第90話 酒場にて
「にゃはは〜!お兄さん達本当に大迷宮に挑むんだ!?
せっかくだから一緒に行こうよ!ね?良いよね?」
近い近い近い!
ケイティが時夫の腕をグイッと掴んでめっちゃ顔を近づけて聞いてくる。
ここはラビル街冒険者ギルドのすぐ隣の酒場。
当然客も冒険者ばっかり。安い酒と、美味くて量がたっぷりの料理が売りだ。
時夫はできるだけ仰け反ってケイティから距離を取ろうとする。
うう……腕に何かスライムより弾力あるものが当たっとる。
ケイティはいわゆるシーフ系で活躍をしている冒険者らしい。
クラスは時夫と同じで3。
大迷宮の攻略のために冒険者をやっている変人だ。
グイグイと容赦なく迫ってきて、若い可愛い子に顔を近づけられて恥ずかしいやら、気まずいやら。
何よりも他の女性陣の目が恐ろしい。
レティシャの目はいつも以上に冷たい氷点下だが、ルミィはルミィで無機物の様な光の無い瞳をしていてなんか怖い。
「そうですかお嬢様というものがありながら他の女性にも手を出すのですねそしてしょたいめんであるにも関わらずその様にスキンシップやらボディたっちやらに余念が無く全く男という物はどいつものいつも……」
レティシャはブツブツ独り言を呪詛の様に呟いていて、水色の瞳は時夫を瞬きもせずに捉えている。
魔法のある世界なら、呪いも当然ありそうなんですが俺大丈夫なんですよね?
ルミィは逆に時夫と目を合わせてくれない。そして、ジョッキで酒をあおっている。
酒に強く無いはずだけど大丈夫かな?
「えーにゃに?もしかして、お兄さんはそっちのお姉さんとお付き合ってるの?」
ケイティは時夫とルミィを交互に見る。
どうしよう!なんか答えにくいぞ。
違うんだけど、違うと言いたい訳では無いと言いましょうか。
呪いのメイドはまだ瞬きしないで呪詛を吐き続ける世界記録を更新し続けてるし。
ルミィは店員のお姉さん捕まえて、ジョッキの数を増やしている。
「何というか……パートナーと言いましょうか……」
様々なアレコレに配慮が行き届いた無難of無難な言い方になった。
しかし、ケイティは大袈裟に反応する。
「んにゃにゃ!?つまり奥さん!?」
「ゲホ!ゲホゲホ!!」
「お嬢様!大丈夫ですか!?」
「む……むせた……」
ルミィを心配そうに見つめつつ、レティシャが背中をさすってやっている。
お陰で時夫からレティシャの視線が逸れて、時夫はなんか怖くてビビっちゃって動けない感じの呪いから解き放たれた。
「いや、結婚はしていないと言うか……」
「つまり!あたしにもまだまだチャンスありってことですにゃん?」
「いや、さっきからにゃんにゃん言ってるのってキャラ作ってないか?」
最初に外で会った時はにゃんにゃん言って無かったはずだ。
「にゃはは!バレたにゃん?
結構評判いいのに!で、どうなの?仲間にするの?しないの?
まあ、断られても勝手について行くけどね」
ケイティはニンマリ笑う。
時夫は荒っぽくケイティを振り解く。
あんまり腕にくっ付けとくとルミィ達からの好感度が下がってしまいそうだ。
……レティシャの好感度は最初からマイナスに振り切ってそうなのは置いておく。
「……勝手に着いてくるそうだし、仕方ないから連れて行こうと思う。
大迷宮を生きて帰るためにも、少しでも詳しい人間を仲間に加えておきたいし」
ルミィには宣言しておく。
「そうですか……わかりました」
「やった!にゃ!よろしくね!」
ルミィがお酒をチビチビ啜りながら了承してくれた。
言い訳をしたいけど、レティシャが睨んでるし難しい。
「ねえねえ!……別のお酒飲めるところ行こうよ。
ちょっと聞きたいことあるんだにゃー。
人が多いところだと聞き辛くって!」
ケイティが悪戯っぽく笑って声を潜める。
「何だよ。ここで聞けよ」
時夫も酒入ったグラスを傾ける。
この世界の酒は甘い果汁が後から添加されてて何を飲んでも甘い。
「え?良いの?じゃあねぇ……。
トキタトキョって召喚された人?」
騒がしい酒場の喧騒にギリギリ負けない音量で、囁く様に言葉を息に乗せた。
時夫はグラスを置いた。
ケイティの目を見る。
「え?ほんとなんだ?にゃ?」
ケイティは嬉しそうに笑みを深めた。




