第127話 アレックスの胸中
アレックスは玉座に座ってご機嫌だった。
父たる国王はアレックスの前に跪いている。
哀れな年寄りだ。
ついぞアレックスの才能と知性に気がつく事は無く、こうして木偶の坊になってしまった。
本当に……素晴らしい力だ。
アレックスにとっても女神アルマに見切りをつけて、唯一神ハーシュレイに宗旨替えするのは少し勇気を必要とする事だった。
しかし、我々はアルマに謀られていたのだ。
本当はまだ女神ハーシュレイに世界の権限があるのに、その一部を卑怯な手で無理やりに奪って管理者の顔をしていたとは……。
今まで信じていた神が、その様な卑劣な存在だったと聞かされて、アレックスがどれ程までに狼狽したことか。
だが、アルマはあの……異国の血で薄まり、王族としての特徴も不完全なあの女を選び、知らぬ内に力を与えていたらしい。
その事実で、アレックスは決意出来たのだ。
やはり正しい神はハーシュレイの方であったと。
この国は他の国よりも元々アルマに対する信仰心が高い。
国民には世界の始まりの地に住む者としての矜持があり、アレックスはその中でも神の血を引く王族としてのプライドが一際高かった。
この世界を管理する神たるアルマに従うのは当然であり、敵対する神を信仰する獣人は見下しの対象と言うよりは、言葉を話すヒトモドキの魔獣として見ていた。
アレックスが特に嫌いなのは若い女を模した獣人だ。
あの姿に騙される愚か者を見ると反吐が出そうな思いだった。
それが、奴らの小狡い策略とも分からない白痴どもめ……。
王になったら必ずこの神聖なる王国から排除しようとずっと昔から決めていた。
木偶の坊にする前の母上もその様に仰っていた。
そして、事実を知り、ハーシュレイに仕える天使の一人となった後に、アレックスのその考えが正しかった事が判明した。
獣人は……世界にいる恐ろしい姿、悍ましい形をした魔物達と同じく、ハーシュレイのイタズラ心で作られた種族だったのだ。
ただ、混ぜ物の中に人があり、その割合が多めだっただけのこと。
アレックスがハーシュレイを信仰するのと、獣人達がかの女神を考え無しに崇めるのとでは全く異なるのだ。
ヒトモドキ……マモノモドキの獣人達やこの国に相応しくない見窄らしい移民どもが居なくなれば、きっとアーシュランは更なる繁栄が約束される。
それに、現在の国名のアーシュランは、アルマがこの世界に来る前にハーシュレイの名前が訛って付けられたものなのだから、唯一神ハーシュレイを信仰する方が自然と言える。
アレックスは最初、フィリーに天使となる事を誘われた時、直ぐには答えを出せなかった。
あの時返事が出来ていたなら……大切な友人を失わずに済んだろうか?
その後も何度も、魔法の伝令を使って天使となる誘いが届けられた。
アレックスは、イオリの利用が難しいと分かった時、遂にその誘いに乗ったのだ。
イオリはアレックスの言う事を聞かず、聖女としての地位を失いつつあった。
ラスティアと言う天使の存在が、アレックスに決意を促す事になったのだ。
ハーシュレイの姿を見る事は叶わなかった。
それ専用の天使わ媒介に僅かに言葉を交わし、そして女神の力の一部を授けられただけだ。
その、目の潰れそうな美貌とやらを是非とも見てみたかったのだが……ハーシュレイも今は力が不足して、この世界にそこまで介入するのは難しいと言っていた。
古代魔法を使い、莫大な魔力を用いて人間達が呼び出せば、少しは顕現できるとの事だが……国が安定した頃に神官どもを集めてやらせてみるかな。
一度神と直接顔を合わせてみたい。
自分にはそれくらいは許される筈だ。
ふと、イオリと常に共にいた頃に交わした、異世界の……ニホンの神に関する話を思い出す。
唯一神ハーシュレイ曰く、他所の世界では創造主と管理する神は同一であるのが一般的らしい。
だが、イオリに聞いたところでは、ニホンジンはそうは考えておらず、神は沢山いると考える宗教を信仰しているそうだ。
なのに、イオリはニホンの神の恩寵を知らないなどと不可思議なことを言っていた。
アレックスには理解は難しかったが、神による介入が少なく、ハーシュレイとアルマの様に複数の神が権限を奪い合っている状況なのかも知れない。
イオリが恩寵を知らないのは、対立する神々による情報工作により、詳しい事が秘匿されている……と考えるのが自然か。
ニホンは相当に特殊な世界なのかも知れないな。
だからこそ、アルマやこの世界がニホンジンに介入する事が出来たのかもしれない。
きちんとした神に管理され、その恩寵を受けている事に自覚的な人間は、他の世界の神の介入……異世界神の力を授かるのは難しいのか。
創造主の血を受け継ぐアレックスは、ニホンジンとはまた違った風に神々との親和性があるらしい。
あの姉……と言うのも嫌な存在よりも尚。
アレックスはほくそ笑んだ。
エルミナよりも優れた点が神に認められていると言うのは、アレックスの自尊心を大いに満たした。
その時、玉座の間に友人が入ってきた。
「どうした、リック?」
「イオリ様の様子が……念の為来てくれますか?」
「何だよ……別にここには木偶の坊しかいないから、そんなに言葉遣いに気を配らなくて良いんだぞ?」
「あ……そ、そうだな。はは……」
リックがポリポリと頬を掻いた。
リックに従ってイオリの元へ行く。
イオリは……殺すべきかも知れないが、
実は少し迷っている。
なかなか見た目が良いし、話していて楽しい相手だ。
他の貴族の女達みたいな表面だけ取り繕った奴らとは違う。
何とか説得してハーシュレイの天使の一人にでもなるのならば、王妃にしてやっても良いと考えている。
家族の事が心配だと言っていたが、王妃として贅沢な暮らしをさせてやれば、そのうち忘れるだろう。
イオリの部屋の前に近付き、先ず焦げ臭い匂いに気が付いた。
そして、前方の不審な様子に気が付く。
「…………何だあれは?」
絨毯が焦げて一部失われている。
まるでそこの床をファイアボールの的にでもしたか、火炎スライムを置いたか、或いはイーサンが戦った後の様な。
「…………アレックス、少し調べてくるから、ここで待っててくれ」
リックが小走りに焦げ跡の方……イオリを閉じ込めている部屋に近付く。
ふと……アレックスは他にも不審な点に気が付いた。
見張りは?部屋の見張りはどうした?
「アレックス……近付くな。
そして聞いてくれ!」
リックが振り向いてアレックスに呼びかける。
「『空間収納』『空間収納』『空間収納』」
最初の魔法で、リックが廊下の天井まで届く様な透明で巨大な何かに包まれた。
そして、次の魔法でツンと嫌な匂いのする茶色いプルプル動く物体……スライムがアレックスの目の前に落とされた。
最後の魔法で……火炎スライムが茶色いスライムの上から降って…………
――――――ドカーン!!
景気の良い音が城全体を震わせた。




