別れの為の賛美歌
冷たい風が頬に触れる。
窓の外には桜が咲いている。
鳥はひな鳥の門出を祝う前奏曲を奏でる。
体育館にはパイプ椅子がずらりと並べられている。
それらに座りただ時を待つ。
突然曲が流れ始めた。時が来た。
体育館後方から大人数の主役が、卒業生が入ってきた。
会場は温かな拍手の音で飽和する。
やがて、静寂が訪れる。
それは別れを合図する鐘の音でもあった。
今、焚音高等学校の卒業式が始まる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「瀬人ぉぉぉぉおお!おまえのごといっじょうわずれねえがらなああ!」
「俺も!先輩たぢのことわずれまぜんがらぁぁぁ!」
「うわあああああああぁぁ!」
卒業式が終わりここは校門前。
厳かな式とは対象的に、ここで聞こえてくるのは阿鼻叫喚だ。
この雰囲気にはなれないな。
俺は校門を背にし、目的の場所へと足を進める。
春風と呼ぶにはまだ冷たい風が、校舎の中を吹き抜ける。
一本道を囲うように咲く桜の木々は、ゆらゆらと揺れている。
校庭の中を歩き続け一つの桜を見つけた。
広大な中庭に凛と咲く、巨大で美麗な桜の木。
その下で佇む一つの人影に近づく。
桜にカメラを向け、フィルムと瞳に景色を焼き付けていた人に。
「こんにちは、先輩」
目の前の先輩はこちらには目もくれず、シャッターを無心に切っている。
「カメラ、持ってたんですね。卒業式ではなにも持ってないように見えたんですけど」
桜を見つめながら先輩の横に並ぶ。
首にカメラを掛け、そっと両手を外す。
「更衣室に置いてたの」
「隠し持ってたんですね」
「言い方ひどい」
先輩は肩を少しすくめ、クスクスと笑っている。
そしてやっと、俺に振り返った。
「どうしてここにいるってわかったの?」
顔はにやりと笑い、悪戯な目線を向けてくる。
「もう2年の付き合いですよ だいたいわかります」
「きもーい」
「そのレンズ叩き割りますよ」
「ねえ、一応先輩なんだけど」
風は勢いを増し、花吹雪を起こす。
目の前の黒く長い髪が風にゆらゆらと揺られている。
「綺麗ですね、花」
「うん もっと見てたかった」
先輩はそっとカメラに手を伸ばし、レンズを桜に向けた。
カシャ カシャ と音がなる。
静寂な風と中庭に、シャッター音がこだまする。
先輩は、ただカメラの液晶に映る桜を見つめている。
一つ、息を吸い込む。そして口を開いた。
「卒業しちゃうんですね、先輩」
「卒業しちゃうんですよ、先輩」
淡い期待というものが弾け飛んだ気がした。
現実を間近に見て胸が少し苦しくなる。
それでもやっぱり、門出は祝うものだから。
「先輩、卒業したら何するんですか」
「いったでしょ?地域の大学に通うって」
「…写真は、続けないんですか?」
「……うん、ここで終わりかな」
目の前の桜は綺麗だ。
春風を身にまとい、心地よく揺れているその姿が。
人の心情なぞ知らずに、非情にもその手を振るその姿が。
「綺麗だね、桜」
「ですね」
「私達を祝ってくれてる」
「…はい」
「時間なんだよ、蒼くん」
「はい?」
「きっと、時間なんだ」
先輩が再びこちらを振り返る。
その瞳は緑色で深く淡い。いつもの瞳だった。
「季節が巡るように、時計の針は進み続けるんだ。だからこうやって桜が咲いてるの。美しい景色を見るためには、時間が必要なんだ」
こちらを諭すような口調で、そう語る。
いや、諭しているんだろう。
一足先に旅立つ雛鳥が、残された雛鳥に向けて歌うように。
「仕方ないって、言いたいんですか」
「そりゃ、仕方ないことだし」
「先輩は、納得してるんですか…!」
「……うん」
「少なくとも俺は納得できません。綺麗な絶景なんて今ではネットでいつでも見れます」
「それは、君が一番キライな思想じゃない?」
「っ!…でも、時間なんて、進む必要無いですよ!」
「生まれたときから時間が経ったからこそ、今こうして私と話せてるのに?」
「……でも俺はっ!先輩と離れたくありません!」
俺の言葉が庭に響く。
その本音は桜を揺らした。
先輩は、目を大きく開いている。
「…君がそんな事言うなんて、びっくりだな」
「……別れなので」
「心配性だなぁ、またいつでも会えるよ」
「本当ですか」
「ほんと、講義の空きコマとかで会いに来るよ」
「会えないから言ってるんですよ」
一つ、息が詰まった。
