第105話 理解出来ないにゃ
ケイティにとっては、とにかく訳の分からない事が次々に起こって、混乱するばかりだった。
ルミィに神話でしかない存在の原初の神が宿り、そして天上に帰って行った。
ルミィはその後、ミルクティー色の髪が金色になっているが、誰も何も言わない上に、女神レグラの話を元に考えると、要するにルミィは王族に近しい血筋で間違いない。
最古の王室たるアーシュラン王族が原初の神の血を引くと主張している話は聞いたことがあるが、中々眉唾なところもあった。
証拠としてこの世界の人間は、アーシュラン王族かかなり近い血筋しか、金髪碧眼の組み合わせは現れないとされ、実際にケイティも見た事は無かった。
神の姿に似た姿をとれるのは、その血族のみ……と決まっているかららしいと王室が内外にアピールしていたが……。
信じる人も信じない人も半々だったのに本当だったのだ。
ケイティは捻くれたところがあるので、王族以外で金髪碧眼が生まれたら、ひっそり殺してるんじゃないかと思っていたが、いやはや。
しかも聖女は男。
世界を奪い合う姉妹神。
未だに頭の中が混乱して整理できていない。
そのせいか、中々寝付けなかった。
イーナはまだ幼いからか、グースカ寝ている。
トキオもクッションに埋もれて床に転がっている。
……男の俺が見張っとくから皆んな寝ててくれ!とか言ってた癖に。
交代で眠る手筈だったが、どうにも時夫は頼れるような頼れないような、不思議な男だ。
ケイティはスタイルには結構な自信があるので、色仕掛けでどうにかしてやろうと思ったが、お姫様かも知れない付き合いも長そうな美女のライバルになるには役者不足なのは確実だ。
実際ケイティに対してもトキオは親切な男だが、ルミィとの優劣が一瞬でも覆った事はない。
二人が相思相愛なのはまあ、誰が見ても一目瞭然だし、本人達も互いの気持ちに気が付いていそうなのに、何故か恋人同士では無いらしい。
ルミィの特殊な身分が関わるのかとも思った。
しかし、王位継承権を諦めれば市井に下りられるはずだし、女王を目指すなら、こんな所で冒険者ごっこをしている暇は無いはずだ。
ただ、トキオも聖女だけど公的には聖女は他に居る訳だし……。
イーナといえ少女も年齢の割には落ち着きがあり過ぎるし、何よりもあまりに強過ぎる。何だあの極太光線は。
本当によく分からないパーティだ。
ケイティは冒険者を何やかんや続けられているだけあって、好奇心が強い。
物分かりが良い奴がこんなアコギな職業を続けられる筈がない。
好奇心を満たす為に、大部屋に見当たらないもう一人を探して歩きだす。
猫獣人は足音を立てずに進む。
目当ての人物はプールの淵に座って水で体を清めている所だった。
金色の髪を結い上げて白い背中の肌が眩い。
くびれた腰つきは中々扇状的で無防備だ。
「トキオがうっかり起きてこっちに来ちゃったらどうするにゃー」
「へ!?わ!ケイティ!いつの間に!?」
ぱしゃん!
ルミィは慌てて水の中に入って!ケイティの方を振り向いた。
ケイティも足だけ洗って、淵に腰掛け水に浸す。
冷たくて気持ちがいい。
足をゆっくり動かして、感覚を楽しむ。
光る文字はもう無いが、仄かに光る壁のお陰で視認性は悪く無い。
元より猫獣人は暗闇に強いから尚更光量は十分だ。
「あなたも体を清めに来たんですか?」
水に浸かりながらルミィが小首を傾げる。
「違うにゃ。
ルミィとお喋りしにきたにゃ。
……もしかしてトキオに来て欲しかったかにゃ?」
女でも見惚れる女の裸体だ。
トキオならどう反応しただろう?
「ち、違います!
皆んな良く寝てるし、危険は無さそうだから少しならいいかなと思って。
それで!お喋りって?何か話したいことでも?」
顔が真っ赤だ。
随分とウブなお姫様だ。
恥ずかしさを誤魔化したいのか、つっけんどんな態度だ。
「にゃはは。
やっぱり反応が初々しくて楽しいにゃあ。
ねえ、トキオって本当に別の世界に帰っちゃうの?」
そう言っていたが、ちょっと信じがたい。
王と連なる血筋の美女に慕われて、特別な能力を持ち、あれだけ戦闘も強い。
元の世界はそれ程までに優れた場所なのだろうか?
これ以上の美人にありつける保証があるのか?向こうにもう残して来た恋人でも居る?
