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魔王、秀

 そこには、体積的には広いとしか言えない空間が広がっていた。しかし、写真で見たことがある城などとは違い、きらびやかな装飾はほとんどない。あるのは、王のところまで伸びる赤絨毯と、花壇に植えられていたり壁にかかっていたりする、花。遠い壁がまるで近くにあるように、包み込んでくれるように感じる。

 蓮は赤絨毯の真ん中を歩き、ふと止まったかと思うと、右側に避けて跪いた。

「秀様、お連れしました」

「ご苦労」

 秀という者の声は、清らかだった。

「相馬さん、頭を低くする場ですよ」

「えっ、あ・・・」

 左下から佐倉の声が聞こえ、相馬は慌てて跪いた。それを見て、王――秀は微笑む。

「顔を上げろ」

 相馬は顔を上げて王を見た。視線が合って、秀は優しい笑顔で話しかける。

「相馬、佐倉、初めまして。私が魔界の王、秀だ」

 支配という言葉とはほど遠いような召し物を纏い、秀は椅子に座っていた。柔らかな笑みは、まさに表出ることのない平和主義者のようだ。王のイメージではない。

「勝手に呼び出してすまなかった。・・・だが実はな、力が必要だったのだ。私は力の拠り所として君たちを選んだ。結果、君たちの自由を制限した。先に言っておく、恨まれても構わない」

 話しながら、秀は俯き加減になった。やはり少しは申し訳なく思っているのだろうか。

「人間界のことは、我々の仲間が上手く処理してくれているはずだ。今頃捜索願が出されているだろう」

「帰す気は、ないということですか」

 ぽつ、と佐倉が呟く。秀はそれに視線を向け、答えた。

「そうだ」

「な、仲間って、誰ですか?僕の知ってる人ですか?」

「それは教えることができない」

「なぜ僕たちを選択なさったのですか?」

「それは・・・」

「他ならぬ秀様の弟なら確かに力はあるのでしょうからね」

 蓮が横やりに、皮肉っぽく言う。秀は視線を移した。と、相馬が声を上げる。

「え!?佐倉って、王様の弟だったの?」

「いえ、兄はいませんが・・・」

「俺が言ってるのはお前の方だぞ、相馬」

 蓮の言葉に相馬が凍り付き、場がしん、となる。秀が微笑する。

「蓮、相馬は弟ではない」

「え?しかし名字が同じですし、貴方様が魔界に来た時期から考えますと・・・」

「確かに私は宮野秀であり、相馬と血縁関係にある。だが相馬は」

「ちょっ・・・ま、待って!」

 相馬の制止も意味をなさずに、秀は相馬の方を向いて、言った。

「私の妹だ」

 再び空気が凍り付いた。


 僕に、兄がいたのか?

 相馬は必死に考えた。

 そんな記憶はない。いるはずのない兄がいて、しかも人間界から遠く離れた魔界で王になっているなんて。そんなはずがない。だが彼は、僕が女だってことを知っている。初めて会った人はいつも、僕を男だと思って話しかけてくるのに。

「信じられない・・・」

「俺としてはお前が女だってことのほうが信じられねぇよ」

「うう・・・」

「すまない、相馬」

 秀は心底申し訳なさそうに謝った。

「人間界にいて、お前と共に暮らしてやりたかった。しかし、私がここへ呼ばれたとき、先代の王は命を捨てる覚悟をしていた。次の王を選んでおかなくてはならなかったのだ。王は強大な魔力を必要とする」

 秀は一度言葉を切って、続けた。

「・・・私が適任だったらしい。私が人間界へ帰ったら、魔界はそれ自体の魔力ゆえ、すべてを呑み込んで消滅してしまう。それを避けるためだ・・・そのために、私はここにとどまらざるを得なかったのだ」

 俯く秀の表情に、相馬は同情した。秀が言いたいのは、彼に選択権はなかったということだ。どんなに、嫌なことであったとしても。そう、彼は王という名の、奴隷かもしれないのだ。

「・・・でも、僕には兄がいた記憶などありません。本当に貴方は、私の兄なのですか」

 相馬は重くなる気持ちを抑え込んで、秀に尋ねた。

「致し方あるまい。お前が生まれる前に、私は魔界に連れてこられたのだよ」

 秀は大きく息を吐いた。

 相馬は、つい先日まで一緒にいた親を思い浮かべた。

 母親は僕を男だと思いこんで、男名をつけた。身体を見て女だってこともわかるはずなのに、息子扱いした。もしかして、その理由は・・・。

「私がいなくなって、母親はパニックを起こしたらしい。後々産まれたお前が女扱いされていないと、人間界にいる仲間が言っていた」

「そんな・・・じゃあやはり貴方は僕の、兄さん・・・なのですね」

 そうは言ったものの、相馬はまだ、心の底から納得しきれてはいなかった。

「そうだ。しかしここでは・・・魔界では、皆と同じように秀様と呼んでくれ。私を恨む者たちから、お前を守るために」

「でも・・・いえ、わかりました、秀様・・・。貴方を恨む者がいたとして、僕が血縁だと知られれば、佐倉や蓮といった友人にまで迷惑が及びます。それを避けるために、秀様とお呼びさせていただきます」

「そうか・・・自分のためではなく」

 そう言うと、秀は相馬から視線を外した。いや、正確には・・・。

「・・・っ」

 一瞬、蓮が震えた。

「友人を守るために・・・ね」

「蓮、どうしたの」

「いや・・・」

 秀は蓮を見ていた。その瞳には不思議な色が宿っていた。蓮も蓮で、下を向いたまま落ち着かない様子だった。

「・・・何でもない」

 そう言う蓮の表情は硬かった。何かあるな、と思った。しかしそれは、まだ情報がないため、見当も付かないことだということだけは確信していた。

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