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異世界恋愛短編

“白い結婚”だと……我が漆黒に染めてくれよう!

作者: 喜田 花恋

見つけていただき、ありがとうございます!

「この結婚は、形式上のものです。互いに干渉せず、感情を交えず。あなたが僕を愛する必要もないし、僕もあなたを愛することはありません。いわゆる“白い結婚”というやつですね」


 第三王子クロノスのその言葉に、ホワイティアは口元に影を落とし、妖しく笑みを浮かべた。


「ふ、ふふ……良かろう。我が魂に刻まれし漆黒の盟約……形式だけの契りなど造作もない……!」


 彼女の名はホワイティア・クライツァ伯爵令嬢。かつて世界を恐怖に陥れた魔王の魂を宿す転生者であった。だが、周囲からは変人として扱われていた。


(愛? 婚姻? 絆? そんな人間が語る妄執に、我が心は微塵も震えぬ)


「では、契約といこう……虚ろなる白の誓いを、この指先に刻もうぞ」


 互いに手を伸ばし、白い羊皮紙にサインを交わす。白い契約書。白い手袋。白い装い。白い関係。


 しかし、魔王の魂を宿す彼女は、白を忌み嫌った。望むはただ一つ、闇がその純白を覆い尽くすこと──。


(フハハハ……形式だけで済むと?  甘いな、王子。貴様もいずれ、闇の虜となろう……! 我は黒を愛す。白などは愚かな虚飾に過ぎぬ。この“白い結婚”を、真の漆黒へ堕としてやろう──!)



 クロノスとの生活は、ホワイティアにとってあまりに退屈であった。


 互いに干渉せず、関与せず。まさに“白い”仮初の共生関係。


(この静寂は、もはや試練……だが崩す悦びは完全であればこそ甘美……だが、誤算もあった。奴の声が、笑顔が……あまりに無垢で、憎めぬものとはな)


「や、やめろ……その微笑み、まるで聖光のごときもの……我が理性が蒸発する……っ」


 枕を抱き転げ回る彼女は、自らの矛盾に苛まれながらも、計画を着々と進めた。


 クロノスの寝室のカーテンを漆黒に替え、枕には悪魔的刺繍を施し、夜着は絹の漆黒へ。香には魅了の魔法の如き効果を忍ばせた。


 すると──


「……あれ? なんだか部屋が暗いけど、妙に落ち着くな」


(フフ……ようやく貴様の魂が闇の甘美に気付きはじめたか……)



