第101話 ドラゴンゾンビとマッドサイエンティスト
ドラゴンゾンビの周りが暗くけぶる。
毒と瘴気をその場にいるだけで撒き散らすのだ。
ドラゴンの雄叫びが壁に天井に反響してこだまする。
時夫は収納から、マントを取り出し上から羽織る。
そして、フルフェイスヘルメット。こちらは『魔道具屋ウィル』に注文して作って貰った。
しかし、全面のガラスが少し凸凹してるようで、視界が微妙に歪むのが難点。
強度は魔法で増してるから、ガラスが割れる心配はそんなに無い。
マントを調節して、首元の隙間を小さめに。
「何ですか?その葉っぱだらけのマントと、変な兜は?」
ルミィがドラゴンに杖を向けつつ、時夫をチラチラ見ながら、呆れた様な声でボソリと聞いてくる。
ハーブを付けたマントだ。
『接着』でくっつけた後、『空間収納』でそのままの形で保管されていて、新鮮で独特な香りもそのままだ。
ヘルメットにもハーブを少し入れておく。
ドラゴンがこちら……というかルミィに顔を向ける。
近づくだけで人を弱らせる魔物が近づいてくる。
今は、ルミィがドラゴンゾンビの汚染された空気がこちらに来ないように風を操ってくれている。
しかし、ドラゴンご本人様がバタバタ羽を動かしながら、ゆっくり近づいてくるので、どこまで意味があるかわからない。
ドラゴンはキョロキョロと首を動かしながらのそり、のそりと移動する。
一直線に来ないのを不審に思っていると、目の前に光で出来た文字が踊る。
――ドラゴンは目が腐り落ちている。たぶん音でこちらを探ってる。
イーナの光魔法による文字伝達だ。
時夫だけじゃなく、ルミィとケイティの目の前にも表示している。
なるほど……ルミィの声に反応していたのか。
静かにやり過ごすという方法も無くはないのか。
その場合はケイティの一時の仲間達の弔い合戦は諦める事になるが……。
どうする?とルミィ達に視線で確認をしようとしたが……。
「にゃ?これなんて書いてるにゃん?
自分の名前くらいなら分かるけど、難しいのは読むのは無理にゃ」
多くの冒険者がそうであるように、ケイティは教育を受けたことがなかった。
「グオオオオオオ!!!」
ドラゴンゾンビがケイティ目掛けてドスドスと走り出す。
「にゃ!?」
ケイティが急いで逃げる。
「そいつは声や音に反応する!
ルミィ、皆んなを風で毒から守れ!
ここは俺に任せろ!」
「いったい何を!?」
ルミィが指示に従いつつ、不審そうに時夫を見る。
「『空間収納』!」
時夫は住まいの神殿敷地端から持ってきた、とっておきを取り出した。
「アイススライム!」
大量の氷魔法を纏ったスライムが現れた。
「『ウサギの足』『滑り止め』!」
時夫は逃げる!
もちろんアイススライムからだ。
捕まれば凍る!
「うおー!ついて来い!俺の子供達!」
「子供達!?」
ルミィの驚愕する声を置き去りに、時夫は駆け抜ける。
「スライムは吸収したものの魔力や性質を受け継ぎ、増強させることが出来る!
コイツらはフォクシーの氷魔法で作った氷やアイスクリームを食わせ続けた新種のスライムだ!」
時夫は得意げに解説する。
協力してくれたフォクシーには感謝だな。
時夫は金粉スライムを作ったその日から考えていたのだ。
スライムは利用価値がある……と。
帰国してすぐに時夫はスライムを集め始めた。
幸い?何故かスライムは他の何よりも優先して時夫に近寄ってくるし、『空間収納』のサイズは世界一なので捕獲は簡単だ。
そして、スライム避けのハーブがあれば、ある程度の行動の制限は出来る。
王都の片隅……その神殿の端にある洞穴は時夫のスライム実験場となっており、その近くにはハーブ畑がひっそりと整備されている。
洞穴の中で非情な実験は繰り返し行われた……。
魔石を食わせたり、生ごみを与えたり……。
そして、出来上がった新種のスライム達。
今時夫が来ているスライム避けのハーブマントと、口や鼻を塞がれてすぐに窒息するのを防ぐヘルメットは、スライム達との戦いと実験の中で必要に駆られて生み出された発明品である。
実験に際しては、ルミィの髪染めでもお世話になっている、薬屋のとんがり帽子の魔女コスプレ店主にもアドバイスをいただいている。
服装や喋り方が怪しいし、そういうのに詳しそうだと完全なる偏見から頼ったが、本当に詳しかった。
日夜新しい薬を生み出すのに頑張ってる知識を分けてくれたのだ。
そんな敬意で生み出された最高傑作達に、時夫は今、追い回されている。
実は、氷魔法で作られる氷やアイスには僅かながら氷魔法が宿る。
それを食わせて魔法を溜め込み増幅させた、触れる物全てを凍らせる恐ろしい存在を時夫は創り出してしまったのだ。
アイスクリームも食べると体温が魔法の効果も含めて下がるので、これからの季節は売れなくなるだろう。
新しい商売を考えないと……。
炎魔法で体が温まる何か……か。
閑話休題。
時夫はスライムと共にドラゴンゾンビに向かって駆けていく。
「うおーー!」
腐りかけた尻尾が鞭のようにしなって叫びを上げる時夫に襲いかかる!
