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第133話 終わらない旅

 時夫は伊織を自宅の近くまで送った。


「あの!……連絡先交換しませんか?」


「ん?良いけど……」


 伊織は携帯電話を取り出し……


「あ……そう言えば充電は向こうに行ってから数日で切れちゃったんでした」


 伊織がペロリと舌を出す。


「じゃあ、メールアドレス書いとくから何かあったら連絡してよ」


 カバンからメモ帳を出してボールペンで書きつけて渡した。

 女子高生に連絡先渡す30歳……犯罪の匂いしかしないな。


 伊織はそこは気にならないらしく、ニコッと歯を見せて笑って受け取った。

 結局お上品な笑い方は身に付かなかったみたいだけど、それで良かった……と思う。


「じゃあ、早く親御さんに顔見せてやりなよ。あと、携帯も充電したらお友達も心配してるだろうし」


「はい!落ち着いたら連絡しますから!」


「おう!待ってる!」


 伊織と手を振って別れる。

 多分これから苦労もあるだろうが、明るい表情を見ると、伊織はこれから青春をすぐにでも取り戻してみせるだろう。

 そして、異世界での事は辛いこともあったけど、きっと良い思い出に変えていけるはずだ。


「はぁ…………」


 時夫は一人になってから思いっきりため息を吐いた。

 携帯を弄ってルミィの写真を眺める。


「はぁ…………」


 自分が現在不審者だという自覚があるので、歩きながら一番気に入ってるルミィの寝顔の画像を待ち受けに設定しつつ、時夫はとりあえずアパートに向かった。


「………他の人が借りてるっぽいな」


 コソコソと元自分の部屋を確認して、人の気配があったので入るのは止めておいた。

 行方不明になってから家族が荷物は引き取ってくれたのだろうか。

 大家さんには迷惑をかけてしまった。


「実家……帰るかぁ」


 自宅に電話を掛けると、母親が出た。


『時夫!?……オレオレ詐欺!?』


「違うって!本物!」


『うちにお金なんてありません!』


「知ってるよ。親父に代わってよ」


『たかくーん!オレオレ詐欺の人ー!』


 母親が相変わらず過ぎて肩の力が抜ける。


『あ、初めまして、時田です』


 父親がオレオレ詐欺相手だと思い込んでいる相手に、何故か丁寧に挨拶してくる。


「だから本物の時夫!行方不明扱いだっただろうけど……ようやく連絡できる様になったの!」


『おお!!声ちょっと似てるかも!!おーい!ゆりちゃん!声似てないか?詐欺の人は声真似凄いな!ゆりちゃーん!」


「だーかーらー!……ああもう!とにかく今から帰るから!」


 時夫は一方的に宣言して通話を切った。

 そして、自分が知らない間に口元が緩んでいるのを自覚した。


 なんやかんやで両親の顔を久々に見ておきたい。向こうでも少しは気掛かりだった。

 ……両親に再会させてくれたルミィ達には感謝しなくては。



 都会でもなく田舎でも無い、特にこれと言って特徴のない町の、特徴に薄い実家に帰ってきた。


 ――ピンポーン


 インターホンを押すと、少しして玄関を開けて母親が顔を出した。

 そして、すぐ引っ込める。


「あら〜、本当に時夫だわ。たかくーん!時夫来たよー」


「えー?本物か?そんなにそっくり?」


「多分本物!ほら!ね!?」


 母親に押されて父親も顔を覗かせる。


「本当だ。何してんだよ、早くあがれよー」


 家に上がると、詐欺師が来るかもしれないということで、野球のバットがリビングに用意されてた。


「知らない奴が来たらこれで退治してやろうと思ってな」


 父親が得意げに構えるのを時夫は白けた顔で見つめる。


「やめとけって。また腰痛めるぞ」


 ぎっくり腰は再発しやすいのだ。

 本物の詐欺師相手なら反撃されて余計に危険だ。

 

