背後に伝うは生温かきヨダレ
「ニャアッ!ニャニャ、ニャニャニャニャ!」
気絶していたはずのメラルー達がニャアニャアと人によっては耳当たりのいい声を上げながら、ジタバタ暴れる。どうやら目を覚まして、自分たちが置かれている状況に気が動転しているようだ。だが3匹全員の腕には天然の縄という名の針金のように堅いツルが括り付けてある。先程ロンが持ち前の工具などで、採取し、縄代わりにメラルーを拘束するのに使用したのだろう。なぜこのような植物が生えているか?というと、この森林には様々な植物が自生していて、ハンターにとって狩りに役立つような都合のいい特性や特徴を持つ植物などの、独自の進化を遂げた種が幾つも存在している。このツル植物もきっと、他の種とは異なる進化を遂げた種類なのだろう。
(あっ起きた)
「おはよう、メラルーたち。いい睡眠は取れたかな?」
「ニャッ!」
「ところで聞きたいんだけど、この本盗んだのぉ…
なんで?」
ロンは悶えるメラルー達の後ろから手の関節を鳴らして、苛立った口調で目線を合わせられるようしゃがんで手に持つ本を見せながら問いかける。ロンの顔には怨みの念が覇気のように纏わりついていた。肉はまだしも、貴重品である剣術書が盗られたからだ、それで二度と返って来ないとなれば、心底たまったモンじゃない。
ロンは急に顔に気味が悪い笑みを張り付けて、威圧感すら感じる平手を一匹のメラルーの頭頂部を丸石を握るように掴む。
「さあ、なんで盗んだか、洗いざらい吐いてもら」
「ニャアアアアアアアアアアアアア!!!」
「るっせえなあッ」
メラルー達は更に体と頭を同時に失神する寸前なのかと思うぐらい揺さぶりまくっている。きっと殺されるんじゃないかと感じて必死に荒れ狂っているのか?。
知性のある動物ほど危険が迫ると性が現れると言うが、こう言う事なのだろうか?と悟りを開いてロンは愕然とした表情で呆然と暴れるメラルーたちを眺める事しかできなかった。我に帰ったのかロンは再び口を開く。
「お前らちょっと黙……」
ロンは急に口から出そうになった言葉を押し込め、ある事に気づく。
「ニャア、アアッ!!」
(あっそうか………第一野生の奴だから喋れないのか………)
メラルーやアイルーのように人間社会で生きる特別な個体もいるが大体、このメラルー達のような野生の個体は人間が使う言語など教えてもらってもいないので、何度交渉を試みようにも分かるはずもない。
だからロンの言う事も訳分からず、ただひたすら逃げようとしていてもがいているのだろうとロンは上っ面で判断した。
「うーん……口で言わなくても行動で伝えればいいか」
暴れるメラルーを尻目に意味深な事を言い、スッと立ち上がってから焚き火の側に置かれた重そうな"モノ"を身を傾けながら持ち上げる。
「ニャ、ニャア?」
メラルー達はいきなり異常なまでに静かになり、
口をあんぐり開ける。
(さあ、これで何か進展があれば…)
メラルーが体を固まらせるのも無理はない。
彼らの顔面に剣先が突きつけられている。
いきなりこんなもの見せつけられるなんて、動揺の方が勝って会話どころでは無い。というか、なぜ
剣先を見せる必要があるのか?かえって恐怖心をうえつける様な行動である。もはや紛れもない"脅し"である。
「ニャニャニャアッー!」
(おっかしいなあ、メラルーみたいな頭の利く生物には刃物などをチラつかせれば潔く盗んだ物を返すって図鑑に載ってたけど…)
メラルー達の焦燥感は掻き消せずまたもわめつき、無茶苦茶に腕に括られたツルを二度も三度も力ずくで解こうとしている。
(…さすがにもういいかなぁ、てか図鑑と全然違うじゃねえか)
ロンはすっかり報復心などとうに消え果てていた。
もう解放しようかと工具を取り出そうと、メラルーに目を離し、手をポケットに突っ込む。その瞬間、予想だにしない事が起こる。
「ニャアアッ!!!」
「…へ?はぁ!?」
なんとメラルー達が堅いツルをほどいたのだ。
なんだと?あの堅固な縄のようなツルを縛ってたのに?とロンは戸惑いの表情を浮かべる。
そして野鼠が一気に解き放たれたかのように、
「ニャニャニャアァー!」
あばよ!と言わんばかりにそそくさと四足歩行で茂みに迅速に駆け出していった。
「あっ、ちょっと!待て!」
ロンは走るのを食い止めようと森の方まで追っていたが結局は見失ない逃げられてしまったようだ。
「颯爽と逃げやがって………ハァ、ハァ」
(もしかしてあんだけ騒いでたのは、俺の気を攪乱させるためだったのか…)
と思った束の間、
「あ」
茂みの奥から剣術書が縦回転して、ロンのちょうど手元に投げ込まれ、ロンは飛んできた本を両手でなんとかキャッチする。
「クゥーっ、まんまと術中にハメられた……
あーでも剣術書が盗られなかったのが幸いってところかな」
ロンは悔しがるように、本を懐に収め、焚き火の方向へと足を進める。
「はぁ、食料はこれだけかぁ」
ロンは仕方なしに焚き火付近に一旦戻り、余った肉を寄せ集め、ちょうど太陽に照らされ鉄板のように熱された岩石があるので、その上に干し肉にするためのバラ肉と思われる部位を数切れ小分けし、光がしっかり当たるよう規則的に敷いた。アプトノスの生首も大岩の上に置いて天日干ししておく。
「メラルーって奴本当、小賢しい奴だったなあ、しっかりモンスターの生態はハンターノートに記入しないと……」
「グルルル……」
ロンはまたハンターバッグからハンターノートを
持ち出そうと焚き火の方へ向かおうとした時、
背後から唸り声のような低い音が聞こえる。
ロンは無意識に後ろを振り返る。
「グゥルル…」
「へっ…」
(うおお、近くで見るとやっぱ怖えぇ…)
それはクチバシのような口腔からヨダレを垂らしながら、案の定低い鳴き声で唸っていた。ロンよりも遥かに体高が高く、それでいてシュッとした細身な体つきで、いかにも俊敏な挙動をしそうなモンスターだ。体中に青色の鱗を纏わせ、こちらに鋭い瞳孔を剥き出し、足の親指に生えた鎌の様な鉤爪をトントンと地面に打ち付ける動作をしている。
そいつは森の奥からロンにじわじわと距離を詰めてくる。
(………ドスランポスだな)
ロンはそう言い放つ様にそのモンスターを睨み付ける。