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第3話 特別

 ギルの血の気が一気に引いた。


 闇の奥に無数の光。

 微かに聞こえる獣の呻き声。


 恐怖で全身が強張り蒼ざめた。


「ね、ねえ。ど、どうせならもっと楽な死に方がよか……わあっ!」


 女の子はギルの手を素早く取ると強く引っ張り立ち上がらせる。そして獣の声がする方とは反対の方へと走り出した。

 まるで風のように軽く、周りの景色はどんどん移り変わっていく。


 助けてくれたのか……。

 このままお父さんやお母さんのところへ連れていってくれたらいいのに……。


 そんな風に思った瞬間、女の子は立ち止まりギルの目を見て頷いた。


「え? あっ……なに?」


 木の葉がぐるぐると自分の周りを舞い、視界が遮られる。葉が何度も体中をかすり、少し痛かった。もしかして願いを叶えてくれるのだろうか。


 僅かな期待。


 目をつぶり腕で顔を保護し、痛みに耐えながら収まるのを待った。暫くすると一瞬だけふわっと浮いた気がして思わず目を開ける。するとそれと同じタイミングで風がピタリと止んだ。


「ここは……」


 目の前に広がる光景。それは見慣れた場所。

 ギルの父と母が眠る墓石の前だった。


 はは……。


 乾いた笑い。

 これが現実だと理解する。

 父と母の元へは行けないのだ。


 分かっていたことだったが、現実を突きつけられた感じがした。


 涙が溢れそうなのを我慢していると、女の子がギルの隣に立ち手を握ってきた。手の温もりは感じないのになんだか温かい……。




 一人じゃない




 ギルにはそんな声が聞こえた気がした。

 気付かれないようにそっと涙をぬぐい、二つの墓石を見つめる。


「……ここにね、お花を供えようと森に行ったんだ。お花、何処に咲いているか知ってる?」


 この女の子なら……森の妖精なら知っているかもしれない。せめてお墓を他のお墓と同じようにきれいにしてあげたかった。


「ギル! 何処に行ったのかと思いました……」


 後ろから声が飛んできた。

 驚いて振り返ると、よたよたと神父が近付いてくる。


「ああ、良かった……」

「し、神父様! 動いても大丈夫なのですか?」


 ギルは慌てて神父の元に駆け寄った。胸の中に飛び込みたい気持ちを抑え、神父の腕を支える。


「夕食の時間になってもギルの姿が見えませんでしたので心配になり、探しにきました。何処へ行っていたのですか?」


 神父は怒ることはせず、優しく問いかける。たまには怒ってくれてもいいのに……。


「……すみません、神父様。父と母のお墓に花を供えようと森へ摘みに行ったのですが、迷子になりました……。そしたらこの女の子が……あれ? さっきまでそこに……」


 ギルは辺りを見渡したが女の子の姿はなかった。


「女の子? 私は見ませんでしたが……」

「そう……ですか……」


 妖精が見えているなんて言ったら気持ち悪いと思われるだろうか。


「いえ、なんでもありません。すみませんでした」


 ギルは妖精のことは隠しておくことに決めた。




 ◇


「わぁ~!」


 翌日、もう一度お墓に行ってみると、その周りには黄色の小さな花々が墓石を囲うように咲き誇っていた。


 あの女の子だ……。

 どうしたらもう一度会えるだろう。

 まだ何一つお礼を言っていない。


「ギ~ル! 今日から新しいことを教えますのでこちらに来ていただけますか?」


 教会から神父の声が聞こえる。

 神父は何事もなかったかのように歩いていた。


「神父様、足っ!!」


 ギルは神父に駆け寄った。


「不思議なことに今朝、ふっと痛みが消えていましてね」


 はっとしてギルも自分の手足を見ると怪我がなくなっていた。ギルは、これもあの女の子がしたのではないかと思った。




 ◇


 神父は森の奥にある青く輝く小さな池の前で立ち止まった。


「この湧水は木霊様が飲まれる大切なお水です。これをバケツに汲んで神木へ向かいます」

「……はい」


 池を覗いてみると底がすぐ近くにあるように見えるくらい透き通っていた。


「浅そうに見えますが、とても深いので気を付けてくださいね」


 神父の話を聞き、少し怖くなってギルは後ずさる。神父は微笑むと水を汲み上げてから歩きはじめた。


 十分ほどした頃、森の中が明るく輝きだした。

 そこは広々とした草地。

 その中央には巨樹(きょじゅ)(そび)え立っていた。


 あまりの大きさにギルは口を大きく開けたまま見上げる。

 葉と葉から零れる光が輝き、優しい音を奏でていた。



 温かい。



 その温かさを感じたとき、女の子を思い出した。


「さ、ギル! このお水を神木の根本に! これを六回繰り返しますので~!」

「あ、はい!」


 すでに根元にいた神父のところへギルは慌てて駆けつける。


「神父様。こだま様はどういった姿をしていらっしゃるのでしょうか?」


 もしかしてという期待を込めて、神父に尋ねた。


「昔、私が若い頃に世話になったファラン教会の神父様から聞いた話なのですが、木霊様はこの村の五代前の神父が見たそうです。緑色の髪に緑色の瞳、緑色の服を着た、七歳くらいの女の子だったと。今は成長しているのかどうか、私には分かりませんが」

「こだま様……」


 ギルはまたさやさやと揺れる神木を見上げた。




 ◇


 三年前のあの日から神木に水をあげるのはギルの仕事になった。

 毎日かかさず木霊のもとを訪れる。

 ギルは前以上に神父以外の人間との接点を持とうとはせず、仕事ではない時もそこにいた。


 孤独を感じずにすんだことと、言葉を発しない木霊と一緒にいるのが楽だったからだ。

 それだけじゃない。

 ギルが一人でいる時にだけ木霊は現れた。




 その特別(・・)が嬉しかった。




 木霊に鈴を渡し、一人になった後もいつものように湧水を汲んで来ては神木の根本に水をかけた。木霊はいつも気まぐれに現れては消える。一緒にいなくてもギルは神木の側にいるだけで心穏やかになれた。


 優しい風が吹き、さやさやと木の葉がこすれる音が心地よい。


 しかしそれは突然ざわりと肌を撫でるような音に変わり、ギルは辺りを見渡した。


「なに? 何だろう……胸騒ぎがする……」


 辺りを見渡しても変わった様子はない。しかし全身が粟立ち、心臓が早く打ちつけてくる。


 村の方から多くの鳥達が飛び立った。


「神父様……」


 不穏なものを感じ、ギルはバケツもカバンもそのままに駆けだした。

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