「ほら、駅前のケーキ屋さんでアンタの好きなケーキ買っておいたの。

 もしかしたら本物かもって思って。ねー?たかくん?」


「ゆりちゃんの好きなアップルパイもあって良かったね」


「ふふふ〜。ダイエット中なのに太っちゃうわぁ」


「ゆりちゃんはそのままで可愛いよ。もっと太ったって可愛いから大丈夫!」


「たかくんったら〜もぅ〜」


「………………」


 なんで久々に日本に帰って来て早々に、いい歳した両親の謎の掛け合いを見せられなくてはいけないのか。


「時夫ちゃん……本当に…………帰ってきたのかい?」


「え!?婆ちゃん?来てたの!?」


 なんとリビングに婆ちゃんが入ってきた。


「違うのよ〜。おばあちゃんねぇ、時夫が居なくなったって教えたら、時夫のことが心配でうっかりボヤ起こしちゃったから同居する事にしたの」


「そうなんだ……怪我しなかった?火傷とか。ごめん、婆ちゃん、心配かけて」


 時夫は婆ちゃんに駆け寄る。

 久々に見る祖母は以前よりも更に小さくなった様に見えた。


「良かった……本当に。ああ……お父さん…………」


 時夫の両手をカサついた手で握りしめて、白い睫毛を濡らし始める。

 時夫も釣られて泣きそうになる。

 時夫は婆ちゃん子だった。


「あのさ……信じてもらうの難しいかも知れないけど、居ない間どこで何してたか聞いて欲しいんだけど」


「あら?長くなりそう?お茶菓子用意するから待ってて」


「ゆりちゃん、僕も手伝うよ」


「え〜良いのに〜。じゃあ、お茶淹れてる間にこれお盆で運んでて」


「うん!」


「…………………………………………」


 この夫婦は隙あらばイチャイチャせずに居られないのか?

 思春期は結構キツかった。

 今はなんとか耐えられる。

 時夫も大人になったのだ。


 時夫はミルクレープを食べつつ、湯呑みに入った熱いお茶を火傷に気を付けつつ啜る。

 両親はお揃いのアップルパイだ。父は特にアップルパイは好きではなかったが、いつも母と同じ物を選びたがる。

 祖母はオーソドックスな苺のケーキだった。


 時夫が掻い摘みながら語る不思議な世界の話を、祖母も両親も偶に相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。

 そして、時夫はカードケースとボロボロの写真を取り出してテーブルに置く。

 包んだ遺髪も添える。


 信じ難いような彼方の事を家族に説明しようと思った最大の理由。

 祖父、山元数夫の人生と死を告げなくてはいけない。

 時夫はその為に日本に帰って来たと言っても過言ではない。……ルミィもきっと、この時のためにあらゆる手立てを持って時夫を送り出してくれた。


「お爺ちゃん……山元数夫さんと向こうで会ったよ。

 俺が直接看取った。

 これが証拠だよ。ずっと……五十年間大事に持っていたらしい。

 これ、婆ちゃんとお袋だろ」


 時夫は千切れてボロボロの写真を渡す。

 顔の判別なんて普通の人なら出来なくなっている様な有様だ。

 近い席の母が先に受け取り、すぐに祖母に渡した。


 祖母はそれを大事に胸に抱いてポロポロと涙を溢した。


「その……カードケースもね、わたしがあげた物なんだよ…………」


 母が祖母の背を撫でて落ち着くのを待つ。

 

 その後は簡単に説明しながら、携帯の画像を見せる。

 ……もちろん見せる画像は全てではない。

 が、


「もしかして、この女の子のこと好きだったの?」


 母はのんびりしてる癖に鋭かった。


「え!?え!?なんで!?え……!?」


 時夫は咄嗟にうまく誤魔化せる程世渡り上手じゃ無かった。

 顔が熱くなってくるのを感じる。

 緩くなった緑茶を飲んで誤魔化す。

 ……誤魔化されろ!!


「こっちに戻って来て良かったのか?振られたのか?」


 父親はデリカシーに欠けていた。

 この父親に似ないで良かった。


「ぃや?別に……振られたりとかは?」


 時夫はゴニョゴニョと否定した。

 決して振られて無いのだ。

 何故か子供用の酒で酔ってしまった勢いとは言え、ルミィの方から迫られて……酔って記憶改竄してないよな?

 とにかくルミィだって時夫のことを好きでいてくれた感じに決まっている。

 

「……こっちに戻って来て良かったの?」


 婆ちゃんも心配そうにし始めた。


「いや……まあ、そのうちあっちに戻る事になるかも知れないし?

 そん時はまあ心配しないで。

 あっちじゃ店とか持ってたり金持ちだったから!

 あ、そうだ!これちょっと持って来た奴!」


 そう……時夫は向こうのゴルダ金貨を少しくすねて来ていた。

 売れるかな?

 ……変な事したらトラブルの元か?


