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ダブル   作者: 北洋
8/8

──8──


 俺は神を信じていない。

 これは俺だけに留まらず世界中多くの人が思っていることだろう。この世に神も仏もいない、俺がそう確信したのはついさっきだった。

 だってそうだろう?

 本当に神がいるのならダブルなんて無意味なものを作るはずがない。

 俺が二人いて何の意味があるだろうか?  

 それは俺自身の存在を否定する要因になるだけだ。

 空に浮いている二つの太陽も全くもって意味がない。そもそもダブルは何のために生まれてきた。オリジナルのコピーとしての存在──ダブル。この世に生を受け生きていることに変わりは無い、だがオリジナルが死ねば消滅する上に、子孫を残せないなど生物としても不完全にもほどがある。

 そして俺はダブルだ、そう医師に言われた。

 だが実感は沸かない。だが俺は、オリジナルとは違う俺自身の人生を、俺自身の命で生きてきたのだから、そう感じられないのは当然と言える。

 だから俺は、自分がダブルだという事を一欠けらも信用していない。

 俺がオリジナルだという真実を確かめるために、今、俺はマサキの家の前(ボロい木造建築アパートの一室)に立っている。

 真実を知る方法は唯一つ、俺がマサキを殺すことだ。奴がダブルなら死んでも消滅しない、オリジナルの俺が生きているからだ。医師から奪った拳銃を握り締めた。幸運なことにここまで誰にも姿を見られていない。

 マサキは無用心にも鍵をかけていなかった。ドアノブに手をかけると扉は道を開き俺をすんなりと受け入れる。


「ん、誰?」


 玄関を入ると、すぐ正面の畳がしかれた部屋マサキはあぐらをかいて座っていた。奴の正面には頑固親父がひっくり返すような丸いちゃぶ台があり、教本らしき分厚い冊子が広げられている。目に付く限りちゃぶ台の上は鉛筆と消しゴムがそこかしこに散乱していたが、部屋は綺麗に整頓されていた。

 振り向いたマサキの顔が驚きに染まる。


「ちょっ、どうしたの、そんな大怪我して!?」


 こうして会うのはこれで三度目。

 マサキも自分と同じ顔の人間が存在していることに驚きはしなくなっていたが、その男が血まみれで突っ立っているのにはそうもいかないらしい。自分の体を見てみると、止血すらしていなかった左肩からの出血は服を赤黒く変色している。

 まだ出血しているのかは分からないが左腕の感覚がないので痛みは感じていなかった。

 俺は右手に持った銃を背中に隠し、土足のままマサキの生活スペースへと侵入した。


「久しぶりだな」

「え、う、うん……」


 戸惑いいながらも俺の挨拶に返事をするマサキ。どうやら俺より遥かにお人よしな性格のようだ。


「ま、待ってて、手当てするから」


 マサキは俺に背を向け押入れの中から治療道具を探し始める。

 俺は背後に回り、銃を向けた。

 引き金を引けば簡単にマサキは生き絶え俺の目的は達成される、そんな時、


「あの日の夜さ──」


 マサキは俺に向かって話しかけてくる。


「本当にビックリしたよ。バイトからの帰り道に自分と同じ顔の人が倒れてるんだもんなー」


 俺は引こうとした引き金が引けなくなった。

 俺はあのときマサキに助けられた。マサキに病院に運び込まれなかったら、おそらく俺はあの時に死んでいただろう。

 その命の恩人に俺は銃を向けている。胸が痛んだ。心臓病の締め付けられるような痛みではない良心の呵責。自分が酷く浅ましいに思えた。


「なあ……」


 俺は訊いた。


「あの時、なんで俺を助けたんだ? 無視することだってできたはずなのに……なんで?」

「困っている人を助けるのは当たり前じゃないか」


 マサキは当然のように言った。

 このマサキという人間は本当に善人なのだ。それに比べて自分はただ自分がダブルかどうか確かめるためだけに、この男を殺そうとしている。


「君だってそうだろう?」


 背中越しのマサキの問い、しかし俺は答えられない。マサキの背中を見続けている限り、俺は血まみれの自分を見なければならない。

 光と影みたく、命を奪っても生き延びようとする俺と、なんとか他人の力になろうとするマサキ。

 醜い。

 卑しい。

 この男と一緒にいると俺は自分が最低の人間見えて仕方なかった。我慢できなかった。俺のために治療箱を探してくれているマサキを見ていることが耐えられなかった。

 だから──


「あ、あったあった、これで治療できっ」


 ──俺は、撃った。

 頭を、至近距離から、撃った。

 狭い室内に銃声が反響し薬莢が銃が排出される。

 後に残ったのは銃を握り締めた俺と、額に開いた穴から脳漿と血液を漏らしながら倒れているマサキだけだった。

 もう俺は、何も感じなくなっていた。

 もうどうでもよかった。

 ただ知りたかった。医師にダブルと宣告されてから、自分が一体何者なのかを……。

 目の前にあるマサキの体が自分の血液で赤く染まっていく。生命の名残で体が少し痙攣している。それだけだ。マサキの死体は俺に何も教えてはくれない。虚ろな瞳でマサキの自分の顔を見ても何も分からなかった。

 だが分かっていることが一つだけ。

 それはこの世には神も仏もいないということだけだ。

 ……どうでもよくなった。自分自身の存在すら。

 気づいた時には、俺は、マサキと医師を殺した拳銃で、ごく自然に自分の頭を撃ち抜いていた…………。



 

 

 ……数時間後、住民の報告で警察が安東宅を訪れた時、頭を撃ち抜かれた死体が一つ転がっているだけだった。

 




 The End.


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