「『ウサギの足』『滑り止め』」
『滑り止め』を強めに掛けつつ、ドラゴンの尻尾のしがみつく。
毒を緩和する薬を飲んでいても、ピリピリとした痛みを体の表面に感じる。
息はなるべく止めているが、ヘルメットのお陰で少しはマシなんじゃ無いのかな?
ドラゴンが尻尾を床に叩きつける!
「『クッション』『ウサギの足』」
衝撃を和らげつつ、直ぐに大ジャンプする。
「こっちを見ろ!」
時夫の叫び声にドラゴンが顔を向ける。
「『滑り止め』」
時夫はドラゴンの顔面に着地した瞬間に、極大にドラゴンと自分の接地面の摩擦を強くした。
それによって滑り落ちるのを防ぐ。
「クッセェなぁ!もう!」
酷い匂いだが我慢し、振り落とされる前に腐って失われた目があるべきだった場所に自らを収める。
「さあ来い、俺のチルドチルドレン!」
「グオオオオオオオオオ……!!」
ドラゴンの叫び声がする。
ゾンビになっても痛みは感じるのだろうか?
凍りつき火傷する痛みを。
因みに時夫は毒の真っ只中で割と皮膚が痛くて辛かった。
マントのハーブが毒でやられてしまった。
「……『空間収納』」
呟き、ノーマルスライムを出して纏う。
毒が直接は触れなくなって体が楽になる。
注意しないといけないのは、スライムはノーマルでも割とヒンヤリしてるので、長く纏っているとお腹が冷えて痛くなる。
ヘルメットが無いと、顔を覆われて呼吸が塞がれるので、なんやかんやで危険な存在だ。
ドラゴンの眼窩から、スライムに包まれて揺れる外の世界を見ていると、ひょこりと時夫を覗き込む影。
「おお……我が最愛の子よ……『空間収納』」
時夫に会いにくるアイススライムを次々に収納にしまっていく。
そして、
ドンッ!!!
衝撃でドラゴンの体が震えた。
数秒後、震えが収まったところで、ひょこりとルミィの顔が、眼窩の向こうから覗く。
「トキオ……ドラゴンを殆ど一人で倒してしまうなんて。無茶しすぎですよ」
杖に乗ったルミィが手を伸ばしてくる。
「ドラゴンは?」
「凍りつきました。毒や瘴気も出てこなくなりましたよ。
……そのスライムもしまってください」
スライムをしまってから、ルミィの手を取り、杖に乗せてもらった。
地面に降りた時夫にケイティが興奮気味に駆け寄ってきた。
「トキオ!凄いにゃ!何が起きてるかはわからなかったけど、アレってスライム?初めて見たんだけど!
それに、トキオにだけついて行くとか、どうやってテイムしたの?にゃ?」
「いや、テイムとか……飼い慣らしたりとかはしてないよ。
俺だけ優先的に襲おうとしてるだけ」
「そうなんだ……いや、それもよくわからないけど……にゃ」
時夫にもわからないので説明のしようもない。
ドラゴンゾンビを振り返ると、胸元にかなり大きな穴が空いていた。
穴から向こう側の壁が見える。
時夫の視線を察して、ルミィが説明してくれる。
「あれはイーナに光魔法の光線でコアがありそうな場所を攻撃して貰ったんです。
凍りついて、防御魔法も解けて弱くなっていたんでしょうね。鱗も関係なく貫通してます」
「そうにゃ!この女の子強すぎない!?
光魔法って便利だけどそんなに攻撃力強い魔法じゃなかったはずなのに!
こう……極太の光がピカーッて!」
ケイティが身振り手振りで何があったか解説してくれる。
でも、ふと興奮が収まる。
「あたし……でも、役立てなかったな」
少し落ち込んだようだ。
明るい性格かと思っていたが、結構気にするタイプのようだ。
「いや、事前に毒を防ぐ薬とか購入したりしてくれてたじゃないか。
あれが無けりゃあそこまで無茶しなかったよ。
ありがとう」
「あはは……!トキオ!!あなた良いやつね!」
ケイティが語尾に、にゃを付け忘れつつ、時夫に抱きついてきた。
「イテテ!毒で肌が痛いんだよ!今は勘弁してくれ!」
可愛い女の子に抱きつかれたが、喜びとか感じてる余裕が無い。
「そっか……じゃあ後でゆっくり……楽しみにゃ」
「ダメです!トキオは……今病人で、あと、えっと……疲れてます!……疲れてるんですよね!?」
ルミィが間に入り、時夫に振り向き勢いよく確認してくる。
「え……まあ、疲れてるかな?流石に連続して魔法使いすぎたし」
言われてみれば、実際疲れている気がしてくるので、頷いておく。
「じゃあ、そろそろ休憩しましょうか。
食事もそろそろ摂らないと。
ここは、多少は安全なのかしら」
イーナがケイティに聞く。
「多分大丈夫にゃ。ここは昼も夜もわからにゃいけど、休める時に休もうにゃ」
実際今何時頃かはわからないが、とりあえず今日はここまでという事にする。
「よーし!お泊まりセットはちゃんと持ってきてるぞ!」
時夫は修学旅行とか好きなタイプだった。




