第92話 それぞれの事情
「その女の子怖いんですけど!」
ケイティはイーナを見て怯えている。
長い尻尾も元気を失っている。
殺気立ってるレティシャよりも、薄暗い目をしているルミィよりも、他が座ってる中で剣を剥き身で肩に担いで立って微笑んでいるイーナが一番怖いらしい。
「私のことはお構いなく」
勇者のマントも短くなってイーナの身長に合わせている。
ケイティの野生の勘は恐らく正しい。
この幼女イーナがこの中では一番戦闘経験豊富なベテランだ。
イーナと合流後は宿のルミィの部屋に集まった。
ルミィの部屋が一番良い部屋で広さがあるからだ。
「それで、どうして俺が異世界から来たって知ってるんだ?」
「別にあたしがトキタを調べたりしてる訳じゃ無くって、冒険者の中の一部界隈でもう有名だにゃ。
邪教徒を討伐して世界を回ってる存在がいるって。
しかも、アーシュランが聖女を呼び出したのとほぼ同じタイミングで邪教徒の討伐が始まったでしょ?……にゃん。
そして、アーシュランの聖女は他国に公的に認められる程の力を示していにゃい。
で、もしかしたら、聖女呼び出すつもりが失敗して神殺しの英雄を呼び出したんじゃないかって噂になってるの。にゃん」
「神殺し!?」
強そうだしカリスマ性がありそう!
時夫は色めき立つ。
「それで、マルズの方はちゃんとした聖女を呼び出したんだか……顔が東の民って感じはしないから、なんとかして聖女に匹敵する力だけ手に入れたんじゃ無いかって……にゃ。
で、ティルナーグの妖精が討伐されたって話の後に、同じくらい有名な邪教徒のいる大迷宮に挑む東の民っぽい男がいるって聞いたから……カマかけたんだけど……にゃ」
「では、トキオの名前が異世界人として知られてる訳ではなく、邪教徒を討伐する異世界人がいる噂が広まってるんですね?」
ルミィがケイティに確認する。
「そうそう!言いふらすつもりは無いから!闇から闇へなんてやめてほしいにゃん!
あたしも大迷宮のアステリオを一緒に本気で倒してほしいんだ。
あたしだけじゃどうしても入り口付近か先へは行けないから……にゃ」
「俺の存在は外国まで轟いちゃってるのか……」
自分の今後の扱いがどうなるかちょっと不安になる。
国から排除されたくも無いが、英雄扱いもゴメンだ。
勇者だったイーナの扱いを考えると、ちょっと役に立たなくなったら酷い目に遭いそうだ。
「と、いっても冒険者の中でも邪教徒に興味がある人だけかにゃ?
その話題に関心を示してるのは。
一般人だと、あの動物使いの邪教徒カズオみたいに自分達の生活圏を積極的に侵食して来るのじゃなきゃ名前すら知らなかったりだもんにゃ」
「それで、貴女はどうしてアステリオを倒したいの?
移動しないタイプの邪教徒な上に魔物が迷宮から溢れ出したら軍で対処してるじゃない。
一応ここ二十年くらいは民間人の人的被害はほぼ無いって聞いてるけど」
イーナが肩を剣でトントンしながら質問する。
肩痛くならないのかな?
「……あたしの弟、マイロが冒険者だったんだけど……にゃ。
ある時お酒飲んで、酔って仲間達に大迷宮に入って怪物を一匹倒して証拠を持って来るって豪語しちゃったらしいの。にゃ。
あたしもお母さんも止めたんだけど、ここでやらなかったら臆病者って笑われるからって……。
もう二年くらい前なんだけどにゃ」
「それで……弟さんは……」
イーナが鎮痛な面持ちで話を促す。
「帰ってきてないんだ。にゃ。
まあ、生きては無いだろうけど、遺品だけでもにゃいかなーにゃんて……にゃはは。
……そんで、それ以降あたしも頑張ってるの。
マイロよりも冒険者向いてたみたいで、もう十回も大迷宮入ってるよ。
弟も軽率で悪いのはわかってる。わかってるけど、倒してくれそうな人が現れたんだから、自分もって思うでしょ?」
弟の事を思い出してか、言葉を何度も詰まらせていたが、その度にふざけてみせていた。
変な語尾で泣きそうになるのを堪えているように感じられた。
「そういう事なら……一緒に行っても良いんじゃないか?」
とりあえず事情は分かったので、ルミィ達に聞いてみようとしたら、
「ありがとう!だにゃん!」
「うわぁ!」
ケイティが首元に腕を回して抱きついてきた。
猫獣人の瞬発的な動きに対応できずに時夫は倒れそうになる。
「にゃはは!トキオ!これからよろしくにゃん!」
ちゅっ!
頬っぺたに柔らかい感触。
「な……なんて事を!!」
ルミィが立ち上がり、何故かまた出現している杖をケイティに向けている。
「サイッテー……。ほんと男って……」
レティシャの軽蔑し切った目線は何故か時夫を向いている。
「あらあら……時夫くんはモテモテね」
イーナがクスクスと笑っている。
「違う!違うから!」
時夫は慌ててケイティを引っぺがす。
「にゃは。でも、そっちのルミィ?って娘とは付き合って無いんでしょ?
あたし今フリーだにゃん。
あたしと付き合わない?」
「ダメ!」
「なんでにゃ?」
「俺は……俺は日本に帰るから!誰かと付き合ったりしないの!」
それを聞いてケイティは、ふーん?と意味ありげにルミィの方を見る。
時夫はルミィの方は見れない。
こういう話はなるべくしたくないが、ケイティはお構いなしなようだ。
「向こうに恋人がいるとかにゃ?」
「いないよ。そういう話じゃ無いから」
母親の呑気な顔を思い出す。
そしてカズオ爺さんの顔を。
収納の中には爺さんの遺髪と写真、そして平さんの手帳がある。
時夫はこの世界を救う使命は無いが、それらを日本に持ち帰る義務がある。
「じゃあ、こっちにずっといれば良いじゃにゃい?
戻るんなら早く戻れば?」
「今は戻れないらしいんだよ」
「にゃるほど……それで戻る為には邪教徒と倒さないといけにゃいと」
この猫娘なかなか鋭いな。
邪教徒討伐がハーシュレイの力を削ぐので、当たらずとも遠からずだ。
ケイティがまた少しずつ時夫と距離を詰める。
「でも、あたしと一緒にいればきっと気分も変わるよ?
どうかにゃ?あたし中々可愛いと自分では……」
「そこまでです」
ケイティの目の前、時夫との間にルミィが杖を差し入れた。
杖表面を風の刃が渦巻いている。
「邪教徒アステリオ討伐完了までは、貴女と行動を共にしましょう。
それ以降は私達は国に帰りますから」
ケイティが肩をすくめる。
揶揄うように尻尾が左右に揺れる。
「了解にゃん。……でも、トキオ、あたしアソビでも良いからにゃん?」
ケイティがウインクしてみせる。
時夫はケイティからススーっと距離を取った。
ルミィの背中に隠れる。
三十年間最近まで唇すら清らかに保ってきた時夫の防御力を舐めないで貰いたい。
「お嬢様を裏切ったその時は……」
低い呪詛がレティシャのいる方角から聞こえる。
「賑やかなパーティになったわね」
イーナは嬉しそうだ。
時夫は今から胃が痛い。




