第121話 リックの苦悩
リック・ガルニアは生きた心地もしなかった。
癖のある紺色の髪をグシャグシャに掻き乱す。
アレックス第一王子の乳母であった母親が生きていれば、少しは戒める言葉も届いたのだろうか。
リックは後悔していた。
しかし、もうアレックスに何を言えば良いのか分からない。
下手なことは言いたくは無い。
吊るされたジェレミー王子と、アレックスのかつての婚約者、パトリーシャとその家族を見た。
リックが口を噤むのには十分過ぎる恐ろしい光景だった。
母親が違うとは言え血の繋がった弟王子と、妹のように思っていると常々言っていた少女を殺した男が、自分のような乳兄弟如きを殺すのに躊躇する筈がない。
アレックスの金色の瞳を見た。
……恐ろしかった。
リックはその正体はトキタトキオから聞いていた。
アレックスも邪教徒になってしまったのだ。
邪教徒として討伐されたフィリーは、アレックスにも勧誘をしていたらしい。
アレックスは……苦境に立たされて、次期国王の座が怪しくなったアイツは……その頃から宗旨替えを考えていたようだ。
女神アルマから力を得た聖女を味方に付ける方法よりも、女神ハーシュレイから直接自分が力を得る方法を選んだのだ。
…………どうにも、伊織に変身した時夫がアレックスを揶揄って馬鹿にしたのも良く無かった気はする。
まあ、それは些細なキッカケで、いつかはこうなっていただろう。
伊織はアレックスと結婚するのを拒んでいたのだから。
伊織が隣国の偽聖女ユスティアという邪教徒に攫われた時、こちらの国ではそれが本物では無い事は早々に掴んでいた者達がいた。
……リックはそれをある程度は情報をコントロールしていたが、流石に未成年の身で出来ることは限られていた。
細かい事はアレックスには伝えなかったが、攫われた伊織が本物では無いことだけは教えていた。
変に隠し立てして騒がれたくなかった。
最近アレックスがやる事は裏目にで続けていた。それでも支えるのがリックの乳母子として、兄弟同然に生きてきた者としての務めだ。
伊織に化けた時夫が攫われた時こそが、アーシュラン国にとっての目の上のたん瘤である、偽聖女ユスティアを討伐する絶好のチャンスである事は間違いなかった。
リックは時夫を利用したのだ。
友人だったフィリーの敵討ちの代行……という考えもあった。
偽聖女ユスティアに対する危惧もあった。
今後も自分の周りの人間が狙われるのでは無いか……と。
アレックスには、伊織誘拐騒ぎがユスティア討伐に使えるという事まで伝えていた。
王子もユスティア討伐には積極的だった。
その理由をリックは履き違えていたのだ。
――だって偽聖女は仲間の邪教徒を殺すのが役割らしいんだぞ?
そんな奴危なっかしいから死んでくれた方が良い。
ハーシュレイと引き合わせてくれたのは感謝してるけどな。
アレックスは直情的なように見えるが、小狡いところもある。
でも、やっぱり考え無しの我儘なのは真実だ。
自分の強力なライバルとなった弟を殺し、新たに手に入れた力で王族を従わせ、パレードの際に排除しようとして従わなかった被差別民に再びの粛清を掛けている。
アレックス王子が獣人を含む被差別民を、ああもしつこく排除する理由は……嫉妬だ。
エルミナ王女は、獣人殺しの戦争の英雄だ。
国民から人気がある。
それに、騎士や兵士などの戦闘を生業とする者達にも。
だから、張り合っているつもりなのだ。
自分の方がより多くの獣人を殺せるのだと。
「エルミナ様…………トキタさん…………」
リックは小さな声で救いを求めるように呟いた。
早く助けて欲しい。
伊織を。
そして、自分を。
リックもパトリーシャの隣に吊るそうと思ってたけど、苦労人だし使えそうな奴なのでやめました!