「あら、綺麗ね。一つちょうだい」


 欲望の表明がどストレートで上手いところが母の長所だった。


「別に全部でも良いけど……」


 金貨を渡して、ミルクレープを食べ切る。

 今後の事考えないとなぁ……仕事、早く見つけないと。


「なあ、時夫」


「ん?何?」


 親父が少しだけ改まった顔をしている。


「向こうの世界に行きたければ行っていいんだぞ。

 ……そりゃあ、息子が連絡つかなくなったら心配はするが、でも、惚れた女には一直線!これが時田家の家訓だ。

 僕も全部を捨ててゆりちゃんと結婚した。

 後悔は一つもしてないからな!」


「まあ!たかくん!男前!日本一!!」


 真面目な顔してまたしても惚気出した。

 隙を見せた時夫の方が悪いのだろう。


「時夫ちゃん、ばあちゃんはいつだって時夫ちゃんの味方だからね。

 ばあちゃんは寂しいけど、好きな女の子がいるなら、向こうに行っても良いんだからね」


「そうそう!頑張りなさいよ!」


 婆ちゃんも父も母も許可出してくれた。

 自分は本当に家族に恵まれた。


「……つっても呼んでくれるのを待つしか無いけどな」


 …………ルミィの最後の言葉を思い出す。

 また会おうと言ってくれた。

 もしかしたら、また召喚を試みてくれるかも知れない。

 それで一億人以上いる日本人の中から、上手い事時夫を呼び出せるのかどうか。


「気長に待つよ」


 長生きしよう。




 それから時夫は、実家から通える場所で再就職した。

 給料は前より低いが、実家で両親に甘えているので、少しずつだが貯金も出来ている。

 同僚には、外国人コスプレイヤーの画像を携帯の待受にするちょっと気持ち悪い奴と認識されていて、お陰様で女性職員には少し距離を置かれている……被害妄想かも知れない。


 以前よりものんびりとした生活を送り、一人になるとルミィの画像データを眺めつつ、異世界での日々を思い返している。


 伊織とは、日本に戻ってきて最初の数ヶ月だけ偶にメールで連絡を取り合い、その後は年賀状だけの付き合いになっている。

 もしも、年賀状が途絶えたら、また異世界に呼ばれたと思って欲しいと伝えている。

 


 そして、日本に帰還して5年の月日が経った。

 

 大晦日の夜。

 みかんを家族で食べながら、コタツでテレビを見てまったりと過ごしていた。


「ほら、ゆりちゃん、みかんもっと食べる?いくらでも剥いてあげるよ」


「やっだぁ、たかくん!そんなに沢山食べたらお肌が黄色くなっちゃう」


 何年経とうが両親のイチャイチャって慣れないなー。

 時夫は肌の色には拘らないので、ガンガンみかんを消費している。

 お婆ちゃんものんびりと食べている様に見せかけて、よく見ると結構な量食ってるな。

 


 携帯を弄りつつ完全に気を抜いていた、その時……



 床が眩い光を放った。

 部屋全体が白い光に包まれ、反応する暇も無かった。


 目が慣れる前に、周囲の空気が変わった事に気がついた。

 期待に心臓が激しく鼓動を鳴らす。

 潜められた騒めきが広い空間に反響し、こだましている。

 光にやられた目が慣れて周囲が見えてきた。


 そして、


「待ちなさい!」


 時夫が懐かしい女の声がした方向を見ると、金髪に青灰色の大きな瞳の少女が一直線に時夫に駆け寄って来ていた。


 時夫はその豪奢なドレスを着た少女から目が離せなくなる。

 少女以外…………何も見えなくなる。


 時夫はコタツから出て少女に自分からも近付く。

 記憶にある……携帯に保存した画像で毎日見ていたのとほぼ変わらない顔立ち。


「…………まさか、ルミィ……なのか?」


 時夫は跪いてその3()()()4()()()()()()()()()()()()少女の顔を正面から見つめた。

 いや、小さい子の年齢とか時夫には正確には分からないが。


「ま……まさかルミィ!金粉スライムを使って若返り過ぎたのか!?」


 時夫は慄いた。

 自分が預けていたスライムでそんな事に!?


 


「そんな訳ないでしょう!」

 


 少女のすぐ後ろにドレスの女性が近づき、少女の肩に白い手を添える。

 時夫は顔を上げ、今度こそ驚きに息を止めた。


「久しぶりですね、トキオ」


 金色の髪を優雅に結い上げ、青灰色の瞳は真っ直ぐに時夫を見つめていた。

 時夫が知っている通りの再会を夢見続けた存在。


「ルミィ!」


 トキオは立ち上がり、そして、視線をまた下に。


「こ……この女の子は?」


「娘のティナです」


「む、娘………………」


 まさかあの時!?いや、一回でそんな?

