29話:鉄骨
「なんだこれ・・・」
確かに骨の接合をする手術のさいに金属を入れることは勿論ある。
しかしこれはそうではない、骨その物が鉄なのだ。
僕は恐る恐るその鉄に触れる。
バチッ!!
「うわっ!?」
鋭い痛みが指先を駆け抜ける。
思わぬ痛みを体験した僕はその場に尻もちをついてしまう。
静電気を更に強くしたと言えば良いのだろうか…まだ手がビリビリと震える。
「大丈夫か!」
「うん、ちょっとビックリしただけ」
震えが収まり立ち上がる。
先程床に落ちた手を拾おうとしたが何か様子がおかしい。
ただの置物のようだった物が今は煙を上げ、ドロドロと皮膚が溶けていっている。
「おいっこれ見ろ!!」
アデラが僕の肩を掴み寝転がっている女性を指差す。
その女性の肉体も手と同様に煙を上げている。
違うところと言えば少しバチバチとプラズマを帯びているのが目に見える位だろうか。
肉体の腐敗は止まらない。
僕達がその光景に狼狽えているとあっという間に性別も分からない骨となってしまった。
「これ…本当に人間なの──?」
その姿はあまりにも異様だった。
頭、手、足、この三つの骨は誰がどう見ても人間の骨と言うだろう。
しかし他は違った。
それを繋ぐ物は言葉通り正に鉄骨だった。
そして頭蓋骨にはガラス細工のような目玉が埋め込まれている。
これでは最早アンドロイドと言っても過言では無いだろう。
「これただの糸じゃねぇぜ」
何とか冷静を保とうとしている少年は気を紛らわしているのか、僕がほどいた糸を手に取って見る。
ほどいた時には気付かなかったがよく見るとこの糸も細い鉄で出来ていた。
擦り合わせればギギ…と鉄特有の音が聞こえるがそれ意外は何の変哲もない糸である。
「何なんだよこの鉄人間はッ!!」
少年は声を荒げる。
しかしその叫びは僕の耳には一切入ってこない…聞こえてくるのはキーンと言う耳鳴りと自分の荒い呼吸だけだ。
そんな僕を心配してか直ぐにこの場を離れるようにアデラは手を引く。
あの家から距離を取り息が整ってくる。
「ハァハァ・・・ありがとう…助かったよ」
「無事ならそれで良い」
あの光景がまだ脳裏にこびりついている。
今にも胃の中にあるものを吐き出してしまいそうだ。
「取り敢えずさっきのをアイツらにも伝えに行くぞ」
「そうだね…」
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──時間は少し巻き戻り二人の少女はある程度の整地を終え、休息をとっていた。
「あ"~死にそうです」
「大丈夫?マキナちゃん」
椅子のように積んだレンガに座り天を見上げている少女に水を渡す。
思ったよりもマキナちゃんは体力が無いようだなと思ったのだが…以前これと似たような事をトランに言ったら"獣人基準で物事を考えちゃダメ!"って怒られたことを思い出す。
今思ったことは口に出さないようにしておこう。
「ありがとうございます」
少女はゴクゴクと渡した水を一気に飲み干す。
どうやら余程喉が渇いていた様に見えるのだが、その割にはあまりと言うか全くと言って良い程に汗を掻いていないので何だか珍しく感じる。
ぷはーっと水を飲みゆったりしている少女を横目にまだまだ終わらない事を察すると同時に人の少なさを痛感する。
「もしかして人がいないなーとか思ってます?」
マキナちゃんの発言に思わずビクッと肩を震わせ目線を逸らす。
「オっ…オモッテナイヨー」
「思ってるじゃん!それは思ってるやつじゃん!!」
流石にバレたか。
今だけは嘘を吐くことが苦手な自分を少し恨むよ。
「まぁ良いですけどね。事実ですし」
静かに辺りを見渡す。
人が外に出ていないこの光景を見て少し安心しているように見えた。
「そう言えばさ、ここにいる人達はマキナちゃんが来たときから変わらないの?」
「えっと・・最初にいた人達は皆もういないんです」
ならば今いる人達は元々他国の人だと言うことか。
そう思った時緑髪の少女は言葉を続ける。
「でも寂しくはないです。ママが大丈夫って言ってくれたから」
