第111話 権力
「ケイティの死体をどうするか……の前に一旦他の冒険者を助けようか」
ケイティ達の死を悼む気持ちはあるが、瓦礫の下で冒険者達が助けを求めている。
瓦礫を退かしても置き場所が無いので困っているようだ。
ルミィが杖で部屋を旋回しながら救助者を探し、合図を受けた時夫が瓦礫を収納していく。
救助者をルミィが神聖魔法で回復させていく。
怪我の程度の軽い者はイーナが手当をし、回復薬を与えていく。
「良いのか?金そんなに無い……え!?こんなの飲めるかよ!最高級品じゃねぇか!」
「良いから飲んで。お金なんて取るつもりは無いから」
「……すまねぇ。何か恩返しでもと思っても何も返せるアテもねぇ」
「良いのよ。勇敢な冒険者が活動し続けることで魔獣や魔物の繁殖が抑えられているんだもの。
命を賭けた素晴らしい貢献よ。
それに対するほんの少しの気持ちなの。受け取って」
「……本当にかたじけない」
イーナが冒険者達に拝まれてる。
聖女の称号はイーナの方が似合ってそう……。
聖女時夫ピンチだ。
「何をしてるんです!止めなさい!」
ルミィの鋭い声に、時夫はすぐにそちらへ向かう。
「何だよ!邪魔するな!俺の仲間はコイツのせいで怪物に食われちまったんだ!!
それに……見ろ!この腕の傷はコイツに引っ掻かれてできたんだぞ!
……こんな奴!!こんな奴!!」
筋骨隆々の冒険者は、悔しそうな顔で、ケイティの死体の頭を何度も蹴る」
時夫も慌てて止める。
「おい!止めろよ!もう死んでるんだぞ!死者を冒涜するな!」
時夫がその男の足元に割って入る。
「何だ!?オマエまさかコイツの仲間か!?」
男が顔を真っ赤にして怒号をあげる。
その声は広い空間にワンワンと反響しながら響いた。
「何だって!?あの怪物の仲間!?」
「マジかよ……何のつもりで?」
「さっき飲んだ回復薬ってもしかして毒だったんじゃ!?」
騒ぎが少しずつ大きくなっていく。
冒険者達は一様に怒りと疑惑を顔に浮かべて、時夫達を包囲し詰め寄る。
殺気が充満する。
イーナが視界の端で密かに宝剣を目立たぬ様に構える。
「怪物どもと仲間じゃ無いってんなら退けよ。
退かないのならテメェもブッ殺してやる!」
時夫は退かない。
ケイティは一時的にでも仲間だった。
それを偽ることはしたく無かった。
たとえ一部でもケイティの命懸けの思いを知り、それが理解できたのに、亡骸を差し出すことは出来なかった。
……蹴られても死にはしないよな?
男の丸太のような太い足に恐怖が湧き起こる。
それをちっぽけな矜持一つで立ち向かう。
男の悔しさ、やり切れなさ、ケイティ達を止められなかった自分達の責任も全て受け入れる覚悟を自らに課す。
ただ無防備に蹴られる、という選択をするのが時夫の大人としての、ケイティの仲間だった者としての矜持。
時夫は男の目を見つめて、歯を食いしばる。
男は時夫のその目に微かに怯んだ。
「早くやれ!」「殺せ!」
しかし、外野のヤジに拳を更に握り込み、脚を振りかぶり…………
「この私が止めろと言ってるだろうが!平民風情が命令に背いて命が有ると思うなよ!」
居丈高な声が空間を支配した。
全員の目線が一斉にそちらを向く。
そこには、怒髪天のルミィが片手に杖を、そしてもう片方の手には羊皮紙を持っていた。
「その邪教徒の仲間と思しき獣人どもの死骸は国の調査対象だ!
私の許可なく触れるな!
