第108話 大迷宮の主アステリオとマイロ
「危険です!落ち着いて!」
ルミィがケイティを羽交締めにして止める。
「うわぁああ!マイロが死んじゃう!離して!」
獣人のパワーでルミィが振り回されていて危険なので、時夫も参戦する。
「……似てない姉弟だな。
もしや複雑な家庭環境が?」
冷静な視点で分析を試みる時夫をイーナが叱る。
「こら時夫くん!違うでしょう。
ここの邪教徒のアステリオは新たな種類の生き物を作る……複数の生き物を混ぜてね。
つまり……」
「マイロは超進化したってことか!」
確かに強そう!
時夫ももしかして身長高くするとかして貰えないかな?
「トキオ!一旦スライムをしまってください!」
ルミィから指示が飛ぶ。
服を爪で破かれながらケイティに必死でしがみついてる。
トキオはハーブマントを脱いで収納にしまう。
霧吹きもしまって、ルミィ達から距離を取る。
するとそれはもう気持ち悪い勢いでスライムは時夫に襲いかかってきた。
「『空間収納』」
丸っとスライム回収。
時夫はフゥ……と息を吐く。スライムの時夫への熱意には毎度恐怖を感じる。
収納に弾かれた虫やら人やらマイロがポイポイッと床に転がされた。
「マイロー!!」
「だから危険ですって!」
倒れ込んでいる白衣っぽいものを着た白髪のジジイはピクリともしないが、マイロは姉の声に反応して僅かに動いた。
ケイティがルミィを圧倒的な筋力で投げ飛ばした。
これまではルミィを怪我させない様に混乱しながらも手加減していたようだ。
そもそも獣人は基本的に普通の人間よりも力が強い。
か細く見える女性ですら人間の筋肉質な大男と張り合える。
増してや冒険者のケイティならば尚更ルミィでは筋力差は覆し難かった。
獣人に張り合う為には人間は魔法ありきなのだ。獣人は魔法が苦手な傾向があるので、なんとか渡り合えてるだけのこと。
ルミィは受け身を取りながら、風の力で素早く体勢を立て直していた。
魔法使いには珍しい近接戦闘が得意なだけのことはあった。
「マイ……」
「ウガァ……!!」
触手が伸びてケイティの腹部を触れる。
その一瞬に、目も潰れそうな光の帯がその触手を細切れにした。
「イーナ!」
時夫が振り向くと、イーナは剣先をマイロに向けていた。
複雑に数多の光線が交差し角度を変えながら全ての触手、そして、両足を切断した。
「そんな……ワシの作品が……」
しわがれた声がした。
白髪の老人がいつの間にか起きていた。その瞳は金色。
「あ!こいつ邪教徒だ!」
時夫が指差しつつ、頭の中でこのそこそこの広さのある空間に適した戦法を考える。
時夫のスライムは便利だが、広い空間だと勝手に動くから戦略に組み込み辛いし、爆発系も室内はNGなので結構大変なのだ。
「『エアーバインド』」
ルミィが速やかに捕まえてくれた。ルミィは仕事ができる女である。
腕をキッチリと締め付けられている。
しかし、老人――多分アステリオっぽい人――は床に座ったまま唇の端を歪めて勝ち誇った顔をする。
「くくく……ワシを殺しても良いのかな?
ワシの作ったキメラの猫獣人の男は、猫娘の大事な人なのだろう?
ワシならばそいつを元の見た目に戻せるかもしれんぞ?」
「マジで?本当にアンタがアイツ改造したんだ。
じゃあさ、じゃあさぁ、もしかして俺の身長高くするとか出来たりするの?」
「時夫は少し黙っててください」
身を乗り出して話を伺っちゃおうとする時夫にルミィは冷たい。
でも、時夫はめげない。
「触手とかどっから持って来たんだよ。
触手以外にも追加した機能はあるのか?」
とりあえず時夫も床に胡座をかいてアステリオと目線を合わせる。
「何床に座っちゃってるんですか!」
ルミィがアステリオに杖を向けたまま鋭いことを言ってくる。
でも、イーナは剣をマイロに向けてるし、ケイティは「そんな……マイロ……」とか言ってて時夫を構ってくれ無さそう。
今、時夫はする事が無くて暇している。
でも、ルミィの言うことには一理ある。
「『空間収納』」
クッション(魔法じゃ無くて物理的に存在する奴)を二つ取り出して、一つを自分の尻の下に敷く。
ルミィの言う通り冷たい床に直に座るのは痔になるとか聞いた事があるし良くない。
「ほら、腰を痛めるぞ。これを使うんだ」
アステリオにもフカフカの可愛いお花柄のクッションをオススメする。
「ちょっと!敵に情けをかけないでください!
