第130話 ハーシュレイ
「――ぐっ…………!」
バカ王子が顔を腕で守りつつ飛び退こうとするも、上空からのルミィの攻撃は範囲が広い。
全身を切り裂かれ、呻き声を上げながらうつ伏せに倒れ伏す。
ザマァみろだな。
数多の風の刃と共に地上へ落ちてきたルミィが片膝をついて着地した。
風を操り落下の衝撃を殺す。
長い金髪が翼の様に広がり一瞬耳飾りが陽光を反射し煌めいた。
冷たい青灰色の目がアレックスを一瞬射抜き、フードを深く被ると直ぐに目を伏せた。
王子は何とかヨロヨロと体を起こして顔を上げるが、ルミィには大事な仕事があるから、暫く俺と遊んで貰おうか。
「エルミナ…………!?いや……偽物……?」
時夫も今は白いローブを着ているのと、一旦倒れて視線が外れたせいでアレックスは混乱している様だ。
ついでにイーナもルミィver.だから、同じ顔が周囲に三人いるのだ。
「クソッ!クソが!!」
アレックスは何度も呟きながら、体に纏う紫電の量を増やす。
…………やばい。
あんまり高速で動かれると厄介だ。
それに、触るとこっちが危険だ。他の魔法と違って掠るだけで体の自由が奪われる。
雷魔法は使い手が少ない希少なモノであるだけでは無く、攻撃能力はかなり高いと言って良い。
「どれだって構うものか!全員ぶっ殺してやる!」
イーナがすかさず幾筋もの光線を放ったが、アレックスを今はまだ殺したく無いために、僅かにダメージを与えるに留める。
「『滑り止め』」
とにかく足を止めさせようとしたが、アレックスは直ぐに察知して大きく飛躍し効果範囲を逃れる。
この王子そんなに強くないと思ってたが、殺せないとなると厄介だぞ!?
そう言えば学園何ちゃら大会二年連続覇者だったか……。
「『ハイドロ・ブリット』」
素早く移動するアレックスの足元が弾ける。
声のした方を見ると、リックが水を弾丸の様に発射し、アレックスを牽制しようとしていた。
しかし、アレックスは止まらない。
時夫が止めるしかない。
……スライムは電気嫌うしなぁ。
「『空間収納』」
必殺!タライ!
王子の頭上に次々と落とした!
が、簡単に弾かれる!
くそー!だったら……
「『散水』」
周辺一帯に水を撒く。
これで雷系の魔法は使えなくなるはず!
時夫も王子もずぶ濡れになった。
魔法が使えないなら時夫の勝ち……。
「トキオ!逃げて!」
ルミィが叫んだ。
濡れた前髪を顔に張り付かせたアレックスがニヤリと笑ったのが近くに見えて……。
「おい!危ないぞ!」
時夫の腕をグイッと引く者がいた。
その、不健康そうな見ると運気の落ちそうな顔は……
「ターク……!?何故ここに!」
ターク時夫をアレックスから引き離し、アレックスが時夫に向かって伸ばしていた腕を掴んでいた。
「雷魔法は水に濡れても、直接触れれば相手に電気を流せるんだぞ!
常識だろ。
タリサが子供たちは自分に任せておまいらを助けろって言うから来てやったんだ。
感謝しろ。……コニーたんとフォクシーたんに、僕の活躍を伝えとけよ。
他の奴らも駆け付けてくるよ」
タークは早口で言いたいことを一方的に言った。
「まあ、実際助かったよ……」
アレックスはそんな時夫たちを見て舌打ちすると、直ぐに本物のルミィの方に向かった。
「あ、マズイんじゃないか!?」
タークが慌てる。
こいつ実はいい奴なんじゃ無いかと偶に錯覚させてくるよな。
「死ね!エルミナ!」
勝ち誇った声は、姉を殺せるのが嬉しくて仕方がなさそうだった。
電撃を纏うアレックスの右腕がルミィに伸びた。
ルミィの首元に掴み掛かる。
――パリンッ!
ブワッと風がルミィの近くで巻き起こる。
ルミィのフードが外れて、姉弟の金色の髪が突風に翻る。
ルミィの顔の近くから、緑色のかけらがパラパラと落ちる。
時夫のプレゼントした耳飾りが持ち主を守る為に機能し……失われた。
ルミィは髪を乱す強い風の中で目を瞑っている。
「魔道具か……!?
