第4話 祈り
村に近づくと多くの悲鳴と怒号が入り混じり、村は騒然としていた。
「ギル、今は村に行っちゃダメよ! 北の森から大熊が現れたの。だから南の森で避難してて!」
村の手前で女の人に呼びとめられた。あたりを見渡すと子供や女の人、そして年寄りが身を寄せ合って震えている。
「神父様は?」
ギルはあたりを見渡すが、神父様の姿が見当たらなかった。
「神父様……いないわね。あ、ギル、ダメよ!!」
ギルは走って村に入り、教会へ向かった。
視界に一瞬だけ大熊が見えたが、ギルはそれを無視してただ走り続けた。
「神父様ーーーー!!」
ギルの心臓は張り裂けそうだった。
息を切らして教会の中に入るが神父の姿は見当たらない。
居住スペースにも裏の墓地にもいない。
はぁはぁはぁはぁ。
自分の息だけが大きく聞こえた。
遠くで一段と大きな声が上がる。
――カラン。
「こだま様……?」
木霊様に付けた鈴の音が聞こえたような気がした。
聞こえた方へ走る。
「よし! もう大丈夫だ、息はない! みんな、怪我人の手当に当たろう! 女たちも呼んでくれ!」
広場から大声が上がった。大熊は倒されたらしい。
それなのにギルの不安は消えなかった。
「すみません、神父様は!?」
ギルは近くの男の人に声をかけた。
「ギル……。神父様は……最初に襲われたんだ。今、施療室に――」
最後まで話を聞かずに、ギルは施療室へ向かった。
勢いよく重いドアを開け中に入ると、施療室のベッドには神父が寝ていた。
肩からお腹の辺りまで包帯が巻かれているが、包帯は血に染まっている。
「神父様……神父様!!」
ギルは神父に駆け寄った。
「神父様は大丈夫なんですか?」
近くの男の人に勢いよく尋ねた。
「……傷が深くて……この村に医者がいればなんとかなったのかもしれないが……」
男の人はとても言いにくそうに言葉を落としていく。
ギルの視界が歪んでいく。
「やだ……やだやだやだやだ! どうか、どうか神様、神父様をお救いください! ぼくがもっといい子になりますから! お願いです! 神様!!」
神父の眠るベッドに手を置き祈りを捧げる。
顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。手も体も震えが止まらない。
周りの大人たちはそれを何とも言えないような表情で見守った。
「神様……! 神様……!!」
――カラン。
顔を上げると木霊様が側に立っていた。
「こ、こだま様! お願い、神父様を!!」
木霊様はギルの手を取ると、ギルを立たせた。
「な、なに?」
ギルは木霊様の顔を見ると、木霊様はじっと神父の傷を見ている。
ギルから手を離し、木霊様は神父の傷がある場所に手をかざし、またギルを見た。
「ぼく……?」
木霊様が小さく頷いたので、ギルは神父の傷口の上に手をかざした。
その手の上に木霊様の手が重なる。
ギルが木霊様を見ると瞳を閉じていたので、同じように瞳を閉じた。
体からなにか暖かくて熱いものが流れているのを感じた。
それに合わせて呼吸を整えていると、不思議と心が落ち着いてきた。
神様、お願いします……血を止めてください。
ぼくは誰も傷ついてほしくありません。
ぼくみたいな人が沢山生まれちゃいきないんです。
ギルは自分の生い立ちを思い出し、頭を振る。
今は自分のことなど考える必要はないのだと自分を制した。
ただ、神父様が助かることだけを祈る。
お願いします、神父様はとても素晴らしい人です。
ぼくを助けてくれました。
みんなを助けてくれるいい人です。
だからお願いします……お願い……お願い……。
どうか――!
祈りを捧げていると体の芯に小さな光が灯った気がした。
その光が波紋のように広がり、ふわっと温かさに包まれた。
「な、何が起きているんだ?」
村人たちがざわざわとざわめき立った。
ギルが一人で話したと思ったら急にギルの手から温かい優しい光が溢れ、その光が神父の体を包んでいく。
「お、おい……神父の顔色……良くなっていないか?」
男の人の声が聞こえて、ギルは目をパッと開けた。
ギルも神父の顔を見てみると確かに顔色がいいような気がした。隣にいる木霊様はまだ瞳を閉じていたため、ギルは慌ててまた目を閉じた。
ギルの体は立ちくらみのようにグラグラとしている。膝に力も入らなくなり、手も痺れてきていた。さらに周りの声がどんどん遠くに聞こえていっているようだった。それでもギルは祈りを続ける。
神父様が元気になりますように……!!
ギルはいつの間にか意識を失っていた。




