表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

トランジェ兄弟

 雨足は部屋にいたときより強くなっていた。テラスには大量の雨が降り注ぎ、そこに出ることをためらわせた。どうどうと流れる水に、足下をすくわれそうだった。

 それなのに、そこに先客がいたことに驚き、呆れた。

 彼は雨よけをしていなかった。

「おーい!そんなところにいたら風邪ひく・・・うわっ」

 言い終わらないうちに空が光り、これまでに聞いたことの無いような大きな音がした。同時に、相馬の身体は吹き飛ばされ、廊下の壁に打ち付けられた。

「痛っ・・・」

 全身に痛みと痺れを感じ、相馬は呻いた。しかしそんな場合ではないことを思い出し、壁を頼りに立ち上がった。相馬は確かに見ていた。テラスにいた少年は、もろに雷を受けていたことを。

 しかし、そんな相馬の目に飛び込んできたのは、服さえ焼けていない、未だ雨に濡れているその者だった。テラスも壊れていない。

 こちらを見ていた。

「・・・紀伊知?」

 相馬は先程紹介されたばかりの人を思い出した。雨に濡れた髪はストレートになっていて、幾分か短いから散髪後なのかもしれない。

「平気なの!?大丈夫なの!?あんな雷受けて・・・」

 傍に駆けていこうとするが、思うように身体が動かなかった。少し進んで、がくりと膝が折れる。しかし、雷を受けた本人は黙ったままだった。

「怪我、してない?」

「・・・っ」

「彼女は貴方のために逃げ遅れたのですよ。黙ったままでは失礼でしょう」

「え?」

 相馬が振り返ると、いつの間にか隣にもう一人少年がいた。しかしそれは。

「・・・嘘」

 先程まで話しかけていた人と、廊下から新たに現れた人を見比べる。顔立ちは非常に似ていて、髪質だけが違う。それから、隣にいる人のほうが少し背が高かった。

「ほら、治療して差し上げなさい」

「・・・僕は必要ない」

 濡れたままの少年は隣を通り過ぎると、廊下を走って行ってしまった。相馬は呆気にとられ、その後ろ姿を見送る。

「ごめんね、相馬」

 隣からぽつ、と声が聞こえた。

「彼は・・・?」

「彼は雷需。トランジェ雷需。私と腹違いの弟」

「そうなんだ・・・。雷に打たれて、大丈夫だったのかな」

「雷需は雷属性だからね。自分から雷を呼んだんだと思うよ」

 ぽんぽん、と何かが頭に当たる。顔を上げてそれが紀伊知の手だということがわかり、相馬は安心した。

「紀伊知の手、温かいね」

「ありがと。こんな寒い廊下で悪いけど、ついでに治療しちゃうからじっとしててね」

 紀伊知はそう言うと手品のようにたくさんの花を出し、相馬の身体に近づけた。途端、花びらが相馬の身体に吸い込まれるように消えていった。

「どう?楽?」

 相馬は身体を動かしてみた。痛みも痺れも感じなくなっている。魔法の力は凄いと改めて感じた。

「うん・・・凄い、何ともない」

「よかった」

 そう言って紀伊知は柔らかく微笑む。つられて相馬も笑顔になった。

「雷需も治してあげなきゃね」

「え?」

「心の傷」

 相馬は微笑んだ。紀伊知は、その笑顔を不思議そうに見つめる。

「雷需に、会いに行ってくれるのか?」

「勿論。場所だけ教えてもらえれば」

 相馬に部屋の場所を伝える。できることならこのまま時間が止まってくれればいいのに、と紀伊知は思った。慈愛に満ちる彼女を霊次討伐に向かわせるのは、惜しい気がした。

「それじゃ、よろしく」

 そう言って彼女と別れた。

 広間で秀王が話をしているとき、彼女は強い人間だと思った。強くて、逞しくて、元気な子だと。だが、先程は違った。あのときとは全く違う、優しい瞳をしていた。

「秀王と兄妹だというのも、わかる気がするな」

 容姿は全く似ていない二人。だがその中身はどうか。強くて優しい瞳。自分のようなつくりものの笑顔ではない、自然な笑顔。雷の衝撃を受けてもあの程度で済むほどの、秀王譲りの強大な魔力。まったく同じだ。

 雷需は、彼女の呼びかけで立ち直ってくれるだろうか。

 聞けば、彼は私と会ってから塞ぐようになったという。私が何かしらの原因を作ったのは間違いないが、それが何なのかわからず、解決できなかった。

「ごめんな、何もできなくて」

 紀伊知は、誰もいないテラスに呼びかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