俊足の鳥竜 中
大剣を構えた時、様々な記憶がロンの頭の中で巡りに巡っていく。その内、知人たちの言葉が脳内に回る。
(せっかくここまでこれたんだ。気張っていけ)
(ハンター生活を謳歌してきなさい!)
ウェルズやネイナ、その他にも色々な人の言葉が脳裏に明滅する。この数秒で、修行の日々、ハンター試験の焦り、全ての記憶が追想していく。
「ただ全力で……」
(今まで培った力をぶつけるだけだ。臆するな、ここまで来たのだから!!!)
ロンは静かにそう呟き、顔を威勢よくドスランポスと目線を見合わせた。
「シャあっ、行くぜぇーッ!!!!」
ロンはそう言って大剣を担ぎ上げ、攻撃を仕掛けようとドスランポス目掛けて敢行していく。それに応じるようにドスランポスも強靭な剛爪を広げながらロンに真っ向から地を跳ぶように、疾走してくる。
ロンとドスランポスが近距離まで詰め寄ると、ロン目掛けてドスランポスが大口を開けて牙を剥く。あまりの気迫にロンは押しやられそうになるが、
「〜〜〜ッ!」
なんとか皮一枚ギリギリで体をのけぞらせて躱した。避けた弾みでのけぞった体勢になりながらも、ロンは大剣をドスランポスの左胴体に斬り上げる。が、なんという瞬発力か、サイドステップでいとも簡単に避けられる。躱しただけかと思いきや、更にまたサイドステップと同時に足をロンに突き出す。
「グァァッ!」
海老反りになったロンを茂み付近まで蹴り飛ばされた。
しかしロンも道場のからくりアオアシラに何度も殴り飛ばされてきたのだから、今更ドスランポスのタックルなど取るにたらない。地面に衝突する寸前受け身の姿勢をとり、滑り込むように砂埃を上げ立ち上がる。
「まだまだァッ!!」
ロンは再度ドスランポスに切先を向けて突っ込んでいく。しかし鈍重な剣を何度斬りかかったところで、奴の鋭敏故の瞬発力の前ではロンは傷1つ付けられなかった。ドスランポスも攻撃を仕掛けるもロンは幾度も爪や牙をギリギリで避け続けるが、このままでは攻撃が不可能に近い。ロンは攻撃の手を止めずに考えを巡らす。
(一筋縄にはいかねぇなぁ…瞬発力も相まって、正面戦闘は避けられねぇ、なら、パワーで勝負だ!)
ロンは力量で押し切ろうと判断した途端、ドスランポスに弾き飛ばされ地面に打ちつけられた拍子で受け身を取り、ロンもドスランポスに向かって敢行していく。激突する勢いで2匹は目の前の獲物に、己の刃を果敢にぶつけ合うと、ドスランポスの爪と大剣が、けたたましい金属音の様な音を辺り一帯に鳴り響かせる。
「グゥッ」(コイツの爪、硬ぇェッ)
ロンとドスランポスが剛爪と大剣を競り合わせる姿はひとえに言い表すなら鍔迫り合いの体勢である。双方の力量は拮抗し、互いに一歩も譲らない。
しかし、
「そんな爪で抑えたってなぁ、俺は、負けねえんッだッよ!!」
ロンは膂力を込め、ドスランポスの爪を大剣で叩き落とし粉々に粉砕させた。砕けた爪の鋭利な破片がロンの足元にバラバラと散らばり落ちた。ドスランポスもこれにはだいぶダメージが通ったようで、あまりの衝撃で脚がよろけ、半歩後退する。
(下腹が空いた!ここに斬りつければ…)
ロンはこの隙を見逃すはずもなく、ロンは大剣と共に低い姿勢でしゃがみ込み膂力を溜め続け、
(強溜め斬り!!!)
心の中で技名を叫んで、大剣をドスランポスの下腹に
アッパースイングをかます。
「グゲェ!」
ドスランポスは一瞬にして激しいうめき声と骨、臓腑が砕け潰える音が束になったような痛ましい音が耳元で響いた。
下っ腹に大剣を入れられたドスランポスは血反吐を
吐きながら、上空へと錐揉みし回転して飛び上がっていく。そして落ちる際にロンの真ん前に強く上半身から打ち付けられ、ドスランポスは全く微動だにせず、上半身が骨折していて気絶しているようにも見受けられる。
「やったか?」
「クロロロ…」
「ハァッ!?」
しかしドスランポスは全身の骨が折れている筈なのに、未だ立ち上がろうとする。
「コイツまだやろうとすんのか?うっ!」
ロンの脇腹にズキズキと火傷のような激痛が走る。
(技を打ち込んだ時、ドスランポスが脇腹を切りやがったのか……」
インナー服が仇となったのか技を繰り出した拍子で
脚の鉤爪に脇腹を切られていたのだ。
ロンは傷から出る血を手で抑えて止めようとすると、
手の指の隙間からは血が手を伝って二の腕まで
滴り流れる。
ロンは状況を頭の中で整理するがドスランポスはそんなのお構いなしに俊敏な脚で瞳孔を更に細く鋭くさせ、体を左右上下にグラグラ揺り動かしながらロンに向かって狂走する。
(コイツ、なんで骨折してんのに走れるんだ!?)
ロンも思いも寄らない痛みで反応が少々遅れたが、ドスランポスが突進する事を見越して、大剣を抜き出す。
そしてロンは大剣のグリップを強く握り締め、幅広い剣先の横側面に手を張り付け、刃先を左斜め下に下ろし、ガードの姿勢になる。足平に根を生やすように、全身に力を込めてパワーポジションをとる。
「コイッッ!!」
ドスランポスを頭の長い紅褐色のトサカを突き刺すように猛追し、ガードをとるロンへタックルで応戦する。
「グゥゥゥゥゥゥ!」
(強い!)
ロンは足が浮き上がる威力でバインドされ身動きが取れない。勢いそのまま風を切りドスランポスはロンを大剣ごとはね飛ばす。
ロンもそれには体が堪えたのか、反動で動けずに川を越え、なんと付近の谷まで飛ばされ、仰向けになりながら落下していった。
「ウワァァァァァ!落ちるッ!」
落下先を身を反らせ確かめるが、
「痛デぇ!」
運のいい事にその谷はそこまで深くなく、短い草が
生えた草原であった。受け身をとったのでさほど衝撃は入っておらず、どうって事もないように立ち上がった。隣に一緒に落ちた大剣をさっと拾い上げ、念の為もう一度大剣を構える。
「どこだぁ、どこにいやがるぅ?」
ロンは周辺を見回すがドスランポスの姿はない。
さすがに諦めたか?そう確信するが、
「キュアァ、ケッケ」
奴は谷壁から突き出た岩に身を打ちながら転落してきた。
地面に落ち、また傷だらけの脚で立ち上がり、ノソノソゆっくりロンに歩み寄ってくる。その時ロンが見たドスランポスの顔はどこかせせら笑う人間の表情と、はっきりと似通っていて、ロンはどことなく忌々しく思った。
そして突如ロンは目をひん剥き、ドスランポスの口元に視線を差す。ドスランポスの口から黒い煙のようなモノが立ち昇っていたのだ。
(前々から気付いてたけど明らかに変だ!普通の個体は見た事ないけど、これだけの致命傷を負ってるのに、
コイツはなぜ立っていられるんだ?)
ロンは固唾を呑み、心なしか体が小刻みに激しく震えていた。
ドスランポスの口から立ち昇る黒いモヤの正体は...