第86話 大迷宮へ
某所。
一人の男が薄暗い中、笑みを浮かべている。
「ふふふ……理解って来たぞ……」
ひと目のつかない薄暗い場所に、ズル……ズル……と動く影。
それは動くたびに形を変え、大きくなり、周囲の影と一体化したと思えば、千切れる。
「ほらよ、食え」
愉悦を帯びた低い声が狭い空間に反響して響く。
食べ物が投げ入れられると、すぐさまそれは周囲にヌメる不気味な塊に、のしかかられる様に吸収さらる。
「やはりな。吸収したものの魔力や性質を受け継ぎ、増強させることが出来る。
これを利用すれば……」
ブツブツと一人で呟き、己が知識を深めていく。
ここは男の実験場だ。
王都片隅の殆ど人が近づく事は無いこの場所は、一般人にはとても見せられない研究を進めるにはうってつけだ。
蠢く影はズルズルと這いずっては、男を狙い、食らおうとするかの様な動きをするが、男の足元に近づくと、そこに境界線の様に置かれた物体に恐怖を覚える様な震える動きをして、離れていく。
「……そろそろ実戦投入だ」
男の口角が満足そうに上がった。
♢♢♢♢♢
「ノマ連邦?」
時夫は聞き返す。
時夫が夕飯のスープを飲み干したタイミングで、ルミィが、ここアーシュラン王国と国境を僅かに接する国名を口にしたのだ。
「農業や畜産が盛んなところよね。
それに……大迷宮が有名ね」
イーナが地理に疎い時夫のために捕捉情報をくれた。
肩口で揃えた亜麻色の髪を耳に掛けながら、フーフーと熱いスープに息を掛けているが、猫舌なのだろうか。
時夫も猫舌なので親近感が湧く。
「大迷宮?」
時夫はイーナの言葉を繰り返す。
大迷宮……何やら冒険の予感がする。
ワクワク顔の時夫にルミィ大先生が解説してくれる。
「邪教徒の根城の一つです。
邪教徒はそれぞれ世界各地に根城を持ってるのですよ。
この間のバトリーザの精霊の森のように、各地で瘴気をばら撒く拠点を持ってるんです」
「ユミスがいた北の森もそうなのか?」
時夫はデカい木の化け物を思い出した。ユミスもなんかそんな事言ってた気もする。
ルミィ大先生は出来の良い生徒に優しく微笑む。
「そうです。よく思い出しましたね。
あれは拠点にされる前に防げた稀有な例です。
そして、ノマ連邦の辺境にある大迷宮は凄く有名な拠点なんです。
拠点をダンジョンなんて呼称する人もいますね」
「拠点を潰すのは大変なのよ。
どこの国も頭を悩ませてるわ。私も若い頃は仲間と七か所くらい潰したけど……」
幼く見えても歴戦の勇者であるイーナは、昔を思い出して、ため息を吐く。
どうやら懐かしさよりも厄介さが上らしく、表情は晴れない。
今やその頃より若いので、若い頃なんて言ってるのを聞くと不思議な感じだ。
「邪教徒アステリオは、新しい種類の魔物を作成する存在なんです。
大迷宮から定期的に新種の魔物達が解き放たれて、時にはアーシュランにまで来てしまうこともあるんですよ。
大迷宮の中は他の拠点同様に強い魔獣や魔物だらけな上に、瘴気塗れで軍を差し向けても、瘴気病になってしまうので外部に漏れた魔物を狩るのが精一杯なのが現状です」
ルミィ大先生の説明に、時夫は賢そうな表情を作りつつ、うんうんと頷く。
「つまり、聖女やら勇者やら神聖魔法使いである俺たちパーティなら、瘴気の中でも軍隊よりは戦えるってことか……。
それで、なんでまたノマって国に行きたいんだ?そのアステリオを倒したいのか?」
別に今は変な魔物がこちらの国を襲っているなんて話は聞いてない。
邪教徒が居座ってるのは可哀想だが、マルズ国なんて、邪教徒が国のアイドルみたいな存在になってるし、他にも拠点はアチコチ有るだろうに、何故そこを気にするのかわからない。
「私の目的は邪教徒討伐ではありません。
実は、大迷宮は邪教徒が作ったんじゃ無いんです。
勝手に住み着いちゃって邪魔なんですよ。
そこは古代魔法都市のあった場所で、古代魔法に関わる記録が保管されているという噂がありまして……そこにもしかしたら知りたい情報があるかも知れないので……」
「あるとは限らなくても行きたいのか?」
時夫はルミィの意思を確認する。危険な場所だ。外国だし、好奇心だけで行っていい所ではないと思う。
「……そうですね。無いかも知れません。でも、可能性があらなら、私一人でも行きます」
ルミィは本気の顔をしている。
「そんな所に一人で行かせる訳ないだろ。
俺も行くよ。
大迷宮って、なんか響きが良いし」
こうして、また男子禁制神殿はしばらく空き家となる事になった。
家庭菜園に水をたっぷりあげたり、長期は放置して置けない、ひと目につかせたくないものを『空間収納』にしまったり、物品を買い出しに行ったりして、準備を整えた。
大迷宮攻略って冒険者っぽいな。
出発!!
遅くなりましたが新章です。