でも、このまま言葉を詰まらせるわけには行かない。
口を開く。
「先輩、就職するんですよね」
「……知ってたんだ」
「なんで嘘なんかついたんですか」
「ごめんね」
「ごまかさないでください」
「…わかった、白状するよ。まったく、君の前じゃ嘘すらまともにつけない」
「…悲しませたくないから、かな」
その言葉が深く心に突き刺さり、胸が焼かれるような気持ちになる。
先輩の厚意を無駄にしてしまった。
「…なんで、就職するんですか」
「私の家庭には母しかいないからね、妹たちには苦しませたくないから」
「……すみません」
「いいよ、言ってなかった私が悪いし」
鳥の鳴き声がする。それも近いところで。
顔を見上げた。
桜の木の枝に鳥がとまっているようだ。
チュンチュンと歌を歌い、そしてどこかへ去っていった。
「……お別れだね」
「嫌ですっ!」
「部室でまた二人でくだらない話ししましょうよ!」
「…結局、あの幽霊部員は来ないままだったね」
「たまに外に出て、夕日とか撮り合いましょうよ!」
「…外はもう寒くなっちゃったよ」
「まだ、まだ!まだ先輩でいてくださいよ!」
「私だって嫌だよっ!」
先輩が叫ぶ。
風は止み、桜は動かない。
聞こえるのは、ただ鳥の歌声だけ。
「まだ子どもでいたい!まだここにいたい!まだ君といたい!!
でも、無理なんだよ。」
「先輩…」
影は次第に伸びていく。
遠くから聞こえていた声も、今はもうしない。
時間が、過ぎていく。
「…ねえ、最後に一個お願いいいかな?」
「…なんでも言ってください」
「最後に、君を撮っていいかな」
「…卒業記念ですか?」
「それもあるけど。最後だからしたいことがあってさ」
先輩はカメラを首から外し、右手でそれを高々と掲げる。
「これより、焚音高校写真部の、最後の部活をします!」
「ほら、そこ立って!」
「え、俺が撮られる側なんですか?こういうのって卒業生が撮られる側じゃ」
「大丈夫、あとで母さんが撮ってくれるから」
「お母さん待たせてるんですね…」
「だからほら、早く!」
先輩は笑顔でカメラを構える。
ああもう、さっきのしみったれた雰囲気はどこ行っちゃったんだ。
これじゃ、いつもの部活と一緒じゃないか。
……それもいいかも。
それがいいや。
「はい笑顔だよ〜こっち向いて〜」
「笑顔ですけど」
「え、笑顔なのそれ!?」
「笑顔ですよ。ほら、にー」
「きも」
「許しません」
「ぷっははは!」
「先輩が笑顔になってどうするんですか」
「はいはい撮るよー!」
「ああもう、調子狂うな…w」
「あ!それ!そのまま!はい、チーズ!」
カシャ
「先輩見せてください」
「はいどーぞ」
先輩がカメラを渡す。
そこには巨大で綺麗な桜と、その下で笑顔を浮かべる男がフィルムに焼き付いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃ、私は裏門から帰るから」
「ここでお別れですかね」
「そだね」
先輩はカメラを首にかけ、こちらを見つめる。
「お別れですね、先輩」
「お別れですよ、先輩」
「もう、泣かないでよ…こっちまで泣いちゃうからさ」
「今までありがとうございました、先輩…!」
「うん、こちらこそありがとうね」
先輩は後ろに向き、そのまま歩いていく。
一つ、一つと足が進む。
ふと、足が止まり先輩がこちらを振り返った。
体が軽快に回り、花が咲くように髪が広がる。
「忘れないでよ! 櫻井 咲 っていう先輩のこと!」
「絶対、絶対忘れないですから!!」
ニコっと笑い、その花は優雅に旅立つ。
卵は雛鳥になり、やがて巣立って親鳥となるように。
季節が巡り、冷たい風が暖かく人を包むように。
時計の針が、チクタクと音を立てて進むように。
蕾だったはずの花が、満天に咲くように。
時間とは非情で、慈悲深い。
出会いと別れに悔いなどいらない。
小さき我々ができるのは、
新たな道をゆく誇り高き先駆者に、讃美歌を贈ることだけだ。
どうも作者の華街です。
投稿、久しぶりだなー(罪)
と、いうことで
どうでしたかSKULL MAN第二話!
はい、皆さん思ってますよね!
話がいっっさい進んでおりません!!(大罪)
いや、物語には前置きが必要じゃなっすか?
だから、こう、ね?察して?
まあおそらく次のお話では進んでいると思います。
そう願いましょう。
では次の話で、華街でしたー