第94話 大迷宮
「ここが……大迷宮…………」
時夫は呆然と呟く。
ルミィもイーナも絶句していた。
「美味しいよ美味しいよ!大迷宮クッキー!お土産にどうぞー!」
「ほーら、大迷宮の美麗な絵の描かれたお皿だよ!買った買った!」
「本日の瘴気度数は2!安全でーす!
しかーし、大迷宮に挑む方以外は白線の内側には入らないでくださーい!!
大迷宮前はワイワイ賑わっていた。
「お薬ありまーす!瘴気吸っちゃってもこれで安心!
抗瘴気薬もありまーす!2本買えば1本無料!」
「あ!お薬念のため買い足してくるにゃん!」
ケイティが長い赤みの強い色の尻尾を揺らしながら、お薬屋さんの屋台に行く。
「……………………」
写真屋さんもいる。
家族連れもいる。
恋人同士もいる。
なんだこれ?
「お待たせにゃん!」
「いや、なんだよこれ!なんで観光客がいっぱいいるんだよ!」
「なんでって……大迷宮はノマ連邦の誇る観光地だにゃん。
最近は瘴気が大人しめだから、観光客の締め出しが解除されたんだにゃ。
でも、ほらあそこにも、そこにも軍人がいるでしょ?にゃ?
危険っぽくなったら一般人は締め出されるから多分大丈夫……」
時夫はがっくり体の力が抜けた。
緊張感の無さが時夫の短所だったが、この異世界人達には負ける。
この逞しさは見習うべきか。
「私も知りませんでしたね。
邪教徒と共存してる国はそれなりにありますが、これは……予想外でした」
ルミィはドン引きしてる。
ぶっ飛んでるように見せかけて、偶に常識人だよなぁ。
イーナはソワソワしてる。大迷宮キャンディーが欲しいのかな?
閉じ込められて何十年も生きて来た分、初めて来た場所への好奇心が強いのかも知れない。
大迷宮の見た目は、石造りのドーム球場?みたいな感じだ。
時代を感じる佇まい。
入り口の先が暗く見え辛いので、不気味さも出そうなのに、チラシが周囲に貼ってあって色々台無しだ。
『国軍募集!魔法使い優遇』『冒険者になって大迷宮の謎を解き明かそう!』
よく見ると壁は汚いが、特に欠けたりしてないんだな。丈夫な建材だ。
一応、この大迷宮を攻略させたい思いはあるんだな。
「というか、ケイティは大迷宮入って大丈夫なのか?瘴気病にならないか?
俺たちは神聖魔法の特性持ちだから大丈夫だけど。
お前も使えるのか?」
「にゃはん。へーき。獣人って人族よりも何故か瘴気にも強いんだにゃ!
それに、さっきお薬買い足したし、後は前進あるのみにゃ!」
「まあ、いざとなったら我々が居ますから。
本人が大丈夫と言うのなら行きましょう」
ルミィが真面目モードだ。
出鼻を挫かれたが、ルミィはこの大迷宮の攻略に本気だ。
「あっちが受付ですにゃん」
『受付』
手書きかな?
単なる木の板っぱに書かれているのが、机に立て掛けてある。
椅子に座った無愛想なヒゲのおっさんが受付をしているようだ。
「国家をあげて観光地にしている割に質素だな」
時夫はヒゲに聞こえないくらいの声量で呟く。
「そりゃあ、周辺の瘴気のレベルが上がって来たら皆んなで逃げるんだもんにゃ。
瘴気自体も危険だけど、一定以上のレベルになると、中から魔物が溢れてくるんだにゃ」
「魔物は魔獣と違うんだっけ?」
「動物っぽい見た目のが魔獣で、よく分かんない見た目のが魔物にゃ」
「……………………」
異世界人の適当さここに極まれり!
「死んでも死体が残るのは怪物です。瘴気が含まれてません。
死んで黒い液体になるのは瘴気に汚染されてるので、魔物とか魔獣とか呼ばれます」
ルミィが解説してくれたが、それ殺さないとわからない上に、死んで黒い液体になるって……邪教徒も同じじゃ無いか。
時夫の脳内にカズオの最期が一瞬浮かぶ。
「魔……って付いてる意味は?」
「偶に魔石が胎内に入ってるんですよ!」
ルミィが何故か嬉しそうに答える。
そっか……カズオ爺さんからは取れなかったな。いや、別に良いんだけど。
時夫も杖を取り出す。
イーナは宝剣を収納から出した。気がつけば白いマントを羽織っている。
ルミィの耳に緑の魔石が輝いている。
受付に冒険者の登録カードを提示すると、観光客からどよめきが漏れた。
片手を上げてどよめきに応えつつ時夫は笑顔で迷宮に入った。
ルミィが魔法の灯りを灯す。
おお……モヤっとしてる。
暗い。瘴気かぁ……。
「この建物って壊せないの?」
時夫はコンコンと壁を叩いてみつつ聞いてみる。
迷路でも壁を壊せれば何処へでも一直線だし、スッキリして気分が良さそうだ。
……観光地壊したら国から訴訟起こされるかな?天文学的損害賠償請求?
「それは試してみた人いるみたいですよ。
解析不能の古代魔法で守られてるみたいです。
古代魔法は使える人が少ないし、準備が大変で難しい分凄く強力で、現代魔法では太刀打ちできないんです。
古代魔法は私も使えるんですよ!」
ルミィがえっへんと胸を張った。
よしよししたくなる。
「何が出来るんだ?」
「異世界から色々召喚します!」
ばちん!
「痛い!」
「色々ってなんだ!」
「まずはトキオを……いたい!デコピンやめて!」
「他には!?」
「顔が怖いです……。生き物以外の小さいモノなら頑張れば私だけでも召喚できるんですよ。
役に立つものが出て来たら良いなって。
でも、沢山魔石が必要だし、魔法陣もミスなく書かないといけないし大変なんです」
「ランダムで何か手に入るってことか……」
「はい!そうです!」
元気いっぱい答えるが、とんでもなく危険な気がする。
「やめとけ。放射性物質とか毒物とか出て来たら大変だろ」
「ホウシャ?何ですか?」
放射能に該当する言葉が無いらしいな。
「まあ、やばい毒だよ。やめといた方が良い。
とにかく古代魔法は凄いのはわかったよ。
古代人が作ったから丈夫で壊せない……か。
地道に進むしか無いな。ケイティ、道は分かるのか?」
「地図を途中まで作ったのがあるよ。……にゃん」
偶ににゃんをつけ忘れそうになってるな。
「あ、そうだ。はぐれた時用に俺の持ち物持っててくれ」
時夫はトキオバッジを皆んなに配った。
「…………これ、にゃに?」
「変なイラストが……」
「もしかして……時夫くんの顔なの?」
「アイス屋の従業員の胸に付けさせてるんだ。貸与品だから返せよ」
魔道具屋ウィルで作ってもらった奴だ。まだまだ沢山ある。
「なるべく目立たないところにつける……にゃ」
「よく見ると確かにアイスクリーム屋さんの名前が書いてありますね」
「マントで隠れるところ……」
女性陣のバッジの評判があまり良く無いな?
結構似顔絵上手く描けてるのにな。
「……まあ、気を取り直して進みましょう」
ルミィが先を急かす。
もっとバッジをよくみて欲しいのになぁ。