……でも、トキオはケイティに徹底して一定の距離を取りつつ、ルミィには恋人じゃ無いのが不自然な親密さを見せている。
知り合って間もないが、バレなくても二股を掛けるような事はし無さそうだ。
「トキオはニホン……向こうに帰ります。
私はその手伝いをしています。
……トキオをこちらに呼び出してしまった人間の一人として、必ず家族の元に返さなくてはならないのです」
静かな口調に確かな決意が込められていた。
「ここに来たのももしかしてその為?にゃん?」
「はい……ここは古代魔法の情報が多く眠っているのでは無いかと昔から有名でしたから。
まさか原初の神が眠る場所が此処とは思いもよらなかったですけどね」
ルミィはクスリと微笑む。
普段は言動が子供っぽいし、同い年か年下かと思ていた。
しかし、この表情。もしかすると18歳のケイティよりいい何歳か上なのかもと思った。
ルミィが水から出てくる。
淡く光を反射する白い肢体は水の滴を滴らせて、その神秘性と妖艶さにドキリとする。
ケイティは自分の足元の水面に視線を逸らした。
「でも、トキオ向こうに行っちゃったら、もう会えないでしょ?
本当に好きならイカナイデー!って引き留めるもんじゃにゃいの?」
引き留めなくても、トキオが自力じゃ帰れないならば、手伝わないだけでずっと側に居られる。
もしもヤバくなったら、近くでそれとなく邪魔でもしておけば良い。
そうすれば、いずれ帰還を諦めるかも知れないのにルミィが態々(わざわざ)トキオを手伝うのは、ケイティには理解出来なかった。
「そんなに罪悪感があるのかにゃん?
こちらに連れて来てしまった事に。
でも、トキオ楽しそうにやってるにゃ。
……ていうか、好きなのは否定しないんだね。
ルミィがトキオ要らないなら、あたしが貰っちゃおうかにゃあ……?」
ケイティは意地悪く言う。
でも、半分は本気だ。
トキオはまあまあ好みだし、猫獣人はハンティングが好きなのだ。
ルミィがケイティを冷たい目で見据える。
服の上からローブを羽織り、結いていた髪を解く。
その目は冗談が通じるものとは思えなかった。
心臓が凍りつくような気がしたが、ケイティは持ち前の負けん気で笑ってみせた。
「トキオだって男なんだから、あたしみたいな美女に迫られ続ければ悪い気はしないだろうしにゃあ。
付き合ってくれる気のない、あっちに帰れって言ってくるルミィなんかよりも、行かないでって素直に言うあたしの方が可愛いんじゃ無い?」
半分は本気だ。
ケイティはハッキリしない態度をとる奴が嫌いなのだ。
「もし、あなたがトキオの帰還を本気で邪魔すると言うのなら、私はあなたを殺します」
冷め切った淡々とした口調だった。
いつの間にかルミィの手元には杖が握られている。
ルミィが丸っきり本気なのは明白だ。
冗談半分でちょっかいを掛けるのは許されない。
「冗談だにゃあ。
まあ、あたしはこの大迷宮で弟が見つかって、攻略されるまででも短い間の仲間にゃん。
信じて欲しいにゃ。にゃはは」
「……………………」
ケイティは愛想笑いで全力で誤魔化した。
冷や汗が背中を伝う。
ルミィの表情は変わらず、無言のままだ。
命乞いすべきか?
しかし、救いの手が間近なのに気が付き、ケイティも黙る。
ケイティの耳は無造作な足音をいち早く拾った。
「お、二人ともこんな所にいたか。
悪い悪い、うっかり寝ちまった。
今度こそ朝まで……いや、ここじゃ朝かはわからないけど、とにかくイーナが起きるくらいまではちゃんと起きておくから、心置きなく寝てくれ」
トキオが珍妙な寝癖を手櫛で撫で付けながら、こちらに向かってくる。
しかも顎が外れそうなほどの欠伸を見せつけてくる。
ルミィがそれを見て嬉しそうに微笑む。
愛する人を心から慈しむ表情。
「もう!しっかりしてください!ほら、寝癖酷すぎです!水付けて直してあげます」
ルミィは手を水で浸して、トキオに駆け寄ってペタペタと頭を撫で回す。
「えー?そんな酷いかな?」
「すっごく変です!頭おかしい人みたいです!」
「何だとこいつ!うら!ルミィも変な頭にしてやる!」
「セクハラです!」
トキオとルミィのは戯れ合いながら、二人並んで去っていく。
ケイティはその背中をボンヤリと見つめる。
「ケイティ!何してんだよ。
お前も水浴びでもするつもりじゃないなら早く寝ないと」
「……あたしももう寝るにゃ」
ケイティも小走りについて行く。
でも、ベッドに横になっても、中々寝付けなかった。
薄目を開けてルミィとイーナのベッドの方を見る。
トキオが椅子に座り、ルミィの側でその寝顔をひたすら見つめていた。
何をするでもなく、ひたすらに。
……理解出来ないにゃ。
ケイティはこれ以上二人にあれこれ言うのはやめておく事にした。
理解も諦めた。
そんなに好きな相手を残して去ろうとする男も、苦労して二度とは会えない別れに突き進む女も。
……あたしには理解出来ないにゃ。
更新頻度を1日一回に減らしてます。
その分内容は充実させて、ガンガンストーリーを進められるよう頑張ります!




