第132話 帰還
帰還に向けてルミィはずっと前から準備を進めてくれていたらしい。
大迷宮で大量の古代魔法資料を得てからは、ルミィとイーナ、そして王宮や神殿にいる研究者達を集め、さらには五十年前の日本人召喚に携わった者の生き残りまで駆り出して進めたそうだ。
この世界と日本との行き来にも、適した日があるらしい。
この機会を逃せばあと何年も待つ事になるかも知れないそうだ。
下手をすれば何十年も…………。
王室が便利な日本人をガンガン呼びつけなかったのは、そこら辺も理由だったそうだが、あまりにも急だ。
よく眠れないままに、朝になってしまった。
頭がボンヤリする。
「トキオ、今日は私とデートをしましょう」
ルミィはニッコリ笑って言った。
「うん……」
時夫は力無く頷く。
明日には自分は日本に帰る。
その後は二度とルミィと会えないかも知れない。
引き留めてくれないのか?
時夫は自分がずっと引き留めて貰うのを期待し続けていた事を思い知った。
「トキオ……そんな顔しないで」
ルミィの笑顔が僅かに曇りかける。
「生まれた時からこんな顔だけど?」
上手く戯けられない。
「さあ……良い天気ですよ」
ルミィが時夫の手を取る。
「いってらっしゃい」
イーナが手を振り見送ってくれた。
空は晴れやかだ。雲一つない。
お姫様とのお忍びデートなんて男にとって夢のような状況なのに。
ルミィが時夫を見て笑いかけてくれる。
時夫も何とか笑顔を返す。
小さな柔らかな手を今は離さないようにしっかり握る。
お忍び中のお姫様は髪と瞳の色を残った変身ネックレスで変更している。
時夫がネックレスを片方駄目にしてしまったのは、あっさり許してくれた。
同種類、同クラスの魔石を見つけるのは難しいが、修理は不可能では無いと。
ミルクティー色の髪も綺麗だが……
「いつもの髪とか……」
「ん?何ですか?」
「いや、変身してないルミィをなるべく覚えて帰りたい」
「……………………良いでしょう」
悪戯っぽく笑うと、一瞬の後に輝く金髪に涼やかな青灰色の瞳の美女が時夫を真っ直ぐ見つめていた。
その美貌を見た道ゆく人が、足を止める。
街中で見る筈のない姫君の姿に静かな動揺が走った。
「……注目されてるんだけど?」
「なら、更に注目を集めましょう」
ルミィは杖を取り出した。
「さあ、行きますよ」
時夫とルミィは空に飛び立った。
その姿を見上げた人達が、手を振るので時夫達も手を振りかえす。
空から街を散歩する。
知り合いの顔を見つける度に高度を落として、何度も何度も手を振る。
ウィルの家族が、薬屋の魔女とラビンが、ギルド長にコニーとフォクシーの姉妹が、タークとタリサが、モーガン刑事達が、串焼肉のオヤジさんが笑顔で手を振る。
学園の方にも少し顔を出して、用務員の師匠にも挨拶をした。
「俺……この世界好きだよ」
時夫は独り言のように呟いたが、
「良かったです。私にとっては生まれ育った世界なので」
ルミィは嬉しそうにそう言った。
それを聞いて、時夫は少しだけホッとする。
この世界でルミィは幸せに生きていけるだろう。
自分が居なくなっても、この理不尽な世界で沢山の人に愛されながら生きていける。
「ルミィ……ありがとうな」
「……急にお礼を言われると気持ち悪いですねぇ」
「ちょっ……ひでぇ!」
良かった。
明日はきっとドタバタしてゆっくり話す暇なんて無い。
こうしていつも通りの二人でいられて良かった。
時夫はルミィに後ろから抱きついた。
「ふふ……振り落とされないよう、しっかり捕まってて下さい。
飛ばしますよ!」
ルミィと二人、時夫は誰も居ない所まで高く高く昇った。
結局時夫達は夜まであちこちデートして見て回った。
国外もコッソリ行ってしまった。
辺りは暗くなり、満月が輝き出している。
「最近月一つしか見てないなぁ……」
キョロキョロ見回しても、もう一つの月が無い。
「え?だって神はもう一人になったじゃないですか?」
「んん?え?月の数と神の数って連動するの?」
「えー!そんな事も知らないんですか?子供でも知ってますよ。
月のこと何だと思ってたんですか?」
「そ……そうなのか」
帰還前日に知る新たな事実。
やはりこの世界の事はよく分からん!
地球とは違いすぎだろ!
「そろそろ帰りますよー」
すっかり住み慣れた神殿に帰る。
いつも通りの夕飯を食べて、イーナはいつも通りに早く寝た。
寝るのが惜しいなぁ……。
朝になって、それでもう日本に帰る。
今日はルミィの姿を沢山携帯電話で撮らせてもらった。
日本に帰ったら毎日眺めるんだろうなぁ。
……俺気持ち悪いな。
「トキオ……少し飲みませんか?」
ルミィが瓶2本とグラスを2つ持って来た。
「酒は……止めとこうぜ」
「心配しないで下さい。ほら、弱い奴ですよ。子供でも飲んだりする……」
確かにアルコール度数が少ない奴なのを確認する。
念のため一口舐めるが、大丈夫そうだ。
今まで頑張って理性でルミィを自分から守って来たのに、帰還前日に責任放棄でやらかす訳にはいかない。
「じゃあ……少しだけな」
フルーティな香りと子供も喜ぶ甘い味わいを楽しみながら、ルミィと他愛のない話をする。
「ほら、もっと飲んで下さい……」
「おう、ありがとう」
甘党なので、時夫は喜んで飲む。
「…………ルミィは……飲まないのか?」
「ん?私はアルコールは控えてるんです」
「そっか……ぁ」
微笑むルミィから良い匂いがする。
酒よりも甘い甘い甘い匂いが。
微笑むルミィの唇に目線が吸い寄せられる。
…………いかん。酔ってきた?こんな子供騙しのジュースの様な酒で?
