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昨夜と同じ光景。
ネコの双眸のような月たちに照らされ、昨日も通った道は薄暗く浮き立っている。俺のふらついた足取り、目に入ってくる家並みや電
柱、車の行き違いがやっとの道幅……なにもかも同じように見えた。
だが違う。意気消沈という点では変わらないが、今の俺は昨日の俺とは違っていた。
俺は心臓が欲しい。だからダブルを探す。しかしダブルを殺さなければ目的の心臓は取り出せないということまで、昨日の時点ではまったく思い至っていなかった。医師の冷酷な宣告を受けて初めて気づいたのだ。
──ダブルを殺す。
その行為で罪を問われることは現在の法律ではありえない。
マサキがダブルと判ってしまえば、俺があいつを殺してもなんら問題は生じない。
ダブルが人ではなく正体不明の偽者だからだ。従ってダブルを殺傷しても殺人とは認められない。またダブル認定を受けた人間も然り。
だがその前にマサキのDNAを入手しなければ。
今はとにかく、あいつが俺のダブルだという確証が欲しかった。だがマサキがダブルだとして俺はどうする? 確かに、あいつの心臓を俺に移植すれば俺は死なずに済む。だがダブルとはいえ、殺しても罪にならないとはいえ、自分の顔をした人間を殺せるのだろうか……考えるだけで胸がキリキリと締め付けられるように痛んだ。
それは罪悪感からくるものではない、肉体的欠陥からくる痛み。
「ううっ……」
呻いて、俺はその場にうずくまってしまった。
呼吸が荒い。汗腺がドリルで掘り返されたみたいに大きく開き全身が汗でまみれる。太鼓でも打ち鳴らしているような拍音が頭を揺さぶり、手が小刻みに振動して言うことを聞かない。体験したことのない苦痛、かつてない恐怖が俺を襲っていた。
「な、なんだ……これ……」
胸が痛い、否、そんな悠長な次元ではない。
まるで体が内側から溶けてしまうような熱さと四肢を八つ裂きにされてもあまりある痛み。
これが心臓病か……。
「うぅぅ……」
アスファルトに四つん這いになった俺はもはやうめき声しか出せなかった。
医師から貰った薬のことを思い出したが体が上手く動かせない。
視界がぐるぐる回る。寂れた町並みが揺らいで見えた。
俺はだんだんとなにも考えられなくなってきていた。
だが、一つの感覚だけがやけにくっきり浮かび上がっている。
死の恐怖。その中で生きたいと願う俺の本能。死にたくなかった、生きたかった。
マサキの顔が浮かんで……消えた、そのときだ、
「大丈夫ですか!?」
本当にマサキの声が聞こえてきた。
しっかりライトを灯火した自転車を横倒しにして俺に駆け寄ってくる。
意識を確かめようとしたのだろう、倒れている俺を抱き起こして、マサキは俺の顔を見てしまった。
「あ、き、君は……!」
驚愕、そして絶句。
揺らいだ俺の視界には、ぐにゃぐにゃに歪んだマサキの顔がある。それからでも驚きが簡単に見て取れる。水面に小石を投げ、起こったその水の波紋に投影されたような顔だった。
だが俺にはそれが俺の命そのものに見えた。
「い、今すぐ病院に……!!」
躊躇していたが、髪型が違うだけの俺──マサキは俺に肩を貸して起き上がらせる。そのとき俺は最後の力を振り絞り、マサキの髪の毛を掴んだ。そして数本むしり取る。だがマサキは気づかなかった。
手を硬く握りしめ、神を確信しながら、俺は意識を失った……。