娘達である。婚約者候補の姫君や、かつてわたしが寵を与えたらしい娘達。

『わたくしの愛で、元の御美しい姿に戻してみせますわ!』そう言った娘達が、ことごとく、わたしに虚ろな視線だけを残して運び出されていくのを、わたしは感慨も無く眺めていた。

 誰でも良いからこの呪いを解く者はおらぬのか、と思いながら。


 しかしそれも長くは続かず、半年を過ぎた頃から、この宮を訪れる者はいなくなった。


 ああ、わたしはもう見捨てられたのだなと諦めかけていた頃。

 ある朝早く、気紛れに庭に出ると、彼女が花の世話をしていたのだ。


『おはようございます。エルリック皇子』


 そう言って微笑んだ。

 まるで始めからこの宮に居たように自然に、彼女はそこ馴染んでいた……。





 ふわり、と風が吹いた。

 外を見やると、一面の薄紫。小さく儚げな、彼女が好んだ花だ。


「――勿忘草(わすれなぐさ)


 若い薬師が呟いた。


 昨夜、満月の下。あの花畑の中で見た、彼女の姿が蘇る。 一緒に城を出ようと言ったわたしを見つめた、悲しそうな眼差しを。

 獣身のわたしなら、彼女を守り、2人で森で生きてゆける。人の身体も、皇太子という地位も、全て捨てて、共に生きようと言ったのは、わたしの本心であったのに。

 愛していると告げた時、初めて出逢った時のように微笑んで、頷いたのは嘘だったのか。

 彼女がいれば、呪いなど解けなくても良いと思ったのに。



『エルリック、私のこと……』


 彼女はそう言って、自ら。


「うわぁ、あぁぁ……っ!!」


 突然声を上げたわたしに駆け寄ろうとした者を手振りで止め、他の者たちと共に下がらせた。


 寝台の上、頭を抱えた姿勢で、窓の外を見つめる。

 花の中に、彼女が立っているような気がした。




 ――私のこと、忘れないで……。



 あの時声にならなかった彼女の口唇は、確かにそう言った。



 ――忘れるものか。


 わたしの愛しい、愛しく憎き、あの魔女のことを。




end.


読んで頂きまして

ありがとうございます!


魔女が皇子を手に入れた話でした。


この後即位したエルリックは、一生独身を通したとかなんとか。(という裏設定)


ただ、人間時代(笑)のエルリックは、金髪碧眼のイケメンで、軽くて女の敵だったと思われます。←



因みに

ご存知の方も多いかと思いますが、

勿忘草の花言葉は

「私を忘れないで」。

この話はそこから発想しています。



感想、誤字脱字の指摘等

頂けると幸いです。


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