母よ、我最高の狩人になりて
「ハァ、ハァ、やっと着いた……」
ロンは商店街を抜け、またまた階段を駆け上がって、ようやく自宅の真ん前まで到達した。ロンは掲示板を目にした時と同様に、頭から上半身まで汗がダラダラ流れており、着いた時にはインナー服は濡れていて時間がたったからなのか冷たくなって、服を触った指は擦ると湿っていた。
「ただいまー」
玄関の扉を開けて室内に入ってから靴を即座に脱ぎ、汗を持ち前のタオルで拭き取って、濡れた服を洗濯籠に入れ、愛ている純白のルームウェアに着替える。そして荷物を床に置いてから、懐に入れていた本を手に持つ。
「さて早速この本読んでみようかな」
ネイナが包んだと思われる麻の包装紙をビリっと剥がし、本命の本を取り出して椅子に座り、文机に肘をかけ、ランプの光に当てながら本をジーッと持ち眺めた。
「明るいところで見るとこんなおんぼろなんだなぁ、
それにしても表紙からめっちゃ埃が落ちるんだけ…ど……」どうやらネイナが埃を拭き取るのを忘れていのだと、手の平に埃が付いてから察した。
ロンは手に張り付いた埃を払い落とし、再度埃が付かないよう慎重に本を1ページ目をいざ開いた。
「なんだ、これ?ん?」そこには見たことのない
謎の言語で記されたメモ?のような物が挟められていた。ロンはそのメモを取り出し、ジーッと見つめる。
「うーん…ひょっとして...古代の言葉か?」
ロンは試験の時、知識試験で出題された問題の一文を思い出し、咄嗟にコレが古代の言語だという事を理解する。
古代の言葉とはかつて人類が共通語として使用した
とされていていて、文字や発音は西地域の言語に近いと言われている。
学問に興味がとんとなく、超苦手、そんなロンでも何故だか古代の言葉がどういう文字なのかを既知していたのだ。
「え、まさか本文も?いやいやそんな訳……」
恐る恐る次のページを捲ると……
「あ、読める読める、普通に読める」
普通の各国が共通語として現在も使用する、西方語で全ページ大剣の剣術などが、事細かく記載されていた。
「ほっ、これなら古西辞典を読まなくとも
剣術を調べられるな……」
ロンは最初のページを改めて開き、目を凝らさせながら読み進める。
「えっとなになに、大剣は重量で叩き切る武器である。ロングソードのように旋回させて使用することが到底困難な為、大剣の場合は……………へぇ」
ロンは本を机に一音も立てずに優しく置いて、椅子の背もたれに寄りかかった背筋をピンと伸ばす。
「ふーん、見た感じ、かなり本格的な剣術が書かれてるな。しかも実技ではした事のない技の説明もあったし……コレ、思った通り使えるな!流石は俺が見越した本なだけあるぜ」
ロンはすっかりこの本に関心を覚えて見入っているようだ。
「まず途中のページはいつでも読めるし、今日はここでお開きとするか」
一旦読むのを止め、途中のページに付箋代わりの鳥の羽を挟み込んだ。
「あっそうだ!古西辞典あるならこの古代の言葉も
読めるじゃないか!よし」
ロンは文机の収納ケースから西古辞典を取り出し、
謎のメモ帳を再読し、辞典と見比べ翻訳してみたが、
「わ が 友の セスよ この メ を
見てい の なら 今 ここ で伝 る。
私は今 死んでい かも しれない そこで 君に
伝言 て おく 私は………読めないな」
メモ紙に書かれていたのは途切れ途切れのギコチない文章で、途中からに関しては辞典にも載っていない不可解な言葉ばかり。ロンも顔の眉をグッと顰めて顎を指で触った。
「うーん、全然わからねぇ…この文字めっちゃ変だな?というかこれいつ執筆したメモなんだ?
うーん……さっぱり分からねえ」
何度読み進めても古代の言葉よりも分かりにくい文章だけ。辞典のどこの項目を見てもやはり当てはまる言葉が見当たらない。なぜ古代語から謎の読めない言語に変わったかはロンには如何せん分からない。
ただし今、ロンが理解した上で考えた事は古代語が生み出された時代よりも遥か昔から文明が続いていた事、そして古代語と謎の言語が共に使用されていた事である。単なる考察でしかないが。
「うーん…まあこんな難しい事は後回しにして、明日の準備でもするか」
ロンは手に持つ難題を机に置いて、明日持っていく必要な道具や衣類の整理を始めた
「この本も持っていくだろ、後はこれとこれ.........
あ、これも持ってかなきゃな」
ロンは部屋の隅にある物置き箱から木製のケースを持ち出し、ロックを解除してから中身を取る。それは一枚の小さな写真が無造作に貼り付けられていた眩い光を反射する銀色の懐中時計だ。
そしてロンは目を細めて、写真に向かってこう呟いた。
「俺、もっと頑張るよ。母さんの思う"最高の狩人"になってみせる」
それは母親の写真だった。満面の笑顔を見せる小さかった頃のロンであろう子供と椅子に腰掛ける母親である若々しい女性の姿が写っている。
ロンは写真をまじまじと見つめながら優しく、懐中時計をケースにしまい、ゆっくりフラップを閉じてハンターバッグの内側の収納ポケットの中に入れた。
ちなみに西古辞典とは察するように、古代語の単語や
熟語などの意味を西地域の言語で説明した辞書である。