勅命
秀は相馬が産まれる前、この魔界へ連れられてきた。先代の王は、優しくてしっかりした、強い王だった。秀は先代の王に、まるで自分の子どもであるかのように、王子であるかのように育てられた。平和だった。
ところがある日、その平和は簡単に崩れ去ってしまった。何者が動いているのか、まったくわからなかった。暫くして、そいつらが何者かを調査するべく、近衛兵たちが向かった。しかし、彼らはほとんど帰ってこなかった・・・。
帰ってきたのは、一般の近衛兵とは魔力が格段に違う七人隊の二人。残り五人は城にいて王を守っていた。二人のうち一人は、隠密調査をしていた忍属性の者。彼らの報告によると、なんとたった二人の手によってこの世界は黒く染められたと言うではないか。
アルサム莠耶、リーバオレンカ霊次。
それが彼らの名だった。驚くことにその名は、王城内の者の親族の名であった。彼らは正気を失っているようで、言葉を聞かない。一般の近衛兵レベルではとても歯が立たない、自分たちでせいぜい同程度だ、と七人隊の二人は報告した。優秀な部下たちを犠牲にしないために、そして親族の者に負担をかけないために、王は自ら悪の根源に会いに行くことを決めた。しかし王の魔力が揺らぐと魔界自体が危険な状態になるため、王位継承者として秀を人間界より召喚した。秀はまだ幼く、また丁度この頃二人の行動が沈静化してきたため、暫く王は秀を養育した。
そして秀も十分育った頃、先代の王は秀に王位を継承し、万一帰れなかった場合の報告員となる忍属性の者を連れて、より近い場所にある莠耶の城に向かった。
莠耶は先代の王を見るなり、目を伏せたという。彼は先代の王を慕っていた。しかし霊次と共に魔力の強い密封禁忌の風に当てられ、我を失ったという。自分を取り戻したときには既に、先代の王に迷惑をかけてしまった後だった。彼は未だ状態が揺らいでいる自分を危険だと判断し、最も慕っている先代の王と共に眠りたいと言った。そして先代の王は、それを承諾した。かつて仲間であった莠耶と霊次を助けられなかった後悔と、新たな王秀への信頼。二つの思いが先代の王を動かし、莠耶と共に消える道を選択させた。
報告員は一人帰り、そのことを新王秀に報告した。秀は人間界で相馬と佐倉が育つのを待ち、二人を召喚した。そして、蓮に案内役を務めさせた。
そういうことだったのか。相馬は納得した。つまり・・・
「霊次を、倒してもらいたい」
やはりそういうことか。
「わかりました、秀様」
二つ返事で答えたのは、相馬。対して佐倉は納得していないようだ。
「相馬さん!貴方様はそれがどんなに危険なことかわかっていらっしゃるのですか!?」
ほらきた。
「申し訳ないですが秀様、そのような危険なことは一子どもである我々に任せることではないかと思います。この件はお断りさせていただきます!」
すると、秀が冷たい声で言い放つ。
「構わないよ佐倉。お前が行かないと言うなら、相馬と蓮の二人で行かせる。関係ないと言うなら人間界に送ってやるから、帰れ」
「・・・っ!何てことを!自滅行為じゃないか!妹なんだろう!?」
佐倉の叫びも秀の心を揺らさない。
「妹だろうと、人員だ」
「この・・・!」
「佐倉、ありがとう。もういいよ」
「・・・相馬!」
こんな状況で、初めて佐倉が呼び捨ててくれたことに対して、相馬ははにかむ。
「僕は行く。せっかく会えた兄さんと、また離れたくはないから。佐倉は帰っていいよ。蓮もいるし、僕は・・・大丈夫だから」
「そう・・・ですね、わかりました」
佐倉はその怒りを収めた。そして、今度は秀のほうを見てはっきり言う。
「僕も行きます」
「え、佐倉!?」
相馬は驚いた。まさか佐倉が承諾するとは思っていなかったのだ。
「ですが、もっと・・・相馬さんを、大切にしてください・・・家族なんでしょ」
「・・・覚えておく」
痛々しい佐倉の表情に、秀も素直に頷いた。
「離れたくない・・・か」
秀はそう呟き、静かに目を閉じた。