交錯
王立総合魔法研究所──その敷地の奥、温室のような大きな建物に、薬草園は広がっていた。
薄く湿った空気の中に、さまざまな薬草の青臭い香りが漂っている。
棚には魔力を帯びた植物が整然と並び、静かな水音が遠くで聞こえた。
所長の案内を受けながら歩くのは、隣国ヘレン王国の第三皇子、ユーリアス・リーベルタース。
彼は整った顔立ちに無表情を張り付け、丁寧に説明を聞き流していた。
「……薬草園はこうして、研究に必要な素材を揃えています。ユーリアス殿は薬学の研究に力を入れていたとお聞きしました。うちの副所長が薬学に精通してますのでここからは、ルーラン。あとは頼むな」
所長に呼ばれ、ユーリアスは視線を向ける。
そこに現れたのは、白衣のようなローブをひらひらとまとい、黒髪をぼさつかせた男だった。
男の名はルーラン・グランディア。王立総合魔法研究所副所長。両手をポケットに突っ込んだまま、気だるげに歩いてくるその姿は、とても”副所長”と呼ばれる立場の人間には見えなかった。
(……これが、副所長?)
ユーリアスは内心で眉をひそめたが、表情には出さなかった。
「あー、えー、ども。なんか聞きたいことあればお答えしますけど」
ルーランはちらりとユーリアスを見た後、ぽつりぽつりと薬草の説明をしてくれている。
ゆっくりと歩みを進めながら、薬草園の中央で足を止める。
そして、緩やかに笑いながら、ぽつりと呟いた。
「──生きるって、思ったよりめんどくさいよなあ」
薬草に語りかけるように発したその一言に、ユーリアスの胸がわずかに揺れる。
気づいているのかいないのか、ルーランはふらりと歩き出す。
まるで、なんでもない話をしただけのように。
ユーリアスは無言で彼の背中を見つめながら、心の奥に小さな違和感を抱いた。