 それよりも……結婚適齢期を少し過ぎてたお姫様だし、周囲が放っておくはずが…………。


「お、おめでとうございます……?」


 時夫はオズオズと祝福を述べた。

 精神を守るために覚悟を決める。

 こちらが夫です――とか言われてもショック死しないように!


「おめでとう……って、さては変な事考えてますね?

 この子はあなたの子です。

 ティナ、お父様にご挨拶なさい」


「はじめまして。ティナです」


 ティナはニコッと笑った。


「か……可愛い!」


 時夫に一つも似ていないお人形さんの様な顔に、時夫はイチコロだった。

 今後はこの子の為に生命の全てを捧げます。


「それでトキオ、後ろの方達は?」


「後ろ?」


 振り返ると、そこにはコタツの中でポカンと呆けた顔をした時田ファミリーが勢揃いしているのだった。


「マジか……ついて来ちゃったのか。

 えーっと……あれが俺の両親と祖母だよ。

 祖母はカズオ爺さんの奥さんね」


「ご家族!?ご挨拶しないと!ほら、ティナ行きますよ」


 ルミィが娘の手を引いてコタツに向かう。

 煌びやかな王宮に置かれたコタツとその中で固まる家族……シュール過ぎる光景だ。



「久しぶりね、時夫くん」


「やあやあ、上手くいって良かった良かった」


 声をかけて来たのはイーナ……と思われる少女だ。当然ながら前よりも成長して中学生くらいに見える。

 そして、薬屋の魔女が相変わらずのとんがり帽子でそこでニヤニヤと時夫を揶揄う様に見ていた。

 服は前よりも装飾が増えてるな。景気が良いのかな。


「おお!久しぶりだな!」


「ふふふ……私に感謝して欲しいなぁ。

 君をここに呼び寄せられたのは私のお陰だもんねぇ」


 薬屋がイヤな笑みを浮かべてる。


「どういう事だよ?」


「君をピンポイントでこの世界に呼び寄せるのに、ティナ姫を利用したのさ。

 君と血の繋がるお姫様をね」


「それが何で店主のお陰に?」


 時夫の質問に薬屋の魔女は大袈裟に目を見開いて、驚いたフリをする。


「おや?まだお気付きではない?

 お客さん……じゃ無くて聖者様か。

 聖者様のヘタレが急に女性に強く迫れたのはどうしてだと思う?