情報が欲しければ拷問すれば良いだけですよ!」
ルミィが時夫の甘さを叱りつける。
「若い女の子が拷問とか言っちゃダメ!
もっと可愛い言い方をするべきだろ!
例えば……えーっと……指ポキする?とか……爪ポイする?……みたいな?」
ダメだな。拷問についての知識が無さ過ぎるし、何より年頃の乙女への無理解が適切な用語を生み出す妨げとなっている。
「……何のつもりだ?」
アステリオがクッションを警戒している。
罠だと思ってるのかな?
「普通のクッションだよ。花柄が嫌ならこっち使え」
ワガママジジイめ。
時夫は自分の下に敷いていた茶色チェック柄クッションを差し出した。
時夫のお気に入りのやつだ。反発力が程よい。
ちょっとフカフカ過ぎる感のある花柄クッションの上に座り直して、改めてお話し合いだ。
「俺もさ、スライムで色々研究してるから興味あるんだけど、魔物だ怪物だのの他に人間も材料にして改造できるんだな?」
「……人間そのものの改造は神しか出来ない。
獣人は半分人間では無い、女神ハーシュレイがヒトと動物より生み出した不完全な被造物であり、アレらはそもそもがより強い個体を生み出す為の原型なのだ」
「うーん……なんか難しいけど、つまり獣人はもっと強くなれる可能性を秘めた凄い存在なのか……」
「トキオ!仲良く会話しちゃダメですよ!」
「いや、色々聞き出せそうなことは今のうちに聞き出しとけば良いじゃん。
あ、魔法で縛っとくの大変だろうから、拘束具付けとこうぜ」
時夫はよっこいせと立ち上がると、手錠と足枷、そして足枷に鎖付き鉄球のオプションを付けた。
魔道具屋ウィルに頼むと大抵のものは作ってくれるのだ。
「オヌシ……ワシと話し合う気があるのか無いのかわからんな」
アステリオが呆れた様に言ってくる。
「いや、気分良く安心して会話するのに必要な処置だよ」
時夫がこれだけ気を抜いてられるのも、ルミィが警戒してくれてるお陰なので感謝だ。
感謝ついでにもう少し頑張っといてもらう。
「ワシは気分が悪い」
「そうなんだぁ……」
「……………………」
「それでさぁ、俺スライムがなる木を育てたくってぇ」
「何の話だ?」
「え!?だから生物系の専門家っぽいから相談しようと思ったんだけど、どうかな?スライムがなる木」
「いや……ワシはスライムは専門外で……」
「いや、これから詳しくなってくれれば良いから。それで木とかどの種類が良いかなって」
「ワシは植物全般は詳しく無いから聞かれても無駄だ。
モンスター系の半分動物なら専門だが……例えばユミスみたいなのは、ワシが作って……」
「あ、アイツ燃やしちゃった。
でも、人間養分にしてたから仕方ないよな。
なるほど……単なる植物じゃ無くて半分動物の植物にスライムが……」
「いや、本当に何の話なんだ……」
時夫はスライム研究を進める為に、様々な分野の専門家の知識を必要としている。
なので、こうして長年強い生き物の作成に携わって来た存在は貴重なので、ここぞとばかりに質問しまくる。
専門外とはいえ、一つの分野を極めんと活動し続けた者の言葉には、何かヒントがあるはず。
そんな訳で、色々今後のスライム研究のために質問しまくる。アステリオも何やかんやで答えてくれるので、お陰で様々なアイデアが思い浮かんだ。
帰ったら早速実験しなくては。
そんな時夫から少し離れた場所ではケイティが騒いでいる。
「なあ……オヌシはあの猫どもには興味ないのか?」
老研究者アステリオはマイロとかの方にチラッと目線をやる。
「おお!俺ばっかり一方的に話してて悪かった。
で、あのマイロはどんな感じに強くしてやったんだ?」
「……元に戻したい訳じゃ無いのか?」
「俺はマイロじゃないからそこら辺はわからん。
戻りたいのかな?
