時計草
自宅を出た僕らは、
彼女の計画通りに電車に乗り
お弁当を買って公園へ向かった。
公園の門を抜けると
いきなり走り出す彼女。
「こっち!早く来てください!」
急ぎ足で彼女の後を追っていくと
そこには一面の紫陽花畑。
「青色に紫色にピンク色に…わぁ、すごいですね!」
輝いた彼女の笑顔を見れただけで僕は、
ここに来てよかったと改めて思った。
お弁当を2人で食べ、帰路に着く。
他愛もない会話をしていると
あっという間に、自宅に到着する。
「そういえばこの前話してた映画でも観る?」
僕の提案に玄関先で俯く彼女。
「今日はもう帰りますね。」
先程からスマホを気にしていた彼女。
「ごめん、なんか用事あった?
また帰ったら連絡して。」
少し頷いたあと
「今日は楽しかったです、ありがとうございました」
と笑顔で手を振り、帰っていく彼女。
幼い頃から彼女を知る、近所の方に聞いた話。
彼女は幼い頃に何者かに暴行を受け、怖い思いをした。
一時的に記憶まで失ったそうだ。
心配したご両親は彼女を過保護なまで干渉している。
先程、スマホを気にしていたのも、きっと彼女のご両親が心配して着信を入れたのだろう。
彼女は一時的に記憶を失くしたことにショックを受け、こまめに日記をつけているようだ。
僕と一緒に過ごしている間も、時間を見つけては日記帳に筆を走らせている。
「私、すぐ忘れちゃうから」とおどけて笑う彼女。
僕は過去の事件のことを知らないフリしている。
それが僕なりの優しさだと思っている。
彼女は男性との距離が近いと、少し怯えた表情をする。残念ながら僕に対しても。
過去のことがあるから無理はない。
だから未だにハグはもちろん、手を繋ぐことさえしていない。それでも僕は彼女と一緒に過ごし、楽しいことを共有できるだけで満足なんだ。