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オリジナル小説です。全8話予定、不定期更新していきます。
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もし、自分が二人いたら、あなたならどうしますか?
どこかの国では、世界には瓜二つの人間が三人はいると言われています。しかしこれは決してそういう意味ではありません。
顔から体、指の先から穴の毛まで、あなたと同じ人間がいたならば、あなたならどうしますか? つまりそういうことです。
自分の代わりに学校の宿題をやらせる? 自分の代わりに仕事をしてもらう?
なんにせよ、誰だってメリットになることを望むはず。
自分が二人いるのなら、意のままに操れる第二の自分であって欲しい、誰もがそう望むはず……。
ですがそれは不可能です。
それは、その人間が‘一個人としての意思がなく単なる道具としてあつかえ’て、始めて可能になる話なのですから……。
まずそんなことはありえません。同一人物でも育つ環境だけで、能力や性格、考え方や身分まで違ってしまうのです。
ここでもう一度訊きましょう。自分が二人いたら、あなたならどうしますか?
これはそれが当たり前な、極めて近く、限りなく遠い世界でのお話、
本物とそれとまったく同じな偽者が同時に存在する、そんな世界での出来事です。
ダブル 著:北村
──1──
俺は神を信じていない。
これは俺だけに留まらず世界中多くの人が思っていることだろう。この世に神も仏も居ない、そう感じ始めて俺は短くなかった。
そんなある日、俺は神がいないことを確信させられる出来事に、学校帰りに寄った街の大病院の診察室で遭遇した。
「これは、重い心臓病ですね」
外来を担当していた研究医が素っ気無く、俺の胸部レントゲン写真を見て言った。
もちろん、俺は耳を疑る。
ここは病院、外来の診察室。
電子カルテ用のパソコンが置かれた医師用机に向かい合うようにして、今俺は患者用のクルクル回る丸イスに腰を下ろしている。
幼いころ、小学生時分にはこのイスで回るのが面白く、バカのように回りたい衝動に駆られた記憶があるが、もうそんな歳でもない
。俺ももう十七、地元高校に通う高校二年生だ。
で、だ。もちろんおかしいとは思っていた。
単なる体調不調だとたかをくくっていた(胸の痛みを覚えたが)のに、妙に詳しく検査されるものだからなにか悪い病気ではない
かとは懸念はしていたが、心臓病だと?……そこまで重く考えていなかった俺にとってはまるでと言っていいほどまるで現実味がない。
それに、そんな重い病気なら医師も歯にものを着せた言い方をするのではないか?
だが医師は小学生のお手本にでもなるかのように、はきはきと現実を宣告してくる。
「病名は肥大型心筋症、心室壁の筋肉が異常に肥大して心機能が低下する病気です」
聞き慣れない単語に俺の頭は混乱した。ひだいがたしんきんしょう? なんだそれ、心臓病なの? それが俺の感想だった。
それが本当ならば、この世にやはり神はいないのだ。
生意気にも猜疑心を抱いた俺は、これまた生意気にも馴れ馴れしく訊く。
「マジっすか?」
「マジですよ」
「じゃ、じゃあ治療法は……?」
「残念ながら発症を防ぐのは今のところ不可能です。それどころか病気の進行を止める手立てもわかっていなんですよ」
まるでマシーンのように告げる医師の言葉に、
「そ、そんな……」
俺は絶望とはこういうことかと初めて知った。黒くて重いなにかが圧し掛かってくるような感じ。それが俺の中身を侵食していく
ようなそんなイメージ。自分の日常が崩れ去るような……これが絶望なのだろう。
だが次の医師の言葉は、天から垂らされた蜘蛛の糸のように俺に希望を見せてくれた。
「ですが治療法がないわけではありません」
「マ、マジっすか!?」
「大マジですよ」
俺はその糸にすがりつく。
その糸の正体を医師はこう述べた。
「この病気に陥った場合、治療法は心臓移植に頼るしかありません。現在の医療では、根治するにはこの方法以外に治療法はないで
しょう」
「じゃあ、それをお願いします!」
俺は糸を必死に掴んだ、掴もうとした。
けれど蜘蛛の糸なんて所詮はあれさ、人間の重みに耐え切れるわけがない。
医師は糸をプッツリ切るは鋏のような一言を放った。
「わかってませんね」
「え?」
「それが簡単にできるのなら、なぜ臓器移植を待つ人が世界中にごまんといるのですか? できないからでしょう。ましてあなたの場合、腎臓などではなく心臓です。
拒絶反応の関係もありますし、移植できる可能性に保障できませんね」
俺は再びどん底に叩き落された。
医師は呆然としている俺を一瞥すると、背もたれつきのイスから立ち上がり、俺に背を向けて窓際から外の風景を眺める。
俺は放課後を利用して病院に足を運んだので外は既に薄暗い。自然の少ない街にある病院の中庭、人工的に植えられたしがない緑がライトアップされ、癒しのオーラを開放していた。
「ですが安藤正樹さん。一つだけ、確実に助かる方法があります」
俺は反射的に顔を上げた。
まるで後頭部に口があるみたいに、その医師は背中を向けたまま言う。
「あなたは、ダブルという存在を知っていますか?」
俺の知っているものだった。