 真夜中。


 ホワイティアは、夜の帳が降りるたび、己の存在を世界に知らしめる儀式を欠かさなかった。そのため、毎晩のように王城の屋根へ登り、闇に向かって声を張り上げる。


「聞け、闇に蠢く存在どもよ! 我こそは漆黒を統べし終焉の支配者なり! 闇の深淵が我を讃え、星の囁きすら沈黙する……! いざ感じよ、我が暗黒の鼓動ッ!!」


 しかしその晩、瓦の端に足を滑らせ、彼女の身体がぐらりと傾いた。


「ぐっ……この程度で堕ちる我ではない!」


 だが、落下寸前のところで、伸ばされた手が彼女の腕を掴んだ。クロノスだった。


「ホワイティア。まさか、そんな無茶をするなんて……面白い人ですね」


「……ふん、愚かなる王子よ。我を侮るなかれ。これは漆黒の儀式の一環にすぎぬ」


 そう言い張るものの、顔の赤みは夜の闇では隠しきれなかった。



 翌朝。


 ホワイティアは、城の大階段を見下ろしながら眉をひそめていた。下りるのが面倒だったのだ。


「ふ、階段など我が歩む道に非ず。闇の風が我を運ぶのみ……!」


 そして一息に飛び降りた──が、空中でバランスを崩し、着地寸前で顔面から床へ激突しそうになる。


「しまっ──」


 そのとき、またしても彼が現れた。クロノスが素早く彼女を受け止めたのだ。


「ホワイティア……またですか。そんな無茶、やめてください。怪我でもしたらどうするんですか?」


「……ふん、今日は魔力の流れが乱れていただけだ。我が本来の力、見誤るなよ?」


「本当に面白い人ですね。あなたのような女性に会ったのは初めてです」


「我も、貴様のような……干渉が過剰な男は初めてだ……」


 そう口を尖らせながらも、ホワイティアの胸の奥には、淡く、温かな火が灯りはじめていた。



 ある晩、ホワイティアは眠れずに廊下を歩いていた。すると、開け放たれたクロノスの寝室から、ふと寝息が聞こえた。


 そっと覗くと、彼は穏やかな顔で眠っていた。月明かりに照らされたその横顔が、やけに神々しい。


「……ば、馬鹿げている……なぜ貴様のような光の使徒に……我が心がざわつく……?」


 踏み込むべきでないとわかっていた。でも足が止まらなかった。


 気づけばベッドの傍に立ち、彼の髪に指先が触れていた。


(……このまま口づけを交わせば、契約は崩壊し、白き誓約は黒き盟約へと転ずる……)


「……いかん。まだ時は至らず。我が先に歩み寄るなどできぬ。それは、堕ちた者のすること……!」


 それは契約の枷ではなかった。魔王としての誇りだった。


 だがその瞬間、クロノスの手が、不意に彼女の指をそっと握った。


「……ホワイティア?」


「ぬ、ぬわあっ!? な、なんでもない! 我はただ……深淵より貴様の安寧を見守っていただけだ! そ、それでは、おやすみであるぞ、光の王子ッ!」


 彼女は顔を真っ赤にし、まるで逃げるようにその場を去った。


 クロノスは、その後ろ姿を微笑みながら見送った。


 その夜、ホワイティアの胸の奥には、かつてない熱が宿った。


(……な、なんだ、この高鳴り……鼓動がうるさい……!)


 かつての魔王の心に、かすかな人間の情が滴り始めていた──。



 翌朝、クロノスが言った。


「最近、ホワイティアの香りが好きになってきました」


(……なに? 魅了の効果が効きすぎているのか?)


「それに、黒も悪くないと思い始めたんです。夜空の色、君の瞳の色……心が落ち着くんです」


(待て、それはつまり……既に我が黒に染まっているというのか!?)


「それと、昨日の夜──」


「な、何も起きておらぬ! 断じて! 月の魔女が夢を見せただけだ!」


 慌てて顔を赤らめる彼女。


(我は何をしている……これが恋という名の呪いか!? 染めようとしていたのは我だが、染まっていたのは──我の心であったとは……)


 ホワイティアがそう思ったとき、壁に飾られた契約書をクロノスが手に取る。


「これは、もう必要ありません」


「クロノス……?」


「形式じゃない。君と本当の夫婦になりたいんです」


 彼女の胸が高鳴る。


「白き契約は無意味。黒がすべてを覆いました……。僕は君に染められたんです!」


 白い契約書は炎に包まれる。燃え落ちる形式。焦げる誓約。


「フフ……漆黒の闇にようこそ、クロノス。逃れられぬぞ……この黒き絆の中で、貴様は永遠に我の傍にいるのだからな」


 二人は真実の愛によって結ばれた。


 白く冷たい絆から、黒く熱き愛へと──。

最後までお読みいただきありがとうございます。


※魔王の性別はありません。人間の女性に転生したので男性にときめいています。


誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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この魔王様、大変に好きです……! 言うことがいちいち闇の支配者テイスト……! 階段を降りるのが面倒というだけなのに無駄にカッコよく飛び降りる……! 面白かったです!
タイトルからして秀逸でした ネーミングも◎ 面白かったです
率直に、コンセプト自体は面白いけど、「?」となる箇所がいくつか。 まずなぜ、第三王子は、中二病全開の言動が目立つ伯爵令嬢との結婚を飲んだのか? 魔王としての前世の性別、などが明示されていないため、微…
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