「どうしました?トキオ?」
ルミィの声が優しく耳朶を打つ。
白い小さな手が、時夫の手にそっと重なる。
「ん……ちょっと酔ったの…………かな?」
暑い。
夏じゃ無いのに。
心臓がバクバクと音を立てて、ルミィの手の感触に神経が研ぎ澄まされる。
「トキオ……?」
気がついたら……ルミィが…………近い。
耳元に吐息が掛かる。
「トキオは具合が悪いんですよね?
ベッドに行きましょう」
「うん…………」
頭が上手く働かない。手を引かれるままに、ルミィの部屋に入って行く。
そして……ルミィがローブを脱ぎ去り…………えっと……服は畳まないのか?んー?なんか変だな?
ルミィの白い肌が網膜に焼き付く。
「トキオ……いいですよ?」
♢♢♢♢♢
「俺…………どうしたら………………どうしたら良いんだ!?」
時夫は苦悩していた。
起きたらルミィの部屋にいた。
記憶はしっかりある。
ルミィは既に起きている。朝食の準備をしてくれてると思う。
手伝いには行かずに、時夫はのそのそ服を着ていた。
ルミィが良いって言っても、そこは年上としてしっかりしておくべきだったのでは?
時夫はもう何があっても何の責任も取れないのに!?
時夫はせっせと証拠隠滅を図るようにベッドメイキングに勤しんだ。
最大級の魔力でクリーンアップ。
そして、持ちうる精神力を総動員してルミィとイーナに挨拶をする。
「おはよう…………」
「トキオ、おはようございます」
「時夫くん、もうご飯の準備出来てるわよ」
ルミィはいつも通り普通だった。
「ありがとう……いただきます。うん……美味しい」
味はよく分からないけど、とりあえず褒めておく。
空間収納の中身をルミィとイーナにそれぞれ引き継いで、世話になった住まいをルミィ達に手伝って貰いながら清掃しているうちに時間が経っていく。
その日の午後、時夫達は王宮に向かった。
ルミィは着替えて王族として相応しい装いになって、時夫達の帰還の儀式に挑む。
豪華なドレスもよく似合っている。
時夫もここにきた時に着ていたスーツ姿になっている。
「ついに日本に帰れるんですね」
伊織は日本の高校の制服に着替えている。
持ち物を学校鞄に詰め込んで、準備万端の様子だ。
心持ち晴れやかな顔をしている。
伊織にはここより日本の方が合っているのだろう。
準備は粛々進み、仰々しい式典を時夫はボンヤリと眺める。
国王が時夫達を讃えてくれている。
あれがルミィの父親か……。
この世界に来た時も多分見た筈だけど覚えてない。髪の色だけは娘とそっくりだ。
「聖者トキタ・トキョ……」
国王の挨拶で、時夫は自分が聖者と呼ばれる様になったのを知った。
確かにこんな真面目な場面でおっさんを聖女と呼び始めるのは正気の沙汰では無い。
リックが近づいて来た。
「では、こちらの魔法陣の真ん中にお二人で入って下さい」
伊織が先に行き、時夫が続こうとした時、
「トキオ!待って!」
ルミィが時夫の袖を指先で掴んで引き留めた。
「……トキオ、行かないで」
その大きな瞳から涙が溢れる。
振り向いた時夫の肩に顔をうずめた。
周囲が騒めく。
「ルミィ…………」
どうしたら良いかも分からずに、時夫はルミィの背にをそっと手を添えてポンポンと宥める様に優しく叩く。
「ルミィちゃん……」
イーナが近づいて来て声を掛けると、ルミィはそっと時夫から体を離した。
「トキオ……また会いましょう。
暫くさよならです」
青灰色の瞳を濡らしたまま、ルミィは笑った。
姫君はゆっくりと優雅に魔法陣から出て行く。
「……ああ、またな」
時夫も精一杯の笑顔を見せる。
ルミィと神官達が詠唱を始めた。
足元が輝きだす。
時夫はルミィを、ルミィは時夫だけを見つめたまま…………。
強い光に目が眩み、気が付けば時夫と伊織は日本に戻っていた。
時夫達が日本から呼び付けられたのと全く同じ場所だ。
通りすがりの二人組の女性が、突如光と共に現れた時夫達を見て、ヒソヒソしながら警戒するように通り過ぎる。
「帰って来た…………」
「日本……ですね」
咲きかけのソメイヨシノが季節を告げる。
確かに戻って来たのだ。
もう言う機会があんまり無いけど、いいね下さい!全話に下さい!
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何卒……何卒お願いします_:(´ཀ`」 ∠):




