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DNA。
人間をはじめ、全ての生物は遺伝子を親から子に伝えることで種を繋ぎ、生命活動を継続している。それは、40億年前、地球上で初めて生命が誕生してから絶えることなく続けられてきた無限のループの象徴。それは、螺旋の中で組み変わった塩基配列によって種々様々な生命体を生み出し、雄と雌が交わることで子孫を残す能力の源。
DNA、すなわちデオキシリボ核酸とはその遺伝情報を乗せた‘遺伝物質本体’であり、生物である以上は全ての細胞に必ず存在している。
そしてDNAの遺伝情報は、A・T・C・G四つの‘塩基’と呼ばれる分子の配列によって暗号として形成されている。
よくテレビなどで目にするDNAのモデルは二重のらせん階段を呈しているが、その中に目で数え切れないほどの‘塩基’が並べられ‘その人だけのDNA’を作っているのだ。人のDNAの塩基数は約30億個、気が遠くなる数の‘塩基’が織り込まれているDNAに同一というものは例外を除いて存在しない。
ではその例外とは何か?
簡単だ。‘クローン’と‘一卵性双生児’と‘ダブル’である。
安藤正樹を診察した医師──白河修もそんなこと承知していた。
「ふっ」
薄暗い研究室で一人、彼は笑いをこぼす。
彼の手には安藤正樹が持っていた頭髪が握られていた。
先日、安藤正樹はマサキによって病院に運び込まれてきた。発作を起こし瀕死だった彼は急ぎICUに搬送され彼の処置により一命を取り留め、今では意識もしっかりしている。その彼に手渡された物がこの髪の毛なのだ。
「ダブルですか、よもやこの目で見ることになるとは思いませんでしたよ」
誰もいない研究室での独り言は不気味さを孕んでいる。
白河医師は安藤正樹を救ったと言える少年の姿を思い出した。
瓜二つ、どころではなかった。顔が同じなのは写真で先刻承知だったがそんなレベルではない。既視感を覚えるほどの同一性。一見しただけで確信できた、彼がダブルだと。もちろんそれは安藤正樹という少年の存在があってのことだったが。
とにかく、歴史上初めて本物とダブルが同時に存在する場面に彼は出くわしたのだ。研究医としてこのシュチュエーションに興奮せずはいられない。
白河医師は安藤正樹から採取した細胞とマサキの頭髪をDNA鑑定装置にセットした。
スイッチを入れると作動音とともに装置から薄緑の光が洩れ始める。画面上では二つのDNAの二重らせんが重なり合い、チカチカとフラッシュしながらものすごいスピードで塩基配列が読み取られている。ものの数分で鑑定結果がプリントアウトされるはずだ。
そして、ダブルだと判ったならば……
「殺してしまいしょう……逃げられては厄介ですしね」
白河医師は白衣の下に手を入れると、隠し持っている拳銃を触れて確認した。
デザートイーグル。
357マグナム弾をオートマチックで連続発射可能な世界最強のハンドガン。入手経路は彼にしか分からないが、自他共に認めるミリタリーマニアの白河医師、そのご自慢の一品である。黒光りした銃身持つものを狂気に走らせそうな、そんな印象さえ受ける。
チンッ───。
三分が経過した時、装置から電子レンジと聞き間違えそうな効果音が聞こえた。プリンターを振動させながらコンピューターから鑑定結果が出力される。
デザートイーグルを撫でていた白河医師もその音に我に返り、プリンターから排出されたA4サイズの用紙を手に取り目を走らせた。
DNA情報にしては一枚というのは少なすぎるが必要事項以外は省力しているので十分だった。それでも通勤ラッシュの地下鉄のようにすし詰めにされた活字たちを白河医師は事も無げに読み上げていく。が──
──その表情には歓喜よりも驚愕の割合が大きかった。
「……なるほど……そういうことですか……」
だがすぐに安藤正樹に見せた欲に眩んだいやらしい笑みを浮かべると、結果用紙を握りつぶして彼は研究室を後にした。
誰も居なくなった研究室で投げ捨てられたしわだらけの紙玉、その表面には文字が文様のように羅列されている。細々した文字の中に一つだけ大きな文字が書かれていた。
* 安藤正樹─安東真崎 ダブル確立100% *