 そして、一晩で子供が出来る確率って普通ならどんなもんか知ってる?」


「ま……さか」


 時夫は思い出す。

 人魚の涙から作られた媚薬と、確実に妊娠させる薬…………。


「確か……王族に渡したって」


「正解!」


 薬屋は数年掛かりのイタズラをようやくネタバラシ出来たのを喜び、腹を抱えて笑い出した。

 チョコレート作りを手伝わせた時に、こいつが薬を渡したと言っていた王族とはルミィの事だったのだ。


「ルミィちゃんを許してあげてね、時夫くん。

 あの子、必死だったのよ。

 あなたを失いたく無いけど、あなたを家族と再会させたいって」


 イーナがルミィを庇う。


「いや、うん。ただ驚いただけだから」


 時夫は最近更に涙脆くなった祖母が、ひ孫を泣きながら頭を撫でているのを見て、貰い泣きしそうになる。

 時夫はとにかくお婆ちゃん子であった。


「ふふ……私は王宮に仕える事になったから今後はよく顔を合わせる事になりそうだからよろしくね。

 ラビンも一緒だよ」


 そう言う薬屋の目線を追うと、そこには成長してイケメンになったウサギ獣人の青年がいた。


「じゃあ……仕事あるから。またね」


 とんがり帽子の魔女は楽しそうな足取りで、美青年と共に立ち去った。


「イーナも相変わらず神殿にいるの?」


「いいえ、私は神殿のトップに……と言うよりも、神の代理人になったわ」


「神の……?アルマの?」


 どういう事かと首を傾げる時夫に、イーナは首を横に振って否定する。


「今はこの世界を司るのは原初の神レグラよ。

 大迷宮の方に行って交流を持つようになったのよ。

 そして、彼女に協力して貰って、女神アルマはこの世界の管理者をお役御免になったの。

 神々の間で問題にして貰ったのもあるけど、そもそもがレグラの世界だものね。

 アルマとハーシュレイの姉妹神のせいで一つの世界が長く混乱し続けて、良くない方に変質してしまったから、姉妹神は神格を落とす事になったらしいわ。

 暫くは……数千年間は、どこの世界も担当できないそうだから安心して良いわ」


 それを聞いて、時夫はスッキリした。


「良かった。アルマも悪い奴じゃ無い……と言い切れないけど、とにかく、迷惑な奴だったもんな。

 数千年も反省すれば少しは性格もマシになりそうだ」


「そうね……私も迷惑掛けられたもの。

 それでね、レグラも幾つかの世界を担当する事になってしまって忙しいから、私にこの世界に関わる神としての仕事の殆ど全てと、それをこなせるだけの強大な力を授けてくれたわ。

 ……それもあって時夫くんを呼び出せたのよ。

 でも、家族まで呼んじゃって悪かったわ。

 家族は日本に帰れるようにするから……」


「まあ、それは追々考えよう。

 イーナにも俺の家族を紹介するよ」



 時夫の両親は持ち前の図太い精神で、異世界に来たことを受け入れた。

 祖母は家族がいれば場所は気にしない様子だった。



 それから、時夫の家族は王都に用意された家で暮らす事になった。

 祖母とカズオの死んだ場所に手を合わせに行ったり、温泉に連れて行ったり、孝行出来たのは素直に嬉しい。

 どうやら日本に帰るつもりは無いようだった。


「いやぁー、父さんスローライフってずっと夢だったんだよ」


「良いわねぇ、家族でのんびり過ごすのも」


 両親は家庭菜園をしたり、スライムの世話をしたり……お金や時間に縛らず、のんびり暮らすという老後の夢を早めに叶えてしまっていた。

 王室からの支援金と、時夫の稼ぎで生活費は潤沢にある。

 生活魔法も結構な腕前で血筋を感じる。

 召喚された日本人の中での圧倒的な勝ち組であった。


 時夫は街で店を営みつつ、王宮で文官としての仕事をリックに教わっている。

 筋が良いと褒められて嬉しい。

 リックもバカ王子がいなくなって、少し顔色が良くなったようで、前よりも朗らかになっていた。


「ん?あれ?次の訪問者って?」


 ルミィのスケジュールは時夫が管理しているが、リックにまだまだ確認しながらの作業になっている。

 先ほどは警察署長に昇任したモルガー刑事が来ていた。


「はい。ターク・ナーデッドさんですね。

 この国のみならず、世界中に早期教育よ重要性を説き、識字率の大幅アップに貢献した人です。

 知らない人は居ない偉人ですよ。

 ご家族で来る予定です」


「そんな……バカな…………いや、同姓同名か?」


 そして、出迎えてみると、前よりも少しシャッキリした顔をしているタークがいた。

 怪盗タコネズミこと、タリサもいる。

 そして、タリサは赤子を抱いている。


「本当に……タークだったとは」


「失礼な。僕は昔から教育に関心があった」


「タークさんは、女性を性犯罪から守る活動も行なっているんですよ」


 リックが説明する。


「女性と子供の笑顔を守りたい……犯罪者は許せない……」


「いやいやいや……もはや誰だよお前」


 キリッとしたタークに時夫は思わずツッコミを入れる。


「娘のルイズも生まれたからな。

 この国……この世界をより良いものにしなくては」


 時夫がいなかった間に随分と変わってしまったようだ。



 そして、全てのスケジュールを終えた。

 ルミィと共に、メイドのレティシャに預けている娘を迎えに行く。


「お母様!お父様!」


 ティナが駆け寄ってくる。


「姫様は大変良い子でしたよ」


 レティシャは昔ほどは時夫を目の敵にはしていない。

 ティナの目もあるからな。

 娘を大事にしてくれていて助かっている。


「ねえねえ、お母様!今日はお外のおうちに行きたいの」


「そうねぇ、そうしましょう」


 時夫達は王宮で基本過ごしているが、両親と祖母の暮らす家の近くに一軒家を持っていて、そこで偶に過ごしている。

 小さくて素朴な家に見せかけて、ウィルに頼んで防犯装置の魔道具を大量に付けまくった要塞だったりするのだが。


 時夫もルミィも市井で生きるのに慣れているので、王宮よりも落ち着いて過ごすことが出来ている。

 ティナも気に入ってくれている様子で何よりだ。

 今は穏やかな時間を過ごせている。

 

 ティナは寝かしつけの時、よく同じ質問をしてくる。

 