ちょっと聞いて来ても良い?」
「マイロを元に戻してよ!どうしてあたしの弟をこんな風にしたのよ!」
ケイティが絶叫する。
どうやらこちらの話してる内容が聞こえた様だ。
マイロは動こうとするたびに光線が体を掠めるので動けなくなっている。
足と触手は回復傾向。
生えてくるのはや〜い。
「ワシはソイツが瘴気を吸い過ぎて倒れている所を拾ったんだ。
ワシらは神聖魔法だなんだのという瘴気と相反するものは使えん。
だから生かしておいてやる為に瘴気にも毒気にも、そして他の魔獣やワシの作品にも負けぬ身体をくれてやったんだ。
そいつは治療の結果よ。ここで生きていくには強くなければならん」
老人は飄々と悪びれずに言う。
「ふざけないでよ!弟を元に戻してよ!責任とって!!」
ケイティは絶叫しながらアステリオに詰め寄る。
「その猫獣人だったものは他のあらゆるモンスターを喰らって強くなった。
そのお陰で随分と作品は減ってしまった……。
ここ最近は外に逃げ出す奴らが減っていたから、外の人間達も助かってたんじゃ無いのか?
……その最強の作品がまさかスライムにやられるとは思わなかったが。
スライムか……。今までは興味が無かったが考えてみねば……」
「お?スライム界隈の同好の士が生まれた?」
「でも治せるんでしょ!?治してよ!」
時夫の呟きは当然だが無視された。
ケイティは爪を伸ばして今にも飛びかかる寸前の様だ。
「要するに他の生物の割合を減らせば良い。
そいつはいつの頃からか喰らった生物の情報を取り込んでその特性を獲得する様になった。
つまり……」
ルミィが険しい顔で杖をビシリとアステリオに突きつけた。
「人や獣人を食わせろと言うんですか!?」
「ふん……姿だけでもどうにかしたいならな。
だが、それで何でも食う悪食が治るとは思えん。
そいつはずっと昔にヒトを辞めている。
どれだけ獣人だった頃の意識があるのか……」
「役に立たないですね。では死んで……」
ルミィが風の刃を纏わせた杖で、アステリオの首を刎ねようとする。
「待て!一応こいつは一番の知識人だ!
もっと頑張らせよう!えっと……小指から順番に爪ポイしながら平和的にお話し合いしたりすれば、良い案が浮かんでくれるかも!」
ルミィは判断が早過ぎて困る。
既にきっちり拘束してるんだし、もっとお喋りさせた方が良いはずだ。
時夫はアステリオとルミィの間に入る。
「マイロ……助けてあげるから!あたしが助けてあげるからね!何だってしてあげるから!」
「いけない!近づかないで!」
イーナが弟に近づこうとするケイティを必死に押し留めている。
ケイティは異形の弟を認識してから、平常心を失っている。
「マイロ!あたしがわかる!?」
「ぐ……ゲ……ケイ……ケイト」
「……!!そう!あんたの姉ちゃんだ!助けに来たんだよ!
あたしが助けるから!必ず……!」
「お願い……!近づいちゃダメ!記憶は残ってても、理性がどこまであるか……」
イーナが剣を向けてケイティを牽制する。
時夫もケイティに落ち着く様に
「お!やっと追いついたな……」
嬉しそうな低い声。
そこにはゾロゾロと武装した冒険者達が来ていた。
「瘴気の濃度が近年稀に見る低さな上で、他国からやり手の冒険者が来たって聞いて来てみたんだが……。
助太刀するんだから邪教徒討伐の報奨金は山分けしてくれよ!」
しまった……。
スライムが進みながら瘴気を吸い取っていたせいで、空気が浄化され過ぎた。
安全と言える基準は超えてたとしても、元から命知らずな冒険者だ。
先に行った奴らがいる上で、探索を妨げる最大の理由である瘴気が薄まったなら、ここまで来てもおかしく無い。
大迷宮に入ってくる際も時夫達は目立ちに目立っていた。観光客経由で他の冒険者を焚き付ける事に繋がってしまったかも知れない。
そして、今やドラゴンゾンビもいなくなっている。仕掛けもスライムがずらしたのを直しはしなかったのも、こんなに早い侵入を許した原因だ。
「あの化け物に同時に攻撃するぞ!」
リーダー格らしい背の高い男の声に、その仲間達が一斉に剣や杖を構えて攻撃体制に。
時夫もルミィもイーナも望まぬ援軍にどうすべきか迷っていると……
「イーナごめん!」
ケイティの謝罪。
腹を殴られたイーナが意識を失い膝から崩れる。
「ケイティ!?何を!」
「マイロ!あたしが……あんたを守る」
「げ……ゲイティ……グゲ……ゲ……ケケイ……ティ」
時夫は急いでイーナの元に行き、猫獣人達から距離を取る。
イーナの牽制が無くなり、マイロは自由だ。
冒険者達が詠唱を唱え、剣に炎や水を纏わせ準備を終えた。
「よし!一斉攻撃だ!」
マイロの名前の由来は、キマイラ→マイラ→男の子っぽくしてマイロです