おい!俺の目を見ろ!!」
アレックスが金色に輝く瞳を見せようと、姉に触れんばかりに顔を近づけ、空いている左手をその閉じた瞳に伸ばし……。
「女の顔に触れるな……人間」
長い金色の睫毛が震え、開かれた瞳は黄金の輝きを放っていた。
金色の瞳が至近距離で見つめ合う。
「なかなかの美男子ね」
アルマが機嫌良く笑ってピースをすると、惚けるアレックスの両目に躊躇なく突き刺した。
「目……目がぁ…………」
両目を抑えてアレックスがよろける。
神であるアルマ相手にはアレックスの洗脳も効かない。
アレックスが目を押さえている隙に時夫が素早く動いて、アルマにデコピンをかました。
そのまま、ルミィを抱きかかえてアレックスから距離を取る。
「お嬢様!ただいま参りました!」
レティシャが遅ればせながら駆け付けてきた。
他にもルミィ側と思われる兵士を連れてきている。
念のために王子からは距離を取ったまま、杖や剣を構える。
「おーい!来たぞ!」
「モーガン刑事!?」
タークが声を掛けたのか!?仲良くなる間柄には思えないが……。
その後ろから、伊織とイーサンも現れた。
「やっぱり……私も見届けたいと思います」
「……同じく。で、えーとアナタはエルミナ様では無いお連れの方の方ですよね?」
アレックスに言われて変装を解除する。
伊織もイーサンも少し辛そうな顔でアレックスを見ているが、邪魔をする事は無さそうだ。
……大人としては未成年には見せたく無い光景だが、もうアレコレ言っている暇も無い。
「イーナ……守備はどうだ?」
時夫はアレックスを警戒しつつ、チラチラとイーナの作業を確認する。
イーナもいつの間にか変装を解いて、人魚から貰ったペンを駆使して高速で魔法陣を組み上げていた。
周りに大量の魔法陣の描かれた紙が散乱している。
「………………もう少し…………よし!いけるわ!魔力を注いで!」
アレックスを中心に地面が真っ白な輝きを放つ。
言われて、時夫は魔力を魔法陣にガンガン注ぐ。
それは、大迷宮から帰ったのち、ルミィとイーナが共同で読み解いた古代魔法の一種だった。
短期間で完成させられたのは、ルミィが得意とする分野であり……そして日頃から何度もやっている事と似ているからだった。
ルミィがアルマをその身に降臨させるのを、アレックスで再現すること。
それが……時夫たちの敵を滅ぼす為に立てられた作戦だった。
「足りない!もっと魔力を!」
ルミィが周囲に声を掛ける。
レティシャを始め、王宮に仕える者たちは戸惑いながらも姫君の言葉に従う。
「頼む!早く魔力を全部くれ!」
時夫も叫ぶ。
収納からどんどん魔石を取り出して注ぎ込んでいるが、まだ足りていないのがわかる。
魔法陣の輝きが中心部が少ない!
伊織やイーサン、モーガン刑事も魔力を注ぐがまだ足りない。
タークも冷や汗をかきながら注いでくれてる。
……もっと魔石を持ってくるんだった。
何か……無いかな?
時夫は自分の杖の魔石すら使った。
「何だ!?何をしているんだ!?」
どんだけ鋭い目潰しだったのか、目を未だに抑えつつも、何かの魔道具の力か、アレックスはダメージから回復している様だ。
「……ルミィごめん!」
時間が無いと見た時夫はルミィに謝罪する。
首から下げていたネックレスの上等な魔石を取り出すと、その魔力の全てを魔法陣に注ぎ込み……魔石は砕け散った。
――――――カッ
目の眩む光が辺りを包み込んだ。
そして、アレックスを依代に神が降臨した。
「ここは……何?何が起きている?」
上手く行った。
「時夫くん……私とルミィちゃんは魔法陣を維持しないといけない。
あなたが殺すのよ。私の剣を使っていいわ」
時夫は無言で頷き、収納から出された宝剣を手に持った。
宝剣はついにその本来の役目を果たす時が来た。
時夫は降臨した神に挨拶をする。
「よお!初めましてだよな、ハーシュレイ。
そして、さよならだ……『剛腕』」
アレックスの首が空に舞った。
地面に倒れた体はゆっくりと黒い液体になり……消えていくのをその場にいた誰もが声も無く見ていた。
これで、全ては終わった。
終わってしまった。
アルマは言っていた。
――この状態でエルミナが死ぬ様な事になったら、この世界と私との繋がりも切断されるの!
また繋げる前にハーシュレイの女狐に世界を盗られてしまうわ!
つまり、人間の体の中にいる時に、その人間ごと殺せば、神々の戦いは終わるのだ。
そして、アレックスはルミィ以上に濃く原初の神レグラの血を引いており、神を降臨させるのにうってつけの人材だったのだ。
もちろん、ハーシュレイもアレックスもそれを望んでいない状況だった為に、ルミィが普段やっている様に簡単には行かなかったが。
「…………トキオ、やりましたね」
ルミィの優しい声に時夫は答えられない。
「私は王族としてやるべき事が沢山あります。
…………時間ができたら沢山お話ししたいです。
良いですよね?」
「…………うん。そうだな」
神が一人になった。
アルマが唯一の神となった。
時夫は日本に帰る事ができる様になった。
余韻に浸る間も無く慌ただしく動き出す人々の中で、時夫はポツンと佇んでいた。
「時夫くん、ルミィちゃんは忙しいみたいだから神殿で待ってましょう」
「……うん」
時夫は部屋に一人になるまでは泣かなかった。