ソレはノマ連邦の元首たる国王及び議会議長の正式な依頼のもと調査に来たこの私、エルミナ・ローダ・アシュラムに今より帰属する!」
ルミィは国王と議会議長の署名入りの調査依頼書を掲げ、周囲の冒険者達に見せつける。
「……本物か?」「帰属なのか、何故貴族が……」
「違う!あの髪の色だけじゃ無い!暗いから分からなかったが……目が青く無いか?」
周囲が騒つく。
……そういえばレグラ召喚の後髪の色が金髪に戻った後は染めたりしなかったな。
時夫達を蹴ろうとしていた男の顔色が青ざめるのが、あまり周囲が明るく無いのにも関わらずわかった。
「エルミナ……?まさか……本当に?
本当なら確かに獣人の仲間はあり得ない。
史上最も多くの獣人を殺した戦争の申し子じゃ無いか……」
時夫は男の呟きをぼんやり聞きながら、どうやらもう蹴られなさそうと判断して立ち上がる。
エルミナか。ルミィの本名なのか。
ルミィってのは愛称だったんだなぁ。
「…………………………」
時夫は生まれてから三十年近く女性を愛称で呼ぶ機会に――不幸な偶然の積み重ねによって――恵まれなかった。そんな人生だった。それが時夫という男だったはず。なのに……
いつの間にかそんなことになってたなんて……!
先に本名教えられてたら、多分本名の方で呼んじゃってたしな。
俺はルミィを愛称で呼んでたのか。
俺たちそんな……仲が良い感じだったか。
ふむ。そうか。そうかもしれんな。
時夫は納得した。
でもせっかくだから偶にはエルミナって呼んでみたいな。
時夫は一人で少し照れていた。
「そ、それで俺たちはどうしたら良いですか?」
ルミィが王族に近い血筋の色々ヤバイ貴族なのに気がついて、冒険者達は居住いを正す。
この世界では、使用人を除くと、そもそも平民と貴族は口を聞くことすら稀だ。
貴族がイチャモンを付けて、一方的に牢屋に入れられる事もよくある。
「さっさと出ていきなさい。
向こうに移動ポータルがあったから、多分そこから外に出られるでしょう」
「そんな!分け前は!?」「おい馬鹿止めろ!」「命が惜しく無いのかよ!?」
無謀な男がルミィに食ってかかろうとしたが、周囲に止められる。
「……これを勝手に分けなさい」
ルミィが収納から金貨の入った袋を取り出して、その男に投げつけた。
「さあ、サッサと出て行け。私は忙しい。
そして、私はグズが世界で一番嫌いなんだ」
ルミィの言葉に、冒険者達が這々の体で逃げ出した。
平民が長生きするコツは、とにかく貴族に逆らわないことだ。
それは国が変わってもこの世界では普遍である。
冒険者が去ったのを見届けてから、仕切り直す。
「で、死体どうしようか」
「……トキオ、あなたは私が何者かは気にならないのですか?」
「え?……エルミナって言うんだろ。
良い名前だな。えーっと、可愛いと思う!」
言ってから、顔が熱くなる。
可愛いって何だよ!もう!
モジモジする時夫に、ルミィもちょっと恥ずかしそうに照れ笑いをする。
「何ですかそれ!もう!色々考え込んでたのが馬鹿らしいです。
……ケイティ達の遺体はこのまま少し置いておいて、なるべく早く回収をお願いしましょう。
私が国の方に掛け合います。
……公にはできませんが、墓も作らせます。それくらいの権力はあるので」
「そっか……。これからは弟とずっと一緒だな」
時夫はケイティのために祈った。
ルミィ達もそれに倣う。
……この世界の冒険者達は皆、こんな別れを繰り返してるのかな。
時夫も冒険者の端くれならば、乗り越えて進まないといけない。
ケイティも進み続けたのだから。
「さあ、お宝を探しに行こう。そのために俺たち来たんだもんな」
この方をどなたと心得る!です




