第38話 被害拡大
聖女と王子は学校を休学して巡礼の旅に出た。
そして、王子の乳母子苦労人のリックも付いていくし、生活魔法のカリスマの時夫も付いていくし、クラス2冒険者にして用務員道の求道者兼神官のルミィもついて行く豪華な旅路だ。
神殿を空けるのは心配だったが、リックとルミィの方で女性の看護師を配備してくれたらしいので、あとはゾフィーラ婆さんが元気でやっていってくれる事を祈るのみだ。
なんか婆さんにお土産でも持って帰れれば良いな。
ゾフィーラ婆さんは雰囲気が北関東の方の母方の婆ちゃんに似ているので、時夫は外に出たら必ず手土産を持って帰る事にしている。
ゾフィーラ婆さんもちょっと東の民っぽさのある顔なんだよな。
ボケちゃってるから、なんでずっと神殿にいるのかもわからないし、ルミィが神殿に来た時には既にボケ掛けてたらしい。
ふと、久しぶりに日本の事、婆ちゃんのことをそのまま考える。
時夫のことをよく可愛がってくれた婆ちゃんは、時夫が行方不明になったなんて知ったらショックで死んでしまうのでは無いだろうか?
幼い頃に時夫が少しの時間迷子になっただけで、ずっと泣き続け、貰い泣きする時夫をいつまでも抱きしめ続けた小柄な祖母を思い出すと胸が痛む。
時夫にとっては、両親以外の親類と言える存在は、祖母と大叔父くらいしかいない。
父方祖父母が母子家庭育ちの母を嫌ったために、時夫は父方の親類とは全く疎遠に育った。
莫大な遺産でもくれるとかじゃ無ければ、父方とは今後も関わりを持つことはないだろう。
両親は……のんびりとした性格だから、時夫の行方不明に未だ気がついて無くても驚かない。
便りがないのが良い便りくらいに思ってそうだ。
たかくん、ゆりちゃんなんて良い歳して呼び合う二人の世界をお持ちの両親には、年に一回会えば良い方だ。別に仲が悪いわけじゃないけど。
閑話休題。そろそろ次の街に行くようだ。
伊織のタイミングに合わせた祈りは、ちゃんと効いているようで、看護師が止めるのも聞かずに、ベッドから起き上がって伊織に感謝を伝える人が何人もいた。
先日の断罪イベント不発により、王子が大人しくなった事と、伊織が平民であるという情報をもとに組み立て直された再教育の成果もあって、伊織は少しずつ周囲の女子に受け入れられつつある。
特にパトリーシャ嬢がこれまで以上に伊織をサポートしていて、王子の周りにいた御学友の男子生徒から、パトリーシャ嬢と仲の良い女子数人が伊織を守ることで、学園の雰囲気は随分と良くなった。
女子は結束すると強いようだ。
伊織も必死に周囲の有力者男子に媚びなくても、一人である程度やっていける自信がついたようで、前よりも笑顔が明るく自然になった。
そして、旅路に出る際には、親しくなった令嬢達から様々な贈り物をされて、しばしの別れを惜しまれ、安全を祈られていた。
謎の断罪イベントが、伊織の状況を随分と良くするきっかけになった模様。
そして、王子は地に落ちた威信を取り戻すために、この巡礼の旅ではかなり気合を入れているのが、側から見ててもわかる。
無意味に周りの人を鼓舞する様な演説をしたり、新聞記者相手に猛烈アピールしたり、忙しそうだ。
アレックス王子は追い詰められていた。
そして、パトリーシャ嬢はえらく力のある公爵家の娘だったらしい。
今まで目立たなかった、側妃を母に持つ第二王子が、パトリーシャ嬢と婚約したことで急遽王位継承権争いの有力株となってしまったのだ。
そして、公爵家の後押しを受けて、これまで王妃の目を気にして控えていた公務や、瘴気病対策に積極的に乗り出し、国民の人気も高くなってきている。
第二王子のことは会ったことないし、よく分からないが、パトリーシャ嬢がしっかり者なので、頑張っていただきたい。
時夫はルミィの影響もあって第一王子のアンチである。
この旅の目的の一つに王子から伊織を守ることもあったりする。
パトリーシャ嬢を失った王子は、聖女の肩書を持つ伊織の名声目当てに新たな婚約者の最有力候補として見ている様だ。
伊織は日本に戻りたがっているし、王子の魔の手が伸びない様に、気を引き締めなくては!
そんな伊織は、カッコつけて記者と話している王子そっちのけで、看護師顔負けに患者の間を行き来し、汗を拭いてやり、水を飲むのを手伝ってやり、生き生きとしていた。
「聖女様お疲れ。少しは休憩したら?」
時夫は伊織に声を掛けた。
「トッキーさん!あともう少しだけ頑張ります。
……私、こうして皆さんの役に立てて今、凄く嬉しいんです。
苦しんでいる人を助けられるなら、この世界に来て良かったって、ようやく心から思える様になったんです。
少し前までは……自分がこれからどうなるんだろうって不安ばかりでしたが、今はやっと周りの人たちのこと考えられる様になったんです」
「そっか、良かったな」
時夫は心から言った。
「トッキーさんのお陰です」
伊織は祈る様に手を組んで時夫に言った。
「俺なんもしてないよ」
マジで何にもしてない。パトリーシャ嬢が全部やった。
「ううん。パトリーシャから聞きました。リックに話をつけたり、パトリーシャに事前にあの日に何が起こるか教えたりしてくれたって」
「それは俺の相棒の手柄が大きいからなぁ」
頬をポリポリ掻きながら、時夫はルミィの方を見た。
ルミィは親の見舞いに来たらしい小さい子供にフードを引っ張られてアワアワしている。
「あの……トッキーさん」
「ん?何?」
時夫は伊織の方に向き直る。
「トッキーさんとルミィさんって付き合ってるんですか?」
モジモジしながら伊織が聞いてきた。耳が少し赤い。質問してから恥ずかしくなった様だ。
女の子は恋バナ好きなんだなぁ。
「ナイナイ!俺とあいつは相棒だから!単なる仕事仲間みたいなもん!」
笑いながら右手を顔の前で左右に振って否定する。何故か少しチクリと胸が痛む。気のせいだ。
「そうなんですね!」
伊織が歯を見せて笑った後、慌てて口元を手で押さえた。淑女教育はまだまだのようだ。
その時、慌てた様子でリックが王子に何か耳打ちするのが視界の端で確認できた。
王子は興味なさそうに、しっしっと手を振ってリックを追い返す。
そして、再び新聞記者相手に機嫌よさそうに大仰な身振り手振りで何かを語り始める。
時夫は、そっとリックに近づいて何を王子に囁いたのか聞いてみた。
「隣の国でも邪教徒カズオの襲撃ありました。
……離れた街がネズミや猫やカラスに同時に襲われたそうです。
被害人数は不明ですが……この国での被害を遥かに超える人数が一度に瘴気病に……」
リックは頭痛を耐えているような顔をしている。
「それってヤバいんじゃないか?なんで王子は楽しそうなんだ?」
カズオ抜きでも魔獣たちは街を襲うなら、どれだけ被害が増えていくことか……。
リックの頭痛の種の不安材料はさらに続く。
「それと、この国の南部でカラスの個体数を減らすために森に火を放つ集団が現れ、大規模な山火事が発生しています。
このまま邪教徒の襲撃が続けば、国内の混乱や、他国からの干渉も懸念しなくてはなりません……。
暴動や戦争に繋がる前に、邪教徒を討伐しなくては……」
やはり、結局は対処療法ではダメなのだ。
原因を……カズオをどうにかしなくてはいけない。