「ねえ、お父様はお母様のどこがすき?」


「優しい所だよ。それに、諦めないで努力するところかな」


「お母様は?お父様のどこがすき?」


「優しい所ですよ。色々な人に手を差し伸べてしまう所ですよ」


「私は?私はすき?」


「全部大好きだよ」


「あなたは私達の宝物ですよ」

 

 優しく頭を撫でてやっていると、ティナはようやくスゥスゥと寝息を立て始めた。


「よし、眠った」


 いつまでも見ていられる可愛い寝顔だ。

 ルミィの寝顔を見るのも好きだったけど、こっちもずっと見ていられる。


「ねぇ……トキオ」


「ん?何?」


「そろそろ二人目欲しいかなぁ……なんて。

 薬もまだありますよ」


 び……媚薬?

 では無く妊娠確率100%にする方か。

 いや、別に媚薬使いたいとか、そういう願望がある訳では無いですが。


「そうだなぁ……ティナも弟か妹欲しいかな?」


「お友達に最近弟が生まれて羨ましがってたんですよ」


 ティナは貴族の子供とも、平民の子供とも仲良く遊んでいる。

 もしかすると、将来国を背負う事になるかも知れない子だ。

 沢山の知見を得て欲しい。


「俺、一人っ子だったし、親戚に年の近い人とかいなかったから少し寂しかったところがあるんだ。

 ……子供、沢山欲しいって言ったら駄目かな?」


「良いですよ。私もあなたの子供、沢山欲しいです」


 そう言いながら、ルミィは時夫に手を絡ませてきた。

 その手をギュッと握って、抱き寄せて唇を重ねる。


 子供部屋の電気を消して、寝室に向かった。


「愛してるよ、ルミィ」


 何度も囁いた。

 ずっと言いたくても言えなかった時期の分まで。



 ルミィはやがて女王となった。

 その側で、時夫は聖者として、王配として女王を支えてアーシュラン国に更なる繁栄をもたらした。

 

 エルミナ女王と聖者トキョは何故か中々歳を取らず、二百年……書物によっては三百年生きたという記録すらあるが、その真偽は定かでは無い。

 今も生き続けていると言う歴史家までいる始末だ。


 女王が子供に代を譲った後は、二人で冒険の旅に出たとされている。

 世界各地に様々な逸話が残されており、唄や演劇、童話にまでその活躍は残されている。




「見ろ!ルミィ!あれが伝説のスライムの成る木だ!

 枝を持って帰るぞ!」


「本当にそんな物が存在するとか思いませんでしたよ……。

 ほら、暗くなる前に早く宿に戻りますよ」

 

「これで金粉スライムの増産が可能になるかも知れない。

 これは凄い発見だ!これでまだまだ旅を続ける事が出来るんだ!」


 枝を高々と掲げてニヤニヤと笑って、更なるスライム研究に思いを馳せる。


「ほら、トキオ!早くしてくださいよ!置いて行っちゃいますよ」


「待ってくれ!あともう少しだけ多めに持って帰りたい!」


「もう!早くお願いしますよ!」


 この世界の人々は、嫌な気持ちや不幸な気持ちになった時には空を見上げる。

 杖で空を駆ける二人を見た人には、幸せが訪れるという話は有名だ。

  

 今日も空を指差し笑顔になった人がいる。

 

 

 

 


 


 

 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

日付変わるギリギリの完結です。


今後は、偶に読みづらい所を改稿する事はあると思いますが、とりあえずの完結です。

もしかしたら、時夫帰還前の時期の短編を書くこともあるかも?無いかも?ですがストーリーはこれで完全に終了です。


良ければ最後の機会なので、まだの方はいいね、ブクマ、⭐︎の評価で作品の支援をしていただけたら、とても嬉しいです。

既に評価等いただいている方、連載を支えていただきありがとうございました。


追伸 イラストとか全然描けなかったし、下手なままなのが心残りです。

これから描く機会あれば良いなぁ



完結後にブクマや⭐︎での評価を早速付けてくださる方が増えて、大変ありがたいです!

皆様の支援にこの場を借りて感謝申し上げます!

でも、エピローグまで読み終わってから支援してくれた人達、ここ見る機会ないかもなぁ(´;Д;`)本当にありがとう!

……伝われ!




追加 新作ここに貼っておきます。

ケモ耳尻尾の銀髪の女の子が主人公のファンタジーで、恋愛色強めです

https://ncode.syosetu.com/n5661jt/

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