第102話 フロアの案内
さて、この広めの場所を休憩に適した空間にしなくては。
時夫は収納から、ポイポイとベッドを出す。
残念ながらベッド自体は二つしかないが、魔法ではない本物のクッションは持ってきているし、布団もあるから問題ない。
ルミィとイーナが同じベッドを使って、ケイティは一人で使えば良い。
時夫は男だし離れたところに床にクッション敷いて我慢するし。
時夫がお気に入りの椅子を出して、配置をああでもない、こうでもないと動かしてると、ルミィが声をかけてきた。
「トキオ、毒でやられたところを見せてください」
「えー?痛かったけど、もう割と元気だぞ」
と、言いつつ本当はちょっと辛かったので、露出していた手を大人しく見せる。
表面が荒れて血が滲んでいる。
ちょっとヒリヒリするけど、これしきで騒いだら冒険者として、いい年したおっさんとして恥ずかしい気がするので我慢してた。
その他の部位はヘルメットや服で守られていた。
ドラゴンから出た後に『クリーンアップ』で念のために服の表面は洗浄しているので、被害は思ったより少なかった。
ノーマルスライムに守られていたのもある。
ルミィがそっと時夫の両手を優しく取る。
ひんやりした感触に心拍数が自然と僅かに上がる。
息を詰める。
平常心、平常心。
別に手が触れる事なんて今までも何度でもあったし。
「『ヒール』」
手を中心にほんのりとした温かさに全身が包まれる。
「ありがとう」
「いえ。これで大丈夫そうですね」
ルミィが小さく笑い、手が離れる。
その白い小さな手をつい目で追ってしまう。
そんな時夫の手をケイティが覗き込む。
「にゃにゃ!神聖魔法は本当に便利そうで羨ましいにゃん。
でも、神聖魔法持ちならもっと安全に良い暮らしが出来るはずなのに、邪教徒に挑むとか理解できないにゃ」
「ケイティだって、もっと安全に冒険者できるのに、ここにこうして居るだろ」
「そう言われればそうだにゃん!」
にゃはは!とケイティは楽しそうに笑う。
「ドラゴンゾンビから凄い魔石が取れたわ」
イーナが小さな手に大きな七色に輝く魔石を持って来た。
「にゃ!?全属性持ち!?しかもそのサイズ!?」
「魔物として長く生きている者の方が持ってる確率が高いとはいえ、これは凄いわよね」
「あたし全然活躍してないからにゃあ……」
ケイティがそれはもう見るからに羨ましそうに、涎が出そうな顔で魔石を見つめながら殊勝な事を言う。
「これ、小さめなのも取れたの。こっちなら……どうかしら?」
イーナが指先で摘めるくらいの虹色の魔石を見せながら、時夫を見る。
「良いんじゃ無いですか?ケイティにはこれからも頑張って貰わないといけませんから」
ルミィが許可を出した事で決定した。
「本当に良いの?後で返せとか言わにゃい?」
「そんなケチ臭い事しないよ。
ケイティの地図や薬のお陰で助かってるからな。
働きの分はしっかり貰っとけよ」
「……ありがと。トキオ、ルミィもイーナも良い奴らだにゃん!」
ケイティがむぎゅっと抱きついて来た。
腕の中に時夫もルミィも閉じ込められて、イーナは尻尾が巻き付いて抱き寄せられている。
ルミィとイーナもぎゅっと皆んなを抱きしめる。
時夫は……セクハラかなとビビって大人しくしていた。
「……ケイティ。……ほら、そろそろこのフロアの別の場所も案内して下さい。
安全を確かめないと」
「そうにゃ!あたしが案内できるのはこのフロアまでだから、しっかり働かないと!」
パッとケイティは体を離して、尻尾で着いてくるように合図してくる。
先ずは外に出るポータルとやらだ。
「おお!凄い!カッコいい!」
まさに魔法陣って感じだ!
光ってる!
文字が空中で回ってる!
「近づいちゃダメですよ!今は外出るつもり無いんですから」
ルミィが心配して時夫の服を握る。
「いや、子供じゃ無いんだから。そんなヘマしないって」
「ふふ……私も近づかないようにしないと。今の私は子供だもの」
イーナがクスクス笑う。
どうやら彼女は笑い上戸のようだ。
「次はこっちにゃん!プールがあるにゃん!」
ケイティが急かすように別の区画を指し示す。
透明な水が貯められている。
底は見えるが、足はつくだろうか?
ぼんやりと光る壁の魔法の灯りを、水面が反射している。
「確かに……プールだな」
「敵はいないんでしょうか?」
戦闘狂疑惑のあるルミィが杖を構えて警戒している。
イーナも剣を抜いている。
こちらもその名の通りの歴戦の勇者だ。眼光が幼女のそれでは無い。
「………………問題なさそうですね」
「水面に動きはないわね。生き物もいなさそうよ」
二人のツワモノが太鼓判を押したので、ここは安全な様だ。
「ここなんだろ?人喰い巨大魚とかがいるとかなら分かるんだけど……」
ルミィが魔法の光で水底まで照らす。
底の方に何か書いてある。
「水浴びして体を清める場所とかですかね。『クリーンアップ』では汚れ落としきれませんし。
水質検査しますね」
ルミィが青い魔石の付いた棒を水に付ける。
水質検査の魔道具か……水なら魔法で出せるから飲み水には困らないけど、便利そうだし購入検討してみるかな。
「うん……凄い綺麗な水です。
水を綺麗に保つ魔法が掛かってる様ですね。
これがあれば飲料水の問題は無くなります。
……古代魔法を知れば知る程に、自分の知識や能力の不足に愕然とします」
「ロストテクノロジーって奴か。
なんで魔法は弱くなったんだ?」
時夫も安全が保障された水に手を浸してみる。
冷たくて気持ちが良い。
「経典によると、邪神ハーシュレイが世界に混沌をもたらしたかららしいです!
原初の神がこの世界を創られた後、眠りについたのを良い事に瘴気を生み出したって」
ルミィの説明にケイティが微妙な表情をする。
「うにゃあ……。やっぱり獣人以外は女神ハーシュレイ嫌いなのよにゃ」
邪神に対する敬意を感じ取ったらしいルミィが、形の良い眉を顰める。
「獣人は違うのですか?あなたの弟も邪教徒により行方不明になってるのに?」
ルミィの現在のアルマへの思いはわからないが、ハーシュレイへの嫌悪感は恐らく昔よりも高まってるので、逆鱗ポイントである。
「いや、獣人の国やコミュニティでは今でもそれなりに慕われてる神様だからにゃ。
神様どうし仲良くして欲しいにゃん……なんてにゃ」
ルミィが口を開く前に、時夫が間に入る。
宗教観の揉め事が話し合いで簡単に解決するとは思えない。
獣人がハーシュレイに親しみがあるのは、自分達を生み出した存在だからだろう。
「まあまあ……良いじゃないか。
今は邪教徒討伐する気持ちに嘘が無いなら。
別にそれでハーシュレイと敵対しても良いんだろ?」
ルミィを抑えつつ、ケイティに確認する。
寝返るようならケイティにも容赦なく敵対するつもりだ。
でも、なるべくなら仲間でいたい。
既に友人くらいには思っている。
「ただ、敬う気持ちが多少あるだけにゃ。
そもそも敬虔な信者じゃ無いし」
「よし!じゃあ問題なしだな!良かった!」
時夫は心持ち大きめな声で、この話はお終いだという雰囲気に持っていく。
ついでに話を逸らす。
「で、原初の神って何?」