この子は母親の事を話す時はとても優しく、そして少し頬を赤らめながら話す。
あの時にも感じたがこの子の母親に対する愛はとても大きいことが分かる。
「そっか、なら安心だね」
「はい!」
ニッコリと笑顔で答える少女につられ、私も柔らかい表情をしていたと思う。
しかし不思議だ。
今のところの話を聞いている限りでは喧嘩をした様子もなさそうなのに、どうしてこの子を置いて母親は姿を眩ませたのだろう。
何時しか二人を再会させてあげたいが、今はそれを願うばかりだ。
「ところでさ最初にいた人達は何処に行ったの?」
「あぁそれなら…ここです!」
そう言いながら地面を指差す。
意味が分からず頭が真っ白になる。
少しの沈黙の後、思考を働かせ何とか会話を続けようとする。
「えっとそれは──」
「はい、皆この下で眠っています!」
下で眠っている・・・それはきっとここでその人達は亡くなっていると言うことだろう。
それは容易に考えられるのだが、どうしてそんなにも明るく言えるのだろう。
私は少し動悸が激しくなる。
「それってさ皆死んじゃって」
「違います!わたしは皆をより良いモノにしているだけです」
また止まった。
いや、私の思考は止まったと言うよりは止めたと言った方が正しいのかも知れない。
今のマキナちゃんの発言に対して気付きたくない事実に近づいてしまったのは明白だ。
しかし追及するしかない。
そうしなければきっと私達も・・・一先ず今は話を聞くしかない。
「より良いモノって何なの」
「それは昔ママがわたしに言ったんです。貴女な人間をもっと良くしないって、その為にわたし・・・皆を眠らせました」
耳を塞ぎたくなる。
彼女にとって殺すと言うことは眠らせることなのだろう。
何を言えば良いのか分からなくなる。
私は目の前の少女の話をじっと聞くしかなかった。
「どうしたんですか?そんな暗い顔をして」
「な、何でもないよ」
少女は心配そうな顔で此方を眺める。
伝えなければならないそれはただの人殺しになることでしかないのだと。
もうそれ以上道を踏み外す様なことをさせないためにも。
そう口を開こうとした瞬間、最も聞きたくない単語が放たれた。
「そう言えば最初にママはわたしに"魔女"って言いました」
「──え?」
思わず声を漏らす。
魔女ってつまりそれは前のアイツと同じと言うことだ。
いや、比喩表現としても魔女は使われるんだ。
現に私がその様な扱いを受けていたように、ならばこれもその可能性がある。
それを信じながらもう一度名前を聞いた。
「わたしの名前って、あぁ本名は"機械仕掛けの魔女"です!」
頭がぼんやりとする。
この子は正真正銘本物の魔女なんだ。
さっきまで普通にしていたのが嘘のように嫌な汗が噴き出る。
しかし待てよ、この子はアイツのように明確な殺意で人を殺めたようには聞こえなかった。
ならばきっとまだ変えられるかもしれない。
私はそんな小さな希望にしがみつく。
しかし言葉が出てこない。
それは恐怖心から来るものだと直ぐに気付く。
そうして黙っていると彼女とは思えない様な低い声を出した。
「さっきからどうしてそんな怯えた目をしているんですか」
そう言う彼女はとても冷たい表情をしていた。
先程までのマキナちゃんとは全くの別の顔。
私は否定しようにも出来なかった。
声が思うように出ない。
まるで喉を占められている様に苦しい。
「ママが言ってました。人間達は珍しいモノに群がり、それが不都合な存在なら否定するって…」
少女は緑の髪を揺らめかせながらゆっくりと立ち上がる。
このままじゃ駄目だ。
この感情を圧し殺さなければ何も出来ないままだ。
しかしそう思う程に息が荒くなるだけだった。
「もう大丈夫ですよ・・・もう貴女はわたしを怯えなくなります」
彼女の周りにある鉄の棒がぐにゃぐにゃと人の形を作っていく。
苦しい。
足が竦み立ち上がる事も出来ない。
私はまだ何も伝えられていないのにまだ・・何も──
まともに息を吸えていないからなのか、視界がぼやけとうとう私の意識はそこで途